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閑話 英雄の背を追う青年は倒錯した認識を改める

 クエストは大成功の内に幕を下ろした。どうやらやはりすごいクエストだったらしい。参加した面々には、終了間も無く記者が群がって感想を求めた。


 そりゃそうだ。


 事前の告知もほとんどなかった突然のクエスト。開始前の意気込みを聞きそびれた記者からすれば、終了後の声明には命を賭ける価値すらあったのだろう。


 あれは正に鬼気迫る取材。そう感じさせる気迫だった。


 そして俺はしがない冒険者のトビー。相棒のムーランと共に、なんやかんやあってたまたまクエストに参加しただけの別に期待もされてない挑戦者。それは分かっている。


「ぐす……っぐ……なんで……っ!」


 だが、こんなのはあんまりだ……。


「なんっで……俺の……ところに、一本もマイクが来なかったんだ……っ!!」


 俺はもう、涙を堪えることもできなかった。


 記者の群れが真っ先に包囲したのは、三組の冒険者。あの“至剣”が一番でなかったのが意外だった。さらに人気のパーティが、二組もいるとは。


 一方は“白麗”と“剛刃”のパーティ。まぁ妥当な人気と知名度だ。


 “白麗”の容姿は常軌を逸しているし、“剛刃”の豪胆無比な佇まいは口数が少ないからこそ言い知れない風格を感じさせる。


 こういった俗的なイベントになかなか顔を出さないレアキャラでもある彼らは、それはもう大変な人気だった。それはいいんだ。


 だが、もう一組のパーティというのが……。


「……あんた、元気出しなさいよ」


 相棒のムーランは、今日一番優しい声と表情で俺を慰めてくれる。


 だが、それが逆に俺の劣等感を強烈に逆撫でする……!


 隣を歩くムーランの両手には、今日貰った差し入れやファンレターでギチパンの紙袋、それがなんと六袋……!!


 対する俺は十袋!!!! 無論俺宛てものではない!! 全部ムーラン宛てのものだ!!


 彼女は手持ち無沙汰な俺を哀れんで栄誉ある荷物持ち係に任命してくれたのだ!!!!


 こんな事があって良いのか!?!? 俺、優勝したんだぞ!?!?


「もう……あんたいい加減に……」


「なぁムーランっ!」


「ひっ!」


「俺達優勝したよな!? そうだよなっ!?」


「し、したわ!? もうむちゃくちゃ優勝してやったわよっ!」


「だったら何でぇ……?」


「んん〜っ! もうっ! あんたいい加減に……!」


 俺はその場に泣き崩れそうになって、ハッとして顔を上げる。


「よぉ……って、声掛けといてなんだけど、もしかして取り込み中だった?」


「お前は……っ!」


 Cランク冒険者シュート……あのクエストの面々、錚々たるメンバーの中で明らかに異質な存在……!


 顔採用。俺の劣等感の元凶じゃないか、俺は覚えているぞ!


 お前が、お前の相棒のエルフが! マイクを独り占めにしていた事を!!


 そんなお前が、何故こんな所にっ!?


「何だ……笑いに来たのか……?」


「いや……そうだね。そうできたら良かったんだけど……」


 シュートは苦笑いだ。クソ、何だその哀れみの眼差しは……!


「こら」


「おふっ」


「自分が人気ないからって、人に八つ当たりしないの」


 俺はムーランに紙袋で背中をしばかれた上に説教をくらった。


「人気、か。ま、確かに俺達地味だしね」


「ふふ。気を遣わなくていいのよ? あんた、近くで見るとやっぱいい男ね。それに───」


 ムーランは無条件に人を褒めるタイプではない。それなりの努力を積んできた彼女は、それに相応しい自負があるのだ。


「───ほんっと、視えない(・・・・)わね」


 だから、俺も流石に気付いている。


 ここまで接近されるまで、全く気配を感じさせなかったその異質な存在感。完璧に統制され微塵も浪費されることのない表層魔力。


 強者の風格……とまでは行かないが、場数を踏んだ者だけが漂わせる独特の自信と余裕。


 強い。顔採用など酷い言い掛かりだ。確かな実力が、確かめずとも見れば(・・・)わかる(・・・)


「はは。顔はまぁ確かにね、俺の数少ない取り柄の一つだよ」


「謙遜ね」


 そう、謙遜だ。これ程魔力操作を極めた男がそれだけ(・・・・)などあり得ない。


「……それで? 何の用だ?」


 俺はいつの間にか涙が引っ込んでいた。強者と対峙した緊張感からだろうか。


 身体に染み付いた癖のようなものだ。こういう時、俺は感情が動かない(・・・・)


「二つほど、お願いがあってね」


「へぇ? どんなお願いかしら?」


「一つはこれ」


 言って、シュートは鞄からまっさらな色紙を取り出した。


「ファンなんだよね。サインくれない?」


「二枚、あるみたいだが?」


「うん。できれば二人とも書いてくれると嬉しい」


「……は?」


 サイン? 俺の、サイン? 何で?


