表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/120

閑話 賢者は迷宮で惑う旅人の針路を見届ける


 迷宮の深奥では強者達が刃を交わす音が絶えず響き渡っていた。


 クエストは既に佳境。


 参加する冒険者、そのほとんどが歴戦の猛者達。これ程の強者達が覇を競うクエストなど、歴史を振り返ってもそうは無い一大事件だと誰もが思っていた。


 そしてそれは我自身も。


「命拾いしたな───」


 対峙する女に言葉を掛ける。


「───“鉄壁”のラズベルよ」


「……異名でマウント取るの、やめてくれる?」


 ラズベルは油断なく身構えながら返答する。気の強さは相変わらずだなと苦笑した。


 先の戦闘。“剣王”が落ちてくれるなら静観するのも一興に見えたが、その一方で久方ぶりに彼女と話してみたい欲求もあった。


「すまぬ。この呼び名は嫌いであったな」


「馬鹿にしないで。名前に拘っているのはあなたの方でしょ?」


「うむ。お主も呼ぶが良いぞ、“白麗”とな」


「嫌味ったらしいのよこの“引き篭もり”」


 彼女と我は、顔を合わす度にこうして罵り合う関係である。


「続きを所望するか?」


「……やめておきましょう」


 しかし、決して不仲という訳ではない。


「元々、私達に与えられた役割は“足手纏い”だしね」


「もしやお主、何か知って(・・・)おった(・・・)のかね?」


 だからこそ、正面切って問い質す。彼女の挙動、その隠せない違和感について。


「まぁ、ね。こっちも色々あるのよ」


「ふむ、“勇者”のパートナーは相応に重責のようだな」


 溜息を吐く彼女にその真意を察し、追及の言葉に替えて労いの言葉を贈る。彼女に課された役割というものは、誰にでも務まるものではないのだ。


「代わってくれるかしら? まぁ、家から出られないあなたには到底務まらないでしょうけど。はぁ。日がな一日研究して過ごすなんて、羨ましいことね」


 皮肉たっぷりに言い放ち、満足げに笑みを浮かべる。わざとらしく溜息など吐く姿は癪に障るが、愚かな男どもはこれを“可愛い”と言って憚らない。理解不能である。


「む、良いのか?」


「……へ?」


 そこで、意趣返しをしてやることにする。


 我の返答が予想外だったのか、ラズベルは目を見開いて絶句していた。いい気味だ。


「我は仕事を探しておってな。それでこのクエストに参加したのだ」


「ま、まぁ、あなたにしては珍しいと思っていたけど……」


「そうか“勇者”の相棒とな。なかなか胸躍る誘い文句ではないか」


「ちょ、あなた本気なの!?」


「? そう言っているが?」


 慌てた様子で言葉の真偽を問う姿は、まぁ、確かに可愛らしいと言えるか。百万歩譲って。


「“勇者”の供となれば報酬も期待できよう。悪くはない話だな」


「な、ダメよ!」


 ラズベルは遂に身を乗り出して制止にかかる。彼女は何故か、我に対して並々ならぬ対抗心を燃やしているのだ。


「冗談だ」


「っ! 下らないまねしないでよね」


 彼女は“勇者”のパートナーとしての役割とは別に、ごく個人的な目的で彼に追従している。我はそれを知る、数少ない一人であった。


「その様子を見るに、やはり難航しているようだな」


 “賢者”と謳われながらも、その心根は年頃の少女と変わらないのだと再確認する。これはまぁ、可愛いな。異論は認めない。


 しかしどうやらそちらの目的の方は進展が無いようだ。あれだけ腕が立ち顔も良く、“勇者”などという名声まで得た男となれば、並の努力では視界に入ることも難しいのだろう。


