112話 次は“龍”、使っても良いよ
「よぉ、待ってたよ」
王都駅前のカフェ、そこのテラス席に座った俺は、現れた待ち人に向けて声を掛ける。
「誰かと思えばあんさんかいな」
現れたのは俺のパトロン。話し方に癖のあるエルフのフローラだ。
「ディアーナやろか」
「正解。その感じだと、君からの誘いって訳じゃなかったんだね」
今気付いたけど、二人はよく似てる。印象が違うのは目かな。フローラはつり目だ。
「当然どす。わざわざあんさんを王都に呼びつけるなんて、あの子はホンマ……言ってくれれば、わっちから会いに行ったのに」
「はは。別に、大した用でもないからね。ちょっとした暇潰しだよ」
「ほんならえぇけどなぁ……」
溜息を吐いたフローラはチラと周囲の様子を確認する。俺のテーブルの周りには、無数の男達が無惨にも崩れ落ちていた。
「ヴェル・トピア、えぇ趣味やなぁ」
「うん。一局どう?」
テーブルには格子模様が施されたボードと八種類の駒。
「ふふ、リベンジやろか」
「まぁね。俺結構負けず嫌いなんだ」
と言っても、相変わらず俺は初心者だ。普通にやって勝てる訳もない。
「獣と鱗と魔と、あと龍も落としてね」
「正々堂々って言葉は知ってはる?」
「もちろん。俺は正々堂々とハンデを要求してる」
開き直った俺に、フローラは折れて苦笑した後席に座る。
瞬間、周囲がお花畑に場所を移したかのような甘い香りに包まれた。美少女って不思議。
「お先にどうぞ」
「ほな、わっちから始めさせて貰いましょか」
フローラの一手を合図に、対局は始まった。
「……融資、ありがとね」
俺は人を動かす。
「ふふ、喜んで貰えたなら何よりやわぁ」
フローラは人を動かす。
「アイテムボックス、リアムが随分気に入っててね。今日も魔獣狩りに出たよ」
俺は人を動かす。
「……あれは、森の獣という獣を狩り尽くしても止まらない勢いだったね」
「あのお方は昔から限度というものを知らんかったからなぁ」
フローラは人を動かす。
「放っといて良いの? このままだと森の生態系、歪んじゃうんじゃない?」
俺は人を動かす。
「わっちがお止めして、あのお方は止まってくれるやろか……森が滅ぶなら、それが世界の意志という事やろなぁ」
フローラは人を動かす。
「……暴君にも程があるね」
「ふふ。他人の主人に対して、随分な言い方やない?」
「それだよ」
言って、俺は魔を動かす。
「最初に思ったのは、何でリアムを連れ戻さないのかって事だ」
そしてフローラの人を落とした。
「そうや言うてもなぁ、あのお方はわっちの忠告に耳を傾けへんし」
「そうだね。リアムは今希望に満ちてるから、何を言っても無駄だろうね」
「ふふ。ほんま困ったお方やわぁ」
「でも」
フローラは樹を動かす。
「エルフにとってリアムは替えの効かない存在だ。君達は皆言うだろう。“娯楽に興じるなど不合理だ”。君はリアムを“主人だ”と言う。だから無理矢理にでも、連れ帰って祭り上げるつもりだと───」
そして、俺の魔を落とした。
「───合理的な君達なら絶対にそう言うと思ってたけど、その認識が間違ってたみたいだ。正直、驚いたよ」
「主人の望みを叶えるのが、従者の務めやない?」
「そうだね、だから疑問なんだ。君は前提と行動が矛盾してる」
俺は人を動かす。
「エルフが王を護るのは種の繁栄に欠かせない存在だからだ。そして現状リアムはその務めを果たしていない。君が“主人”と呼ぶならそれを果たさせるべきだし、それをしないなら“主人”と呼ぶべき関係じゃない」
フローラは樹を動かす。
「不合理に過ぎる。まるで人間みたいだ」
「酷い言い草やなぁ。ほな、嘘吐いてると? エルフが?」
「はは。本当、それならどれだけ良かったことか───」
そして、俺の人を落とした。
「───度肝抜かれたよ。エルフがまさか、“同調型魔法”使いだったなんてね」
「証拠はあるん?」
「すごいよね、一億ポンと払うなんて」
俺は人を動かす。
