108話 作戦通り
「レディイイイイイイスエェェェエエエエンジェントルメェエエエエエエエン!!!」
閉会式。
「俺達が用意した迷宮は今宵! 英雄達の歩みにより光を浴びた!! 偉大な挑戦者達に、最大限の敬意と感謝を!!」
爆音のファンファーレに炎魔法の花火、噴き上げられ舞い落ちる花吹雪。
司会の興奮に駆り立てられ、会場のボルテージはどこまでも高く昇っていく。
「そして悦びに震えろ!! 今日この瞬間、新たな英雄の誕生に立ち会えたことに!!」
観衆、一人一人の顔を見れば、彼らが同じ感動を共有している事が分かる。
多くの来場者は王都の市民だ。森や他国との係争地、ダンジョンから距離を置く首都は平和だが、だからこそ彼らは戦いの熱を渇望していたのかも知れない。
「歴史の目撃者諸君、心の準備を! そして万雷の拍手で迎えろ!! 英雄の帰還だ!!!」
誰が見ても分かる。今回のイベントは大成功だ。それはもちろん、俺にとっても。
「チャレンジャー、No.6!! “トビー&ムーランペア”あああああああ!!!!」
炎魔法の大爆発。そのスモークの中から二人の挑戦者が姿を表す。
「優勝者に栄光を!!!!」
誰もが気付いている。しかし、言葉にしないことを暗黙の内に合意している。
それ程に今、会場は一体となっているのだ。体感温度が五度下がった会場で、居合わせた俺達は同じことを考えていた。
「もう一度、二人の英雄に拍手を!!」
“お前ら誰やねん”。
そして俺は確信する。
───多分、三日くらいで皆このイベントのこと忘れるだろうな……。
全て、作戦通りだった。
☆☆★★★☆★☆
「不服ね」
やや不機嫌な表情でリアムは言う。
「あとほんの少しで優勝できたっていうのに」
「良いんだよこれで。俺達の場合、不用意に目立つのも考えものだからね」
俺は溜息と共に返答した。このエルフは俗ボケし過ぎている。
「結局、名前も知らない冒険者に横取りされちゃったわね」
「君、ジーニアスもハリーも知らなかったよね? 一体、誰なら納得するの?」
「アイテムボックスも空になっちゃったし」
「生ゴミ処分できて良かったね」
「はぁ……宝箱、何が入っていたのかしら?」
イベント参加に当たって懸念していた“注目”という問題。
俺達はただでさえ目立つ。それが優勝なんてした日には、ファンによる行列とかできちゃうかもしれない。ふふ、人気者は大変だよ全く。
「今回はルールありきのイベントだしね。俺達もだいぶルール使って誤魔化してたし、文句を言える立場じゃないよ」
「それはそうだけど」
「まぁ確かに、直接戦ったら十中八九君が勝つ相手だろうし、不満があるのは分かるけどね」
けど結局は“どうでもいい結末”に終わった。
「……あの男、トビーとか言ったかしら」
「そうだね」
「一番の心残りは、彼と戦れなかったことね」
「……と、言いますと?」
相変わらず戦闘狂な同居人だがそれはもう慣れた。
違和感があるとすれば、奴がトビーに興味を抱いた点だ。リアムは弱い者いじめとかするタイプじゃない。
「彼、たぶん相当強いわよ」
「君もそう思う!?」
驚いた。あのリアムが手放しで褒めるなど。
「えぇ。あなたと同じタイプでしょ? 実力を隠してる。最初見た時は気付かなかったけど、改めて観察して分かったわ。表層魔力に過剰な制限をかけて、実力を悟られないようにしてたのよ」
「……流石だね」
リアムのセンスは戦闘極振りだ。そのリアムを欺く程の魔力制御……常人技じゃない。
かねてより俺も彼には一目置いていた。世間の評価はそれ程高くないが、強者特有の風格がある。
「……だったら、話は早いね」
イベントでの優勝経験。少なからず注目を集めることになるだろう。そうなる前に! 俺にはやっておくべきことがある!!
