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107話 この指輪に誓って


「これ程、か……」


 僕は眼前の光景を、その異様な殺戮の一部始終を、ただ呆然と眺めていた。


───あれは何だ……ドラゴン? いや、それにしては……。

 意味が分からない。


 まず、魔法に意思があるのが理解できない。


 “至剣”の飛空剣は魔法式(プログラム)だ。与えた命令以外の動作はしない。


 しかしあれは、明らかに“生命”だ。


 魔法式(プログラム)にしては動きの無駄が多過ぎる。バグだらけだ。しかしそれが、不思議と自然に見えるのだ。


───あんなもの、“木”の魔力でもとても……。

 魔力の塊が、一つの意思を持った“生命”に見えるから。


───アイツは、神にでも成ったと言うのか?

 何も無い所から生命を生み出す。そんな魔法、人智を超越し過ぎている。


 そして更に問題なのは、その生命の強さだ。


───無数の魔物、それを瞬殺だと?

 その様はまさに踊り食い。空間に押し寄せた魔物をあらかた喰らい尽くした二頭のバケモノは、更なる獲物を求めて這うように通路の奥へと姿を消した。


 その際、振り返った一頭と目が(・・)合った(・・・)


 おおよそ感情らしきものは汲み取れなかった。そこにあるのはただ深い闇。


 一瞥。


 表現するならそういうことだ。ただ一目、僕の様子を確認して踵を返した。


───戦ったとして、果たして勝てただろうか。

 一頭なら問題ない。二頭でも恐らく負けないだろう。でも、もし三頭目が出てきたら……。


 久しく忘れていた感覚。これは“恐怖”だ。


「ふぅ……」


 とはいえ、目下の危機は去った。であれば、僕は僕で任された役割を果たさなければならない。


 索敵し得る範囲に生命体の反応はない。それは、魔物も含めて全てだ。二頭のバケモノは、全ての魔物を食い殺した後忽然と姿を消した。


 そして見るに、その魔力は宿主であるシュートの元に還ったと思われる。


───なんて、禍々しい魔力だ……。

 背筋に嫌な汗が伝う。


 見えるのは、シュートの背中だ。表情を確認したいが、本能がそれを拒絶する。前に回る勇気が出ない。それどころか、声を出すことすら憚られる始末。


 萎縮している。この僕が。


 どうやら、普通に(・・・)相手を(・・・)したら(・・・)些か分が悪いらしい。ならば、こちらも“力”を使う他ないだろう。


「すぅ……」


 深く息を吸い込む。


「ふぅ……」


 そしてゆっくりと吐き出す。


───ぶち殺す……!

 自身の内包する全ての魔力を感情により励起、爆発的に膨れ上がるそれを、僕は即時に切り離す(・・・・)


「“狂気の太陽(インサニティ・サン)”……!」


 果たして僕は、背後に巨大な“太陽”を召喚することに成功する。


「……シュート!」


 名を呼ぶ。同時に僕は覚悟を決めた。


───振り返ったお前が正気でなかった時……。

 僕は、迷わず手を下す。


 僕の声に反応してか、或いは僕の放つ強烈な魔力を察してか、シュートはゆっくりとした動作でこちらを振り向く。


 そうしてやがて対峙し、目が合う───


「……はは」


 視線を外したのは、僕の方だ。後ほんの一瞬、意識を共有していたら呑まれ(・・・)ていた(・・・)


「ふぅ……」


『君の前には分岐器がある』


───あぁ、分かっているさ。

 拳を握りしめる。強く。爪が食い込み肉が裂けるほどに。


───ぶち殺す!!!!!


「シュート───」


 僕は全力の踏み込みでシュートの懐に飛び込む。


「───起きろっ!!」


 そして全魔力を拳に集め、シュートの腹部を貫いた。


「っ……」


 僕が拳を引き抜くと同時、全ての息を吐き切ったシュートは力なく崩れ落ちる。その身体を僕はしっかりと受け止め、座り込み、自身の膝の上に横たわらせた。


「はぁ……はぁ……」


───もう、再生が終わっているのか……。

 貫いた腹部に傷跡らしいものは見られない。


 そして背後の太陽は消えている。力を使い切ったのだ。被害らしいものを出すことなく太陽が消失したのは、もしかして初めての経験かも知れない。


「はぁ……はぁ……」


『トロッコ問題って知ってる?』

 そして、僕は現実と対峙する。


「はぁ……はぁ……」


 僕は、拳を振りかざす。


 都合の良い事に、大気中には使い勝手の良い莫大な魔力がある。


『助けたい方を選ぶと良いよ』


───今なら……


「はぁ……はぁ……!」


『見ず知らずの大勢か』


───この、得体の知れない……バケモノを……


「はぁ……! はぁ……!」


『たった一人の同胞か』


───殺せる……!!


 握り締めた拳から血が滴り落ちる。それがシュートの頬を濡らし、赤く線を引く。


「シュート……」


 そうして僕は、拳を振り下ろした。


「起きろ」


「ぶへっ!」


 間の抜けた声が、いつもなら不愉快に感じるそれが、僕の精神を安定させていることに苦笑する。


「え……あれ? 何だ、どうなったの?」


 起き上がったシュートは状況が飲み込めていないようで、しきりに周囲を見回していた。


「全部片付いたわ。あなたがやったんでしょう? 全く……無茶をするわね」


「そっか……ありがとね」


 言って、屈託なく笑う男を見て、僕は決意を新たにする。


───お前を生かした。これは、僕のわがままだ。

 僕は、自分の意思で選んだのだ。


「えぇ。どういたしまして」


───だから、この責任は僕が引き受ける。

 短くやり取りして、僕達は立ち上がる。


「さて、これからどうするの?」


「そうだね、とりあえず隠れよう。火、ありがとね。もう消していいよ」


「? どういうこと?」


「いいから」


 相変わらず、この男の語る言葉の真意は察せない。しかし、それでいい。


「英雄の凱旋だよ。特等席で見物しよう」


「何よそれ」


 そう言って笑う男の言葉に従い、僕は灯りを消した。だから、この“声”は彼に届いてはいないだろう。


───お前が何をしようと、

 健やかなる時も。


───何を滅ぼそうと、

 病める時も。


───その前に、僕が止めてやる。

 左手の薬指を確かめる。この指輪に誓って、僕はお前のそばにいる。


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