「ダメかな」


「い、いや、構わない……」


「タダでとは行かないわ!」


「がっ……!?」


 突然大声を出すムーランに、俺はビックリして身を震わせる。彼女の顔を見ると、「良いこと考えた〜」といった様子で輝いていた。


 嫌な予感がした。どうせロクな事じゃない。


「優勝パーティの直筆サインだもの! プレ値がついて十万ペイよ!」


「まぁ、Aランク冒険者のサインの相場が五十万だから、だいぶ良心的ではあるね」


「じゃあ五十万よ!!」


 これはムーランが世間知らずという訳ではない。シュートが詳し過ぎるのだ。


「OKわかった五十万だね」


「ふふ。それじゃあ“勝負”して決めましょうか」


「は、勝負?」


「良いよ。何にする?」


 シュートはさらっと返答する。ついて行けてないのは俺だけだ。


「“覇気”でも“綱引き”でも、どっちでも良いわ。シュート、決めなさい」


「はは。見て分かるでしょ? “覇気”じゃ俺に勝ち目がないよ。“綱引き”しようか……どっちがやる?」


「もちろん! この男よ!」


「おふっ!」


 言い切って、またムーランは紙袋で俺の背をしばいた。


「あんたの実力、見せてやりなさい!」


「待て待て、何だ? 急に勝負って……」


「え、あんた知らないの? 王都で流行りの賭けよ。“綱引き”だから、魔力操作の腕比べね。あんた、得意でしょ?」


「え、あぁ……」


「ほら、荷物。半分置いて良いわよ」


「あぁ、それじゃあ俺が持とうか。差し入れが汚れたらいけないし、俺だけ手ぶらはフェアじゃないからね」


「そ、そうか……じゃあ頼む」


 言って、右手に持った紙袋をシュートに手渡し、俺達は空いた右手で握手する。


「君が勝ったら五十万。俺が勝ったら二人がサインを書く。それで良いね?」


「よく分からないが、良いんじゃないか?」


「よし。じゃあ始めるよ」


 男同士道端で握手する異様な光景。


 何だこりゃ?


 と思った次の瞬間、


「っ!?」


 握ったシュートの右手から強烈な引力を感じて姿勢を崩す。


 何だ、今の感覚……もしかして今、俺の表層魔力を根こそぎごっそり持って(・・・)かれ(・・)そうに(・・・)なった(・・・)!?


「……驚いた」


 慌てふためく俺とは対照的に、涼しい顔のシュートは呟く。


「俺、綱引き結構得意だったんだけど。初めてだよ。耐え(・・)られ(・・)たの(・・)


