11話 始まったな俺のファンタジー!
「リー君、いらっしゃいますか?」
今日も今日とて暑い。
どうやらこの世界にも四季はあるらしく、日本で言う所の春が過ぎた真夏日、窓越しにカーテンを灼く陽射しに震えていた所、招かれざる客人は俺の部屋を訪ねた。
「お会いしたかったです。あれからずっと、貴方の事ばかり考えていました」
インターフォンの画面に映るのは、目を疑う程に可憐な少女。
その素肌は透き通る様に白く、艶があった。
草色の瞳は潤いに満ち、やや垂れ目がちな双眸は、見つめるものを吸い込んでしまいそうな引力を秘めている。
インターフォン越しに見る身長は百五十センチくらいかな? 小柄な体格が愛らしさに拍車をかけている。
そして髪は金色の長髪。この子の髪は同居人の様なヅラではなく、正真正銘天然由来のものだろう。
一目でそれと分かる美少女。こういった人種と出会うのは、今世に来て三度目だ。
しかし、彼女の特徴は容姿に留まらない。何だ、その装いは。
いや、俺は知っているぞ。
それは前世から持ち越された知識の中にある一つの幻想。
彼女は襟と袖口だけが白い、漆黒のワンピースを着て、その首元にリボンを締めている。
しかもこの暑さの中、長袖だと? そして更に、その上には白い清潔感のあるエプロンを着ている。
その姿は、間違いない。
ワンピース、リボン、エプロンにそれぞれ控えめな装飾が施されているその姿は!!
この暑さの中、それでもその装いを身に纏う事を宿命付けられた君の正体は!!!!
───メイドさんだぁぁぁあああ!!
ひょっとして、と思い、インターフォンの画面越しに彼女の耳を注視すると、やはりエルフの特徴的な耳がそこにあった。
───メイド服エルフ!!!
ここにあったのか、遂に見つけたぞ、始まったな俺のファンタジー!!!!!
「本当にずっと、ですよ? あの日の事を、どうしても謝りたくて」
俺の興奮を他所に、エルフメイド美少女は語り続ける。
何やら彼女は謝意を示したいらしかった。
「そして伝えたくて。わたくしあれから頑張りましたの。旅立ちのお許しが出たのも、つい先日の事ですわ」
自身の行いを反省し、誠意を見せるため、ここを訪れたと言う。
───ムショ上がりかな?
謝罪、反省、努力と来れば、想像するのは刑務所だ。彼女は刑期を終えて出てきたところなのかも。
しかし、更生してやり直す報告ならば相手を間違えている。
俺自身、エルフの被害に遭った経験には心当たりしかない。でもそれは彼女とは別の人物による犯行だ。
そして、奴は未だ捕まっていない。凶悪犯は今も日常に溶け込み、社会で野放しになっている。警察よ、仕事せよ。
「それにしても、人間の都市は活気がありますわね。人、物、娯楽に溢れ、眠らない街では夜空を見上げる事も忘れてしまいます」
少女の言葉に内心で同意する。
どこの世界線でも人間の価値観ってそんなに変わらない。
狡猾で競争を好み、他人を出し抜いてでも自分が上に立つ事若しくはそれに準ずる地位を築く事のみに没頭するんだ。前世でもそう。
例えば娯楽。小説が流行ればその中で一番を目指し、それがブームを終えれば劇、映画、漫画、アニメ、果てはもっと手軽な動画配信サービスへとエンターテインメントの幅を拡大した。
文字で勝てないと悟れば絵に、それがダメなら映像に、それもダメならプラットフォームを移してでも、自身が最も輝ける場所を渇望した。
そういう姿を見てると心配になる。疲れないのかな? ってね。
自分を肯定してくれる世界を探す気持ちは分かるけど、程々にしないとキリがないよね。
「環境の違いに戸惑う事もありますが、少しでも早く身を立ててリー君のお役に立てるよう努めていますわ」
まぁこの子に限ってそんなあくどい事はしないだろう。さっきは前科持ちの汚名を着せてしまったけど、それもきっと濡れ衣だね。
丁寧に洗濯されたエプロンと同じ様に、その心根も純粋なはず。
「わたくし、薬屋で働いていますの。幼少からの教養が役に立っていますわ。もちろん、今も変わらず研鑽の毎日ですの」
薬屋、それでメイド服か、なるほどね……ん? なるほどか?