「おぉ、ここにおったか! 探したぞ!」
声の方を振り返る。
「ハリー、どうしたの?」
声を掛けてきたのは“白麗”のハウライネ。相棒のエルディンを伴って現れた。
手間が省けた。会いたかったぞハリー……!
「なに、別れの挨拶を、とな」
「そっか、お疲れ様」
俺はハリーの表情を見て、疑問を抱く。曇っている訳ではないが、透き通ってもいない。複雑な心境を思わせる顔をしていた。
「俺が言うのもなんだけど、残念だったね」
「ふむ。悔しいがお主の方が一枚上手だった、それだけのことよな」
「ま、その俺達も負けちゃった訳だけど」
言って、お互いに苦笑する。
ハリーからしたら、自分を蹴落とした人間があっさり退場して他に優勝を譲ったことが不満なのかも知れない。
だが、そんなことは口にしない。俺達は大人なんだ。
「そういえば、あなた達は何で今回参加したの?」
リアムがそう言って問い掛ける。
「ふむ。仕事を探しておってな」
「へぇ……君達が?」
“白麗”、“剛刃”共にSランクの実力者。
通常、ギルドが割り当てるランクはEからAの五段階。Sとは即ちスペシャル、特権階級だ。
有事に国の召集に応じる義務がある代わりに、一定の活動補助を国から受けられる。魔導士のハリーは国から魔法開発を依頼されたりもしているのだろう。少なくない報酬を受け取っているはずだ。
そんな彼らが、仕事を探していると言う。不思議なこともあるものだ。
「少しトラブルがあってな」
「へぇ」
「早い話……領主と揉めたのだ。このエルディンが」
「……すまない」
「それは……ヤバいね」
目を伏せて謝罪するエルディンは、しかし腕組みして仁王立ちだ。反省している様子は見られない。
聞けば、彼らが定住していた地域の領主に、国外旅行の護衛として追従するよう依頼されたらしい。しかしハリーは魔法研究で忙しく、スケジュールが合わなかった。
これだけなら別に問題にはならなかっただろう。領主とはいえ所詮は一個人だ。依頼を受けるかどうかは冒険者の意思に委ねられる。
ハリーはエルディンに個人で依頼を受けるよう促したようだ。護衛団に混じって追従するだけの簡単な仕事。一方で、依頼主が領主であるために報酬は高い。良い条件だと。
しかしエルディンはにべもなく断ったと言う。
「“俺にそんな仕事は務まらない”と言い放ったそうだ……」
「そんな仕事……」
「しかも一方的に吐き捨てて帰ってきてしまったらしい……」
「エルディン……」
「……面目ない」
エルディンは仁王立ちだ。
「以降、ギルドでも肩身が狭くてな……指名依頼も減ったのだ。我は依頼を受けること自体少ないが、だからこそ指名での高額報酬が必要なのだ。研究には時間と金が掛かるのでな。このままでは衣食住いずれかを切らねばならぬ」
「切羽詰まってるね……」
「……申し訳ない」
仁王立ちだが肩が二センチ下がった。
相手は領主、つまりは貴族の連中か。エルディンの淡白過ぎる態度にプライドを傷付けられたのかも知れない。
で、ギルドに何らかの圧力を掛けた。
「依頼、何で受けなかったの?」
「エルディンは集団行動ができんのだ」
「……まぁ、単独であれだけ強ければね」
曰く、エルディンは集団で連携を取る戦闘が苦手らしい。
確かに彼のスタイルは本能的というか、敵味方関係なく無差別にぶっ飛ばすタイプだ。味方が必要ないとも言い換えられる。
その点、邪魔にならず高度な魔法で補助できるハリーが優秀で相性が良い。
「戦術のこともあるが、この男は口下手故な」
「いや……そうだね。ごめん、ちょっと否定できないや」
冒険者とはつまり日雇い労働者だ。その上個人事業主でもある。
自由の代償として保障がなく、社会的地位の低い冒険者は往々にして依頼主に舐められる。
自分で自分を売り込んで仕事を取り、その度に結果を残して信頼を得る必要があるのだ。労働力として買い叩かれないためには交渉術も必要。
今回の件、悪いのは明らかに領主だけど世界はエルディンを慰めてくれる程優しくない。
