111話 希望に満ちた彼女は皆言うだろう
「よぉ、連れが世話になってるね」
「また貴様か……」
騎士団本部を訪れた俺を迎えた銀髪の麗人は、俺の顔を見るなり眉間に皺を寄せて目頭を押さえた。
「街の秩序を乱すのもいい加減にしろ。大人しくしていろと言っているだろう」
「はは、また随分な言いようだね。俺今回本当何もしてないんだけど」
濡れ衣にも程がある。
「それで? 今どんな感じ?」
「捜査情報は言えん。知りたければ、騎士団に入る事だな」
「へぇ、珍しいね、君が勧誘なんて。もしかして君も俺の魅力に気付いちゃった?」
確かに彼にはその気配があった。天使族の審美眼は本物という事か。
「戯言を。監視の手間が省けるというだけだ」
「警戒し過ぎでしょ」
俺は善良な一般市民だって言ってるだろ。
「まぁ、何もないなら良かったよ」
「何もない、か……」
意味深に呟いて、レイスは目を細める。
「何?」
「官憲の動きがきな臭い。我々の捜査を待たず、随分と処分を焦っている様だった」
「……いや睨むなよ。そんな権力俺には無いから」
「ほう、嘘ではない様だな」
「いちいち試すなよ」
ひとしきり会話したところで、奥の扉が開く。
「それじゃ、俺は行くよ」
「あぁ、二度と来るな」
「はは、一応礼を言っておくよ。ありがとね」
「何の礼だ」
「俺の友達、君の嫌いな異種族を守ってくれて」
レイスは目を伏せる。
「私の苦悩など、無辜の民には関係無いからな」
「そっか」
俺は頷いてレイスと別れ、待ち人を迎える。
「よぉ、ゲリック」
「シュート! き、来てくれたんだね」
なんとゲリックは捕まってたらしい。複数の市民の腸内環境をいじった罪で。
けど、もしゴッドハンドがゲビルを殺していたら、罪状は“殺人”に切り替わっていただろうね。
『官憲の動きがきな臭い』
敵は国か、国も、か。
「それじゃあ約束もあるし、行こうか」
「うん……え、待って……!」
ゲリックを伴い、用の済んだ騎士団本部を出ようとした俺を、ゲリックは呼び止める。
「ん、どした?」
「それ!!」
そして俺が腰に刺す剣を指差す。
「その剣、“名剣”だよね!?」
「っ!! 分かる!?!?」
どうやらドワーフの審美眼は間違いなく本物らしい。
「そうなんだよ! たまたま見つけたんだ!」
俺は剣を抜き放ち、見せびらかす。
騎士団本部で着剣する俺の狂行に、周りの騎士の警戒が高まるが気にしている場合ではない。
「世界の名剣シリーズ、モデル・アレックスVer.“陽射”! すごいだろ!?」
「何でシュートが持ってるの!?」
ゲリックの食いつきがすごい。流石、武器製作に長けたドワーフはこの辺りの理解も深いらしい。
「はは、そんなに乗り出してもこれはあげないよ?」
「ほ、欲しいって言ってる訳じゃないよ、でもそれ、どこで手に入れたの??」
「あぁ、レジルの古ぼけた土産屋でね。そこの気の良い店主から譲って貰ったんだ」
イカした店主は「金はいらねぇ」とか言ってたけど、流石にそれは気が引けたから騎士団に百万ペイ請求しといた。
「それ、叔父が製作した剣だよ!!」
「……は?」
ゲリックの叔父……数年前から行方不明の、武器製作してる迷子の叔父??
「ゲイボルグ・ゲルシュタイン、当代の“陽射の刀鍛冶”だよ! シュート、知ってる事を教えて!」
「待って待って、落ち着いて」
ゲリックの興奮に圧されて冷静さを取り戻した俺は、周囲の視線に気付いて慌てる。
「とりあえず、外に出ようか。話は静かなところでしよう」
そうして強引にゲリックの手を引き、外に出た時、
「シュートだな、探したぞ」
「げっ」
赤髪の美女が現れた。
その背後には見覚えのあるボディガードと、その他大勢の武装した男達。
「ま、待つのだお嬢よ!!」
「……」
そしてインターネットで見慣れた二人のSランク冒険者。
「よ、よぉアリエラ。こんなに大勢で、どうしたの?」
言いながら、俺はチラチラと視線を送って助けを求める。
「シュート、何をしておる! 今すぐ逃げよ!!」
冷や汗をかいて絶叫するのは名の知れた“賢者”のハウライネ。その後ろで静かに佇むのは“剛刃”のエルディンだ。
「はは……本当どうしたの? そんなに慌てて」
俺は二人のSランク冒険者に仕事を紹介した。
口の固いエルディンには令嬢の護衛、生活力の高いハウライネには令嬢の日常の世話。
「ふふ、迎えに来たの。あなた、お腹が空いてるんじゃないかと思って」
「っ! 待て! あれはまだ人に食べさせて良い水準ではない!!」
人が食べられない水準の食べ物って何? それ食べ物って言わないよね? 毒だよね?
