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110話 愛妻弁当


 体表から常に放出され、意志によって操作が可能な“表層魔力”とは違い、生命力の根源たる“潜在魔力”は操作が困難である。


「……何の話かな?」


 それは自分にとっても、他者に(・・・)とっても(・・・・)


証拠(・・)は今、彼女が持ってきてくれた」


 俺はエルフに視線を送る。


「……これらの薬品は、組み合わせると魔力を変質させる“毒”になりますわ」


 言って、エルフは複数の薬品を浮かべた。


「そしてこの“帳簿”。薬品の使用履歴を管理するものですが、一般的な処方より多くの薬が患者に渡っているようですわね」


 薬の過剰処方。毒になりかねない薬を、過剰に与えるなどあり得ない。


 それも、このゴッドハンドが。


 それは暗に在庫の誤魔化しを意味するが、医療に従事するエルフの目は誤魔化せない。


「……なるほどな。それで?」


「マフィア・エテルニアのボス、ディエゴ・アスラウスを苦しめた“奇病”、“魔力変調性機能不全”」


 俺は尋ねる。


「主治医、おじさんだよね?」


 俺達の因縁、その原因について。


「ふ……医療従事者が、まさか診療情報を漏らすとはな」


「勘違いしないでね、ちゃんと正当な筋で確認したから」


 俺はエルフの濡れ衣を剥がす。


「彼女、全然教えてくれないからさ。仕方なく家族に聞いたよ……重過ぎる対価を払ってね」


 言って、俺は思い出したかのように吐き気を催した。


「当然ですわ」


「……それで、何が聞きたいというのかな?」


「まずは病理について。専門的知見から、病の原因と内容を教えて欲しいな」


 問い質しに来たは良いけど、そもそも俺もこの病気について詳しい知識は持っていない。だったら、専門家に聞くのが手っ取り早くて良いよね。


「……“魔力は感情によって励起する”。これは知っているな?」


「もちろん」


 それはもはや、現代では常識に近い事実だ。


「原因とはつまりこれだ。突然変異した“潜在魔力”によって、生命活動(・・・・)が阻害(・・・)され(・・)困難(・・)となる(・・・)病気。それが“魔力変調性機能不全”だ」


「へぇ……それだけ?」


「あぁ。がっかりか?」


 俺は昼間参加したクエストを思い出す。


 そこで魔導士達は“枷”を嵌められていた。“魔力変調”を引き起こす“枷”。それによって、彼女達は得意の魔法を封じられていた。


「おかしいな」


「何がだ?」


「操作可能な“表層魔力”が変質して、魔法を含めた“行動”が制限されるのは理解できる。でも“潜在魔力”は元々操作不可能とされるエネルギーだ」


 魔法を封じられた彼女達は、それでも確かに生きていた。


「それが人体に影響を与えるとは思えない」


 だからもっと他に、何か特別な原因があるのかと思っていたんだけど。


「その認識は間違っているよ」


 しかし、男は「否」と言う。


「“潜在魔力”の特性が生命に多大な影響を与えている、これは事実だ。とはいえ、現代医学でも“魔力”については持て余しているのが現状でな」


「なるほど……おじさんがそう言うなら、そういうものとして認識するしかないね」


 俺は頷く。やはり“魔力”はかなり奥が深いみたいだ。


「それじゃあ、次は病気の内容について教えてもらおうか」


「内容、か。“魔力変調性機能不全”、この病名以上の説明も無いのだがな」


 言って、男は少し考えるような素振りを見せてから、口を開く。


「“潜在魔力”の変質により、生命活動が鈍化(・・)する(・・)のだ。肉体と精神の衰弱から始まり、やがて眠るように活動を停止する。そうして“意志”や“行動”を伴わなくなった生命体は、感情によって魔力を励起させることもなく、最終的に生命活動そのものを停止させる」