「えぇ。今は“惚れ薬”を研究しているところよ」


「……迷走しているな」


 予想外の発言が彼女の口から飛び出す。


───そこまでであったか……。

 “至剣”は、浮いた話を聞かない男だ。その姿勢は“剣聖”とも酷似している。彼女の恋路は険しい道のりとなりそうだ。


「ふ……こうしていると思い出してしまうな」


「忘れて」


『あなたを、“白麗”と見込んで尋ねるわ───』

 それは、我が彼女と出会った時のこと。


 我とて知れた魔導士だ。同業者から情報提供を依頼されることもあれば、国から魔法開発の依頼を受けることもある。


 そしてその時既に“鉄壁”として名を馳せていた彼女のことを、我は認知していたのだ。


 我と同じくして“叡智”を求める彼女とならば、さぞかし有意義な対話となるだろう。そう思って応対したのだが、


『───男の落とし方を教えなさい』

 専門外だった。


「あの時の私は馬鹿だったのよ」


「うむ。恋は盲目と言うからな」


「“引き篭もり”を頼るだなんて……」


「八つ当たりなど醜いぞ」


 そうしていつしか、彼女のことは気の合わない妹だと思うようになった。


「見てくれに頼るでない。我らは魔導士であろう」


「えぇそうね。やっと気付いたわ。帰ったら新しい調合を試さないと……」


「待て待てそうではない」


 何か確信を得たかのような眼差しに歯止めをかける。これ以上進んではいけない領域に、彼女は踏み入っているに違いない。


「魔力は感情により励起する。それを見つめるのが我ら魔導士ではないか」


 きっと、人間とはそういう風(・・・・・)に作られている。


「導いてやれば良いのだ」


「……簡単に言わないでよ」


 ラズベルは不貞腐れたように、しかし刺すような視線で我の胸の辺りを睨む。


『引き篭もり淫魔あああああああ!!!』

 彼女は我のことをなんだと思っているのか。


「逸るでないぞ。何よりも“秩序”を重んじていたのはお主であろう」


「えぇ、分かってるわよ」


 溜息と共に呟かれる返答に安心する。


 人の心とは、得てして合理的でないものだ。だからこそ魔法の叡智は無限の可能性を秘めているのであり、それを司る魔導士は自らを律さなければならない。


 これは、彼女の矜持のはずだった。


「……あなた、あれ(・・)と手を組んでいたの?」


「成り行きよ。それが最善であった故そうしたまでだ」


「へぇ……何者なの?」


 話題はとある男の話に移る。


「さて、な」


 それは我自身も気になっていたことだ。しかし、答えの出せない問いでもあった。


「しかし、強いぞ」


 未知数。故に、侮れない。


 分かっているのはそれだけだ。


「ふーん───」


 恐らく彼女も、気になっているのだろう。魔法を研究する者ならば、あれの異常さに気付かない方がおかしい。


「───視えない(・・・・)けど」


 そう、視えない(・・・・)


 魔導士として、“賢者”として、魔力を見つめ続けてきた我らの目をして見切れないその“在り方”。


「もしかして───」


 人間を始めとする生物は、常に体表から放出される表層魔力を持っている。そしてそれを意のままに操るのが魔法だ。その魔法こそ、長年の研究から導き出された人類の叡智。


 それを持たない(・・・・)種族(・・)など、我は一つしか知らない。そしてそれは、太古の昔に滅ぼされたはずなのだ。


「───マギョウ(・・・・)……?」


 ラズベルの言葉にはっとする。


 一連の出来事、彼の挙動を順に並べる。しかしそのパズルには、どうしても埋められない空白があった。


 彼女の言葉はそれを埋めるピースとして上下左右を綺麗に接合し、我の脳裏に一つの絵となって仮説を打ち立てる。


 そして渇望した絵の完成形を俯瞰し、底知れない畏怖に震えた。


「ふむ───」


 考える程、検証する程にそれは確度を増して現実味を帯びる。


「───あり得ぬ(・・・・)話ではない(・・・・・)な」



面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