「ハリーはあぁ言ってるけど?」
俺は、冷や汗をかく。
ハリーがあぁまで焦っているという事は、間に合わなかったということ。
「口うるさいの。あなたからも言ってやってくれない? ご飯、美味しいよ、って」
俺は期待していたんだ。魔力操作に長けた“賢者”なら、彼女の暴走する“愛”を止める事ができるんじゃないかと……!!
「そうだ! そう言えばあなた、この前のお弁当はどうだった?」
「この世のものとは思えない味だったよ」
俺は即答した。
「とびきり美味しかったという事ね!?」
輝く笑顔で言った赤髪の美女は、胸を逸らしドヤ顔で“賢者”を振り返る。
「愚かな……何故、お主は火に油を注いでしまうのだ……!!」
「だって彼女が作ったものだからね。普通の味がする訳ないよ」
「当然よ。隠し味、いっぱい入れたんだから」
胸を張って言い切る彼女を見て、俺は理解した。
彼女は希望に満ちているんだ。彼女は文字通り俺の彼女である事を微塵も疑っていない様だが、断じて彼女は俺の彼女ではない。
このように希望に満ちた人間は視野狭窄となり、客観性を欠いて周りの意見に耳を傾けず、待ち受ける恐ろしい結果を想像もできなくなる。
希望に満ちた彼女は皆言うだろう。「私が作った料理が美味しくないはずがない」。彼女は「隠し味を入れた」と言う。彼女が込めた愛情を、彼氏が不味いと言うはずがないと。
彼女であれば絶対にそう思うだろうが、その認識が間違っている。
「それで、あなた、この後の予定は? どこかに行ったりする?」
「もちろん」
予定もクソもないしどこにも行きたくない。強いて言うなら帰って寝たい。
「この後ゲリックの家に行くんだ!」
「え、え?」
「いやぁ俺どうしても行きたかったんだよ! だから今晩は帰らないかも知れない!!」
俺は黙りこくって俯いていたゲリックの肩を在らん限りの握力で掴む。
「な? ゲリック!」
逃がさねぇからな。こうなりゃ道連れだ。
「ごめんシュート……僕本当に女の子が好きで、ごめん」
「そこを何とか!!」
もういいじゃん。今晩ぐらい一緒に寝よ?
「お前、ゲリックと言うんだな」
「ひっ!?」
唐突に声を掛けられ、ゲリックは慌てる。
確かに口調が変わって完全にヤクザモードに入ったアリエラの迫力はすごいけど、「ひっ!?」ってリアクションは女の子に対してどうなん? とは思う。
「悪いが私はこの男に用があるんだ。少し借りる。構わないか?」
「ど、どうぞっ!」
「ゲリック!?!?」
見捨てるのか!? この薄情者がっ!!!!
「礼を言う……ふふ。それじゃああなた、行きましょ?」
アリエラは表情筋を器用に使いこなして真顔から笑顔へテンションの乱高下を見せてくれる。
「帰ったら宴よ。楽しみにしててね」
それを見て、俺は「どうして」と嘆く。
何故、世界はこうも難解な出会いばかり俺に与えたがるのか。
「一生懸命頑張ってフルコースを作ったの。お腹いっぱい食べてね?」
「アイキャントスピークイングリッシュ!!!! アンドユー!?!?」
普通で良いじゃないか、男も女も。それが世界に最も適した存在だと証明されたからこそ普通なのだから。
たくさん強キャラを書いてみました。
難しいなぁって感じです。カッコ良く、面白く、魅力的に見えてるか、表現って難しいですね。やはり魔法です。
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