人間社会においてコミュニケーション能力は必須スキルだ。成功のチャンスを引き寄せて、失敗の損害を軽減できる。
その点、エルディンは致命的に口下手である、と……。
───コミュニケーション能力の欠如。
オススメの自己啓発本を紹介してあげたい。
「それでこのクエストに参加したのだ。優勝すれば、名声が高まり仕事も増えるであろう、と……」
「なんか、ごめんね」
事情を聞いて、考える。
「……そうだね。口数が少ないってことは、口が堅いとも言える……?」
「むう、秘密保持能力のことを言っているのかも知れんが、軍や騎士団では持て余すであろう」
「そっか……んで、ハリーはずっと家に居るってことは、家事全般出来るんだよね?」
「無論だ。しかしお主、我を家政婦にでもするつもりか? 我、“賢者”であるぞ?」
エルディンは強いがそれは単独での話だ。ハリーの言う通り、士官したところでその実力を発揮することは難しいと思う。
個人で動けて戦力の需要があり、過度のコミュニケーションを必要としない職場……。
そしてハリーには高額報酬を基本として拘束時間が短く、魔法技術を生かせて外出の要がない仕事……と。
「えっと、負かしてしまった詫びって訳じゃないんだけど……」
俺は一つの選択肢を提示することにした。
「……仕事、紹介しようか?」
「む、良いのか? 言っておくが、エルディンは力仕事しかできんぞ?」
「うん分かってる」
「我は月に五日までしか働けぬぞ?」
「えぇ……それはまぁ、雇い主と相談ってことで」
決めるのは、彼女ら自身だ。俺はあくまで提示するだけ。結果には別に拘らない。
ただ、受けてくれたら少しだけ……いやかなり嬉しいというだけだ。
「ただし、条件がある」
「ほう、何かね?」
仕事の斡旋、もちろんタダでという訳じゃない。俺は善人じゃないからね。欲しいものはしっかりと要求させてもらう。
「これに、サインを書いてくれ!!」
「それは良いが……それだけか?」
「うん、家宝にする……」
俺は返却された色紙を眺める。おかしい……視界が滲んで字が読めない……。
「その紙が、家宝で良いの?」
「馬鹿っ! 君、この色紙の価値が分からないの!?」
「……名前が書かれた紙ね」
「ただの紙じゃない! 今この瞬間!! 家宝として祀るべき神になったんだよ!!」
「えぇ……」
こうして俺は二人の英雄直筆のサインを手に入れた。
「欲の無い男よな」
そして二人と別れた後、俺は会場を駆けずり回り、探した。そして計十六枚の家宝を手に入れ、お誂え向きに雑用なんかをこなして帰路についた。
☆☆★★☆★★☆
王都から戻った俺は、目的地へ向けて急ぐ。リアムとは駅で別れた。俺は今日、個人的な約束があるのだ。
そういや時間とか決めてなかったな、そんなことを考えながら、やがて目的地に辿り着く。
「にゃはっ!」
そこで待ち構えていた人物の顔を見て、俺は非常に不愉快になった。
「……よぉ、ルーニア。ちょうどいい、紹介したい人が……」
「来ないにゃ?」
「……何だって?」
彼女の言葉の意味を考える。しかし考えるまでもなく何かが起こっていた。
「だから、待ち人は来ないにゃ。お友達のシュー君だから、親切で教えに来てあげたんだにゃ?」
「へぇ……珍しく気の利いたタイミングで現れたと思ったら、なるほどね」
「にゃはっ! ま、この件についてはシュー君も心当たり、あるんじゃないかにゃ?」
彼女の言葉を聞いて、俺は溜息を吐く。そうか。そうかよ。そっちがそのつもりなら、こっちだって容赦はしない。
「……ありがとね」
「どういたしましてだにゃ〜」
意外にもあっさりと、猫耳少女は去って行く。まるで、本当にそれだけ伝えに来たかのように。俺に対して、長くここに留まるなと言っているかのように。
「……ふぅ」
状況を脳内で整理して、安心する。大丈夫だ。まだ、詰んでない。
「……行くか」
まずは一度顔を見せてご飯を頂こう。そして薬屋に寄って、その後行けば間に合うだろう。
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