「そうして今日まで、精進してきましたわ」
言葉には確かな誠意が宿っている。
彼女の服装がその人柄を裏打ちする。
メイドさんとは清廉潔白で裏表が無く、主人に対して従順でなければならない。
これが嘘だというなら、大したペテン師といった所だ。
そうではない。彼女はきっとそんな人物ではないと信じさせる、信じたくなる、信じずには居られなくなる、そんな印象だった。
「わたくし、覚悟は出来ていますの。だからどうか、扉を開けて頂けませんか?」
しかし、と思う。一方で俺は知っているんだ。
「そして生涯を共にする番の契りを結びましょう」
「すみません、マルチ商法なら間に合ってます」
俺はそっとインターフォンを切って溜息を吐く。
美少女と詐欺はセット、流石にもう騙されない。
今日は休日で予定があるんだ。
これ以上下らないトラブルにかかずらっている余裕は無い。
☆☆★★☆☆★☆
俺の部屋を訪れた謎のエルフを帰らせるのに、随分と時間が掛かってしまった。
相手がエルフで文化が違うからか、日本語が通じなかった。
半ば諦め掛けていたが、最終手段に手を染めることで無理矢理解決した。もう二度とあのエルフには会いたくない。
「よぉ、学生がこんな昼間に何してんの?」
そうしてようやく外出を果たした俺は路地に向かい、茶髪の少年を待ち伏せして声を掛ける。
「あなたは……あぁ、昨日の……」
「うん。で、質問なんだけど。何してんの?」
休日返上で仕事とは、我ながら真面目だよね。
「あなたには関係……」
「最初に思ったのは、何で騎士が来たのかってことだ」
俺は少年の言葉を遮って告げる。
昨日のあの状況、明らかな違和感が存在する。
「君でしょ、騎士を呼んだの」
「……」
「あの場に居たのは、チンピラが三名、マフィア二名、冒険者一名、学生一名の計六名」
あの二人を“マフィア”と、正体を言っちゃって良かったのか心配はある。しかし、彼に口を割って貰うためには情報を多く出した方が良いだろうと判断した。
俺があのイカつい三者面談に繰り出した原因は、騎士が近付いていたからだ。
マフィアは騎士から逃げるもの。そして、俺はマフィアから逃げるものだ。
穏便に済ませるため、俺はマフィアの都合に乗ってあげることにした。
そうしなければ、後々尾を引いて面倒なことになるかもしれないと思ったからそうした。
具体的には、三者面談を欠席したことで家庭訪問に来られるといった面倒が……いや、考えるのはよそう。
「それ以外は誰も居なかった。魔力を探知して調べてたから間違いないし、そうでなくとも人気のない路地に面した建物だったからね。チンピラが根城にしていたことからも、通行人が居たとは考えにくい」
となるとこの六人の中で、街の治安を維持する騎士を呼びそうなのは学生、次点で冒険者だが、少なくとも俺は呼んでいない。
「……それが何だって言うんですか? 呼ぶでしょ、普通。チンピラに絡まれている人が居たんだから」
「うん、確かに人道的に考えてそうすべきだ。君は正しいよ。偉いね」
そう。少年の言う通り、呼ぶべきなんだ。
「けど、そうなると今度は君があの場所に居た理由に説明が付かない」
彼が、普通の学生ならば。
「それは……」
「まさか、“たまたま通り掛かった”なんて言わないよね?」
彼は、自分の足であの建物に踏み入っていた。学生など寄り付く事もないあの路地に。
まるで、そこでチンピラが活動していることを知っていたかのように。
「質問を繰り返すよ」
チンピラと交流している。シーナの言葉が正しかった場合、一つの仮説が浮かび上がる。
「君、何してるの?」
何らかのトラブルに巻き込まれている。
「いや、違うか」
そして、
「何をさせられてるの?」
「っ!」
何らかの理由で抜け出せなくなっている。
───ま、簡単には話してくれないよね。
恐らく、俺の仮説は近からずとも遠からずといったところだ。
的を射てはいるが、核心には触れていないのだろう。それは少年の表情からも読み取れる。
彼は先程から口を引き結び、語るべきか否か、判断に窮しているんだ。
───面倒くさいけど、手順を踏むか……。
「自己紹介がまだだったね。俺はシュート、シーナにはいつも世話になってるよ」
「! あなたがシュートさんでしたか、姉から話は聞いています」
「え」
何の話をしたんだ、おい、ギルド職員の守秘義務はどうなった。
「そうですか……」
言って、少年は目を伏せる。
笑わない辺り、俺が雑用とかって罵られていることは話していないようだ。
良かった。ここで侮られたら話がこじれるとこだ。
「誰もやりたがらないような雑用を、いつも進んで引き受けてくれると聞いています」
「俺はパシリか。その評価、今すぐ忘れてくれないかな」
めっちゃ喋ってんじゃねーか。
「今回は弟の素行調査を買って出てくれた、と……どうやら姉には、少し心配を掛けてしまったみたいですね」
「……そうみたいだね」
「……ですが」
何らかの決心がついたのか、少年は顔を上げて力強く告げる。
「だからこそ、話す訳にはいきません」
「ま、そうなるよねぇ」
状況から言って、彼がチンピラと交流しながら手を切りたいと悩み、しかしその手段が無いといったズブズブの関係に陥っている可能性は高い。
───何らかの弱みを握られたか……
となると、最悪を想定しておくべきだろう。
───或いは、人質かな。
“自分と関係ないところで第三者の手によって問題が解決する”。
恐らく彼の勝利条件はそんなところだろう。厄介だね。
「それ」
俺は金属製のブレスレットを指差す。
「外してあげようか?」
「っ! できるんですか!?」
───ビンゴ。
こういう時、表情に出さないのがポイント。
「ま、条件次第かな」
「……分かりました」
───うん。嘘は言ってない。
こういう時、軽はずみにYESと言わないのがポイント。
「僕はルークです」
ちなみに名前はシーナから聞いてたから元々知っている。
けど自分から教えてくれた辺り、少しは信頼が得られたのかな?
「全部、お話しします。ついて来てください」
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