106話 主観で絶対評価だからね
「あの、明かりを付けてくれませんか?」
「あら、生きていたのね」
聞き慣れた声と共に、灯りが灯される。声の主は、火の玉を宙に浮かべて灯りを確保してくれた。器用だね。
「死んでて欲しかった?」
「まさか。心配してた、って言ってるの」
リアムは冗談混じりに返答する。そうして会話しながら、俺は一つの異変に気付く。
「それ……もしかして回復してる?」
リアムの右手、負傷していたはずのそれが、いくらか治癒されていた。
「まぁ、応急処置程度だけどね」
「へぇ……他の皆は?」
「さぁ、ね」
リアムは首を振る。
灯りによって自分の置かれた現状がやっと理解できた。景色を見るに、
「取り残されちゃったのかしら」
俺達はまだダンジョンに居るようだ。
「少なくともこの空間には、僕達二人だけね」
「そっか……」
リアムの魔力探知は並外れて優れている。
奴がそう言うなら、他の挑戦者達は皆退場させられたって事だ。
しかし、だとしたらおかしい。
「ねぇ、俺達