「……は?」


 言ってる意味は分からないが、何らかの勝負が付いたらしい。シュートは握った手を離し、俺はシュートから紙袋を受け取った。


「それに、ほとんど抵抗を感じなかったな。もしかして君、こういうの初めてだった?」


「あ、あぁ……酒場で腕相撲ならよくやっていたが……」


「マジか……初心者相手に初見殺しもできないなんて……」


「ふふ。やるでしょ? うちの相棒」


 何故かシュートは落ち込んでいて、ムーランは胸を逸らしていた。


「でも引き分けはつまんないわね」


「いや、俺の負けかな。そもそもトビーはルールすら満足に知らなかったみたいだし」


「いいや、引き分けよ。だってあんた、途中でトビーが初心者だって気付いて、手加減したでしょ?」


「はは、そんな事も分かるんだね。流石Aランク魔導士だ」


 言って、シュートは笑う。


「それじゃあ次、君がやる?」


「……辞めとくわ。私は魔道士だもの。そっち(・・・)は専門外よ」


 珍しくムーランがしおらしい。それはきっとシュートの顔が良いからではない。


 彼女は認めたのだ。この男の実力を。


「だから、ほら。私の荷物持って。サインが書けないじゃない」


「え、良いの? やったあ!」


 言って、シュートは俺達の荷物を順に受け取り、俺達はシュートの色紙にサインした。


「……あ、そうだ。お返しって訳じゃないけど」


 二枚の色紙をひとしきり穴が開くほど眺めたシュートは、思い付いたように別の色紙を取り出して何事かを書き込んだ。


「はい。二つ目のお願い」


 それは、色紙に書かれているが、俺とムーランそれぞれへのファンレターだった。


「暇な時連絡してよ」


 言ってシュートは歩き去る。


 二つ目のお願いとは、連絡先の交換だったらしい。色紙の隅にシュートの連絡先が書かれていた。


 強者は互いに連絡先を交換し、臨時でパーティを組んだりする。その方が活動範囲が広がるからだ。


 情報共有や遠征した際の道案内など、冒険者同士のコミュニティに入る事はメリットが多い。


 しかしそんな事はどうでも良かった。俺は今日、初めて手にした自分宛てのファンレターに釘付けになっていた。


「良かったわね。ファン一号、ゲットじゃない」


 言って、ムーランが笑う。


 あぁ、そういう事か。


 俺は、やっと理解した。


 さっきの謎の対決、ムーランは俺に自信を付けさせたかったのか。


 シュートは間違いなく強者だ。それは今日見たどの挑戦者にも引けを取らない、確かな実力。


 それに負けてないと、胸を張れと彼女は言いたかったのかも知れない。


「……ムーラン」


「? 何よ?」


 この時俺は謎の感情に支配されていた。


 それはあり得ない事だった。俺はムーランも同様に強者と認めている。


 そして強者の前で、俺の感情は動かない。


「ムーランっ!」


「はいっ!?」


「俺はっ! 君の事が……っ!!」


 だが何だ、何なんだこれはっ!


 俺は今っ! 人生最高に胸が高鳴っているっ!!


「好きっ……だ……」


 昂る感情とは裏腹に尻すぼみに消えていく声。


 待て。待て待て俺は今何て言ったんだ!?


『話し掛けて来ないでよ、ブス』

 蘇る過去のトラウマ。何で今、そんな事を思い出している?


「そんな……急に言われても……」


「っ!」


 ムーランの声で現実に引き戻される。


 何だ、何を言う気だ?


 待て、ちょっと待ってくれ心の準備が……!


「ぅぅううぅあああああああ!」


「ど、どうしたの!?」


 俺は立っているのもままならず紙袋を手放して膝をつく。


 視界が歪む。頭が痛い。魔力が暴れる。


 苦しい……何も見たくない、聞きたくない……!


「あああああああああああ……あ……あ、あれ?」


 次の瞬間、目の前にあるのは天井だった。


「なんや!? なになにどうしたんっ!?」


 そして聞き覚えのある声。


「トビー! あんた、帰って来とったんかいな!」


「お、おふくろ!?」


 ここは実家の自室のベッドだった。


「……そうか、俺は“限界”を越えたのか」


「あんた、何言うとんの?」


 今日判明した“逃避(リテンション)”の限界。


 それは他の転移魔法には干渉できないという事。


 俺はこれまで幾度となく駅の転移魔法陣を利用してきた。そして実家を出たのは五年前だ。


 それを、俺の魔法は軽々飛び越えて、一番安全な場所(じっか)まで俺を運んだ、と。


 今までどんな窮地に瀕しても、そんな事は起こらなかった。それが今日、何故起こったのか。


「女の子の返事を聞くのが、死ぬより怖いなんて、な……」


 それは幼少期のトラウマが原因だった。


 しかし、それが意味するのは、


「はは……そんなの、無敵(・・)じゃないか」


 自分が、戦いでは全く恐れを抱いていなかったという事実。


「あんた、帰って来るなら連絡しいな」


「悪いおふくろ……あぁそうだ」


 久しぶりに見る母の顔。少し、老けたみたいだ。


「俺、王都のイベントで優勝したよ」


「はぁ?」


 まぁ理解できないだろうな。田舎暮らしの母は、辺境の冒険も王都のイベントも興味がない。


「そんなん家族皆で見とったわ。赤飯炊こう言うてお隣の婆さんと準備しとったんや」


「はは、そうかよ」


 立ち去る母を見送ると同時、俺の携帯通信呪器が鳴った。


「もしもし……」


『あんた今どこいんのよ!』


 耳を擘くムーランの声。


「あぁ……思ってたよりクエストで精神的に疲れてたみたいだ。魔法が暴走しちまってな……なんか今、実家に居るんだ」


『急に帰省!? なんで一人で帰ったの!? こんな大荷物、どうしろって言うのよ!?』


「悪いな。でも、言っただろ?」


 俺は溜息を吐いて肩を竦める。


「俺の魔法、不便なんだ」


『だから事後承諾やめろっつってんのよ!』


 ひとしきり相棒の苦情を聞いた俺は、力なくベッドに身を預ける。


 そして思い出したように握りしめていた色紙を確認し、再度呪器を手に取った。


「もしもし、シュートか? さっきぶりだな……あぁ……いや、色々あってな……それでお前、まだ王都に居るか? 頼みたい事があるんだが───」


 こういうのもたまには悪くない。けど、流石に今日はちょっと疲れた。


 次に冒険に出るのは、まぁ、ゆっくり休んで一週間後くらいで良いだろう。


一番適当に考えた噛ませ役のトビーが結果的に一番好きになりました。コイツを活躍させるストーリーをなんとか考えたい。


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