「それだけ君は、この世界に受け入れられてるって事だ」
フローラは人を動かす。
「もしかして君、ものすごく人間に詳しいタイプのエルフなのかな?」
「ふふ」
俺は人を動かす。
「少し、昔話をしよか」
そしてフローラの人を落とした。
「古来より、エルフは一つの分野を究めるとされる種族やった。それは研究だけでなく、生活における役割分担もそう。家事をするエルフ、狩りをするエルフ、植物を育てるエルフ」
俺は人を動かす。
「そして、エルフを育てるエルフ」
「“社会的分業”だね」
「そんなに結びつきの強い関係ではないなぁ、“縦割り”の方が近いんとちゃう?」
「なるほど君達らしい」
「それで、役割を与えられなかった者が“研究”と“記録”を担う……まぁ、長い生涯の暇潰しみたいなものやなぁ」
フローラは人を動かす。
「ある日、獣人の群れに三つ子の狼が生まれた」
「恐ろしい戦力だね」
「エルフはその内の二人を攫い、その一人を人間の村に置き去りにして、残る一人をエルフの里に連れ帰り子育てを担うエルフに預けた」
「人攫いに人身売買、最低の犯罪者だね」
「同じ形質を持つ獣人が、異なる環境でどう成長するか。それを調べたかったんやろなぁ」
俺は人を動かす。
「“運動性能”、“言語数”、“魔力指数”を一年毎に記録して比較した。仮説では、エルフが育てた獣人は最も“言語数”が高く、獣人が育てた者は“運動性能”が高く、人間が育てた者はその間になると考えとった」
「確かに、イメージだとそうだね」
「変化は三年目に表れた」
「早いね」
「獣人は二歳から狩りに出るから、人間に比べて早熟やしなぁ」
「へぇ、それで?」
「結果は、人間が育てた獣人が全能力で最高値を叩き出した」
「……え?」
「まず“運動性能”について。そもそも獣人には料理の概念が無い。やから生ものばっかり食べとる分、消化に時間が掛かって活動時間が短いんどす。結果、彼らは一日のほとんどを寝て過ごしてはる訳やなぁ」
「うん。その辺の生態は有名だね。特にこの国では」
「逆に人間にとって料理はお手のもの。栄養バランスの取れた食事は強靭な肉体を与えると同時に、生活習慣も大きく改善した」
「なんか、獣人がニートみたいに思えてきたよ」
「次に“言語数”。ホンマ、人間は賑やかな種族やなぁ」
「それは本当にそうだね」
「寝てばっかりの獣人の生活でそれが身に付く訳もなし。けど疑問やったのは、何でエルフの育てた獣人の知能が低かったのか」
「確かに」
「そやから確認した。そしたらビックリ、エルフは獣人の子が暴れる度に薬注射して無理矢理眠らせとったんや」
「酷い児童虐待だね、吐き気がするよ」
「そのエルフが言うんや。“獣人の育て方なんか知らん”と。研究しとったエルフは思った───」
フローラは人を動かす。
「───その通りやなぁ、と」
「……なるほど、役割以外の事は想像もできないんだね」
そりゃあ、倫理観のかけらも無いのも納得だ。
「最後に“魔力指数”について。人間は獣人に魔獣の生態を教え、効率的に狩る技を身に付けさせた。その“工夫”と獣人の“本能”が結び付いて、脅威的な魔力操作技術に昇華されとった……他に影響を与え燃え広がる“火”の魔力特性“延焼”。もしかしたら人間は、獣人の育て方を知っとったんかも知れんなぁ」
「それで? その後はどうなったの?」
「研究が一区切りして、二人の獣人を群れに戻す事にした」
「良い判断だと思うよ。子育てエルフも持て余してた事だしね」
「そしたら人間の育てた獣人が群れの統率を取り出したんや」
「は? 三歳なのに?」
「獣人は早熟やからなぁ」
「次元が違うね……」
「群れの連携による狩りの効率化、料理による生活習慣の改善と食糧の保存による活動範囲の拡大。当然、強大化する勢力はやがてぶつかる事になる」
「なるほどね───」
俺は獣を動かす。
「───それで、獣人の群れに武器を持たせて、人間の村を襲わせた、と?」