 男は静かに語る。病気について、魔力について、そして、人間について、患者にわかりやすく説明するように。


「死因としては、“老衰”が最も近い表現だな」


「……なるほどね」


 罹れば確実に衰弱してやがて命を落とす病気。その上で、病気について完全には解明されていない、と。


 余りにも、都合が良い(・・・・・)病気だと思えた。


「情報提供感謝するよ。おかげで色んなことが何となく分かった」


「そうか。それは何よりだ」


「で、ここからは取引(・・)だよ」


 俺は男の目の奥を見据える。


「ほう……何だ、まさか、見逃してくれるとでも言うのかな?」


「うーん、おじさんがそうして欲しいって言うならそれも考えるけど」


 俺は首を振る。


「たぶん、もっと良いもの(・・・・・・・)を用意できると思うよ」


「それは、期待させる提案だな」


「だから、まずはいくつかの質問に答えてね」


 俺は問い掛ける。確かめなければならない。


「何でボスを治さなかったの(・・・・・・・)?」


「……答えられん」


「そっか。じゃあ次、何でゲイスを雇った(・・・・・・・)の?」


「それもだ、答えられん」


「それじゃあ次だね。何でゲビルを殺そうとしたの?」


「答えられん」


「そっか」


 俺は、一拍の間を置く。


「おじさん、誰に雇われてるの?」


「っ!」


 瞬間、男の顔が歪んだ。


「……答えられん」


「なるほどね。次が最後の質問だよ」


 予定調和か。


「おじさん、まだ医者を続けたい?」


 男は首を傾げる。


「その質問に、何の意味が?」


「取引に必要な確認だよ。どう? YESかNOではっきり答えてね」


「そうだな……」


 男は疲れた顔で溜息を吐き、そして覚悟を決めたように言い切る。


「戻れるのならば、そうしたい」


「いいね、よく言った」


 言って、俺は笑った。


「でも残念、俺は過去に戻ったり既に起きた出来事を無かった事にはできないんだ。だからおじさんはこれから、自分の力で頑張る事になるよ」


「……ふん、望むところだ」


「そっか」


 俺は、傍でただ話を聞くエルフに尋ねる。


どう思う(・・・・)?」


「えぇ───」


 するとエルフは、ゆっくりと口を開いた。


「───この男、間違いなくかかって(・・・・)いますわね」


「そっか」


 彼女が断言するんだ。つまり、そういう事なんだろう。


「それじゃあ取引だ。君の“枷”を外す代わりに、さっき言った質問に答えてもらうよ」


「ふ、それは無理な話だな。こう見えて、私は口が固いのだよ。残念だが交渉は決裂したようだ……早く、私を騎士団の詰所に連れて行くと良い」


「諦めるのは早いよ。君なら知ってるよね? 闇に生きる人間は、日々拷問に耐える訓練を受けているんだ。それはとても過酷で、俺達なんかじゃ到底耐えられない苦痛なんだけど、なんと彼らはそれを耐えると言うんだよ」


「涙ぐましい努力だな」


「でもそんな彼らが、軒並み屈服したとびきりの拷問器具があるんだ」


 俺は鞄からそれを取り出す。


「……それは?」


「“愛妻弁当”……らしいよ」


 箱いっぱいに詰められていたのは、漆黒の暗黒呪物だった。


「大丈夫、苦しむのは一瞬だ」


「待て。取引を無かった事にはできないか?」


「はは、薬を嫌がる子供じゃあるまいし。寧ろ求道者たる君は、この出会いを幸運と捉えるべきだ」


「や、やめろ……! それを私に近付けるな……っ!!」


「おめでとう。君は今日、“魔力の深淵”を覗き見ることができるよ」


 俺は箸でそれを男の口元に運ぶ。決して素手では触れない。絶対に人体に悪影響を及ぼす何かしらの毒が入っているからね。


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおあああ」


 しかし哀れ、樹木に身体を絡め取られた身動きの取れない男は、絶叫して顔を逸らすが逃げ出す事ができない。


「ああむ……ぶぐっ!!??」


 俺は強引に口にそれを押し込み、すかさずハンカチで口元を押さえた。


 男の喉が脈動してそれを嚥下する。途端に男の顔は血の気が引いて真っ青になり、やがて痙攣し始めて脂汗を流した。


 もう声も発しない。その顔は絶望に打ちひしがれていて、男はただ木の中で小刻みに震えているだけだ。


 そうしてやがて、男はピクリとも動かなくなった。


「気絶させてしまっては肝心の情報が聞き出せないのではないですか?」


 淡々とした口調でエルフが言う。


「そうだね。まぁ、三回くらい繰り返せばおじさんも素直になるんじゃないかな?」


 言って、俺はペチペチと男の頬を叩く。起きろ〜と念じながら。


「そうですか。それにしてもまた、恐ろしい物を持ち出したものですわね」


 エルフの視線は暗黒呪物に送られている。


「興味ある? 研究したいなら提供するけど?」


 毒をもって毒を制す。良薬口に苦し。この暗黒呪物が世界の役に立つのなら、彼女も本望って感じなんじゃないかな。


「いいえ、結構ですわ」


 しかしエルフはキッパリと拒絶する。


(それ)は、エルフ(わたくし)には難解過ぎますもの」


「そっか……ま、協力してくれてありがとね」


 意外だった。リアムに関係ない事件、彼女は興味ないかと思ったけど。


「いえ、医療従事者として、当然の務めですわ」


 ま、彼女なりに真面目に仕事をしてたって訳か。


「それに、気になっていましたので」


「何が?」


「この街に“教会”がない理由」


 まぁそれも当然か。競合相手がいないことは市場的には幸運だけど、だからこそ不気味でもある。


 医療。これ程需要の高い市場で、競合相手がいないなど。


「なるほど、彼女(・・)が目の敵にするはずですわ」


「ふーん、彼女って?」


「あなたも知っている人物ですのよ」


 エルフは意味深に頷く。


「会いたければ、三日後に(・・・・)訪ねる(・・・)と良い(・・・)ですわ(・・・)


 言って、エルフは用は済んだとばかりに病室を後にした。


「へぇ……」


 呟いて、俺は溜息を吐く。


「さて、なんて説明するかな……」


 愛妻弁当の感想を聞かれた時、俺は気の利いた冗談(へんじ)を言えるだろうか。


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