13話 異世界尋問術①「まず謝らせる」
「おう来たか。ルーク、久しぶりだな」
「……はい」
茶髪の少年を迎える男。筋骨隆々な彼と目が合っただけで、ルークは萎縮させられる。
「このところ色々あってなぁ、大変だったんだ。部下が騎士に捕まったり、拠点を攻められたりとな」
「……そうですか」
「なぁ、聞きてぇんだがルーク、お前」
薄暗い地下室。周囲には複数の武装した男達。ここは彼らのアジトなのだ。
この陽の当たらない空間がある限り、ルークに自由はない。
「一昨日何してた?」
「っ!」
目を細め、明るく話す男。雑談のようでいて、これは尋問なのだとルークは即座に理解する。
腕っ節だけで比べてもルークには到底勝ち目がない。その上相手はチンピラを束ねる組織の実力者だ。
言葉を選んで返答しなければ、簡単に殺される。
「お前あの日、“報告”に来る予定だったよな? けど不思議なんだ。現れたのは、“保守派筆頭”の女と騎士だった」
男は今も柔和な笑みを浮かべている。しかしその表情が、無表情よりも感情を悟らせない不気味さを秘めていた。
「なぁお前、俺のこと舐めてるか?」
「そ、そんなこと……」
「昨日喋った男は殺したんだろうな?」
「っ!?」
ルークは闇の情報網を軽視していない。だから咄嗟に、あの黒髪の青年を案じてしまった。
「ちっ……なんだよ喋ったのか」
そして学生の彼は、それを表情に出してしまった。
「てめぇ、分かってんだろうなっ!」
「ゔっ!」
男はルークの腹を殴りつける。
「てめぇと俺らはもう運命共同体なんだよ! バレたらてめぇもタダじゃ済まねぇ! あの可愛い姉ちゃんがどうなっても良いってのか!? あぁ!?」
そして蹲るルークを何度も足蹴にする。
「っ! すみません……それだけはっ!」
「立場を弁えろ! てめぇはなぁ!」
目を血走らせ、男はルークを蹴りながら叫ぶ。
「“奴隷”なんだよ!!」
「っ……」
力なく横たわるルークを見下ろし、男は吐き捨てる。
「……おい、治してやれ」
男の指示に従い、周囲の男達がルークに回復薬を与えた。
「そうだ、セレナってガキが居ただろ、お前が奴隷にしたかわいそうな女」
男は醜い笑みを浮かべる。
「随分腕輪に馴染んでるらしい。もうほとんど反抗しねぇそうだ。今は冒険者にレンタルしてるとこだが……身売りさせんのも良いかもなぁ」
ルークは奥歯を噛み締めた。セレナ。それは同級生の名だ。最近は学校にも顔を見せず、冒険者のもとで雑用をさせられているらしい。
「覚えとけ。次舐めた真似しやがったら……」
「ジルさんっ! 大変です!」
息を切らせた配下の男が、転がり込むようにして部屋に飛び込んで来た。
「なんだ」
「それが……」
「ぎゃああああああああ!!!」
配下の男が事情を説明しかけた時、上階で男達の悲鳴が響いた。
「ちっ! 騎士か!?」
「いえ、単独の冒険者のようで……」
「冒険者!? んなもん数で潰せ……っ!?」
ジルと呼ばれた男は、配下に命令を出そうとして息を飲む。
「な……化け物かっ!?」
それは、彼の人生を振り返っても指折りの強烈で破壊的な“魔力反応”だった。
「くそっ、とにかく出るぞ! そいつちゃんと縛り付けとけよ!!」
ルークを指差して配下に指示を出し、男は上階へと向かった。
☆☆☆★★☆★☆
「なんなんだ、お前……」
ジルが上階に上がると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
「何者なんだ……」
彼自身、戦闘の腕にはそれなりに覚えがあった。
組織では極秘の計画を任されているためその実力を隠しているが、実戦なら確実に“あの男”をも超える実力があると自負している。
そして配下の中には並の騎士を圧倒する実力者もいたはずだった。
「なんで、こんなことになってるんだ……!」
彼の足元には、彼が実力を認めた数十名の配下が力なく横たわっている。
いずれの者も息はある。外傷もほとんどない。
恐らく強烈な一撃を急所に受け、抵抗も許されずに無力化されたのだ。
この短時間で、これだけの数を一方的に制圧したのか……。
それも、たった一人で……!
昼間にも関わらずロクに陽も差さない薄暗い路地。そこにある彼らの拠点には、決して一般人は寄り付かない。
ならず者がナワバリにしていると知れば、近付く者が現れるはずもないのだ。
つまり、目の前の人物は何らかの強い目的意識を持ってここに現れ、自分達に牙を剥いたということ。
「あら……あなた、ここの家主さん?」
だから、意外だった。
街の騎士すら寄り付かないこの路地。完全な治外法権。暗黙の内に闇の跳梁を許された土地に現れた人物が……こんなにも……
「聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「……エルフ……!」
常識外れの美貌を持っているなど。
「探し物をしているの。知っていることがあったら話して欲しいのだけど」
「……なんだそうか、俺に分かることなら何でも聞いてくれ」
ジルは既に、敗北を受け入れていた。
普段なら見惚れる程の美貌を持つエルフが、彼女の放つ魔力が、その立ち姿が、今は何より恐ろしい。
この感覚は組織に入る前の冒険者時代、単独でドラゴンを目撃した時の絶望感と同じだ。
あれからジルは更に腕を磨いて強くなった。組織の上司に師事して魔法の知識も身につけた。
しかし敵は、そんな彼を嘲笑うかのように遥か高みに居る……魔力を見れば、分かる。勝ち目は無い。
だが、諦めるのは早い。敵の目的如何によっては交渉できるかも知れないのだ。そんな、限りなく薄い線に望みを託す。
「ありがとう。これなんだけど」
「っ……!」
しかしその望みは、一瞬にして塵となる。
エルフが差し出したのは、腕輪。
巷に出回っている魔力増強の腕輪をベースに、独自の改良を加えた“奴隷の腕輪”だった。側面に空いた楕円形の穴がその証拠。
それを持って彼女がここを訪れた理由。考えるまでもないだろう。
エルフは魔法の知識に長けた種族だ。きっと腕輪の効力にも勘付いているに違いない。
「何だそれは? 悪いが俺は知らないな」
「あら残念。ここで落としたって依頼なのよね」
「……依頼?」
ジルの脳裏にルークの顔が浮かぶ。
あの少年の姉はギルド職員だ。少年から情報が漏れ、姉が依頼をギルドに掲示し、実力者をここに派遣した。
辻褄は合う。寧ろ、そうでなければ説明の付かない対応の迅速さだ。
「そう。依頼で来たって言ってるのに、この人達いきなり襲いかかってきたのよ? 酷いと思わない?」
「それは酷いな。すまない、悪いことをした。俺からもキツく言い聞かせておこう」
冗談じゃない、心底ジルは思った。
依頼だと? そんな理由でここを訪れる人間はいない。そしてそんなものを真に受ける人間もこの建物にはいないのだ。
ジルは脳をフル回転させて最善策を手繰る。
戦闘は無し。タダで逃げることも恐らく不可能。
そして放棄するには、ここにある“証拠”は大き過ぎる。
援軍を呼ぶべきだ。なんとか逃げ延びて状況を外に伝え、最悪この建物ごと始末する必要がある。
「探し物か、良いだろう。気が済むまで探すと良い」
「えぇ、そうするわ。ありがとう」
「来な、案内してやる」
地下室への階段には“隠蔽”の魔法を掛けておいた。簡単には見つからないだろう。
しかし逃げるとなれば、“隙”が必要だ。これ程の手練を出し抜ける程の長大な隙が。
「ところで……」
奥の扉へとエルフを案内するジルに、エルフは声を掛けた。
「……何かな?」
緊張が走る。ドアノブに手を掛けながら、ジルは平静を装って返答した。
「お友達、そろそろ紹介してくれないかしら?」
「はは、何言ってるんだ? 友達ならお前が全員寝かしつけてくれただろう……」
言って、扉を開ける。瞬間、ジルは駆け出した。
そして、二つの影が扉をくぐったエルフを襲う。
「あら、素敵な歓迎ね」
左右から迫る剣を両手の指先で受け止め、エルフは微笑む。
「探し物をしているの。手伝ってくれる?」
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