そしてフローラの人を落とした。
「ふふ。シュートはん───」
フローラは樹を動かす。
「───オチを先に言うなんて、無粋って言葉知ってはる?」
そして、俺の獣を落とした。
「“教え育むこと”。人間は、“教育”に長けた種族なんやとエルフは結論付けた」
俺は樹を動かす。
「リアム様は、その辺りに目を付けはったんやろなぁ。人と交わり更なる高みを目指すため、森から住処を移した……ホンマあのお方は、常にエルフの一歩先を見据えてはる」
「買い被り過ぎだと思うよ。あいつはそんな事、微塵も考えてない」
そしてフローラの人を落とした。
「どうやろか。それでも主人が望むなら、そこに王国を築くのが従者の務めやない?」
「リアムはきっとそんなの望んでないよ。寧ろ、従者の暴走に辟易してるんじゃないかな?」
「ほな、あんさんは止めるつもりやと?」
フローラは剣を動かした。
「どうだろうね。正直、エルフが何考えてるか、そんな事俺は興味ないんだ。どうでもいい。魔獣を滅ぼすのも森を滅ぼすのも、好きにしたら良いと思うよ」
そして俺の鱗を落とし、聖地に至り龍の権能を得る。
「ほな、邪魔はせんといてくれはる?」
「それはこっちのセリフだよ」
言って、俺は獣を動かす。
「チェックメイト」
俺の獣はガラ空きの聖地に辿り着き、龍の権能を得て羽を射程圏内に収めた。
「三手先詰みか。ふふ。あんさんの戦略眼は本物やなぁ」
「よく言うよ。君が本気出してたら勝負にもならなかった」
「ゲームは楽しむもんどす、そんな事しまへん? シュートはんとは、最後まで末長く仲良くしたいしなぁ」
「はは、付き合いきれないよ。俺の十倍は長生きする癖に」
言って、俺は立ち上がる。
「まぁでも、君は俺のパトロンだからね。遊びたくなったらいつでも相手してあげる」
「ふふ。次はこう上手く行くやろか?」
「そんなに邪魔したいなら本気を出せば良い。獣も鱗も魔も、使いたくないならそうすれば? それで勝てるって本気で思ってるならね」
「挑戦的やなぁ。えぇの? わっち、次は手加減できへんかも知れへんよ?」
「好きにしなよ。“対人戦”なんか所詮は盤上の遊びだしね。だから───」
そうして座ったままのフローラを見下ろし、言い切る。
「───次は“龍”、使って良いよ」
「偉そうになぁ。さっきハンデが欲しい言うとったん、誰やったやろか?」
「はは。あ、そうだ」
「今度は何?」
「その香水」
「ふふ。気に入ってもらえたやろか?」
彼女の周囲を漂う甘い香り。
「いや、俺はあんまり好きじゃない匂いだ」
「乙女に向かってその言い草、シュートはん地獄に落ちた方がえぇんとちゃう?」
意趣返しのつもりだったけど、あんまり効いてない。ま、想定内って事か。
「それじゃ、俺は行くよ」
「……わっちは“睨む者”」
「……は?」
「そう、“二枚銀”が言うとったんや。気になるなら一回、聞いてみたらえぇんとちゃう?」
「……自分から言い出しといて、意味わかんないな」
ヒントのつもりか?
「ふふ。ほな、お別れやなぁ」
「うん。まぁどうせ、すぐにまた会うと思うけど」
「名残惜しいわぁ。駅まで送らしてもろてもえぇ?」
「あぁ……まぁ、好きにすれば良いんじゃないかな」
「こういう時、男はきっぱり“はい”と言うもんどす?」
「えぇ、君、どの口が言ってるの?」
下らないやり取りをしながら、駅まで歩く。
また面倒な異種族に関わってしまったけど、別に後悔とかはしてない。強がりじゃないよ。発想を転換したんだ。
所詮は遊び。楽しんだ者勝ちだってね。
これで三章終わりです。
結構好きなキャラ書けたなぁと作者的には満足しています。
が!! これからもっと熱い展開が待っているので引き続きお付き合い下さい!!
数話番外編的なものを挟んで四章に入る予定です。
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よろしくお願いします。執筆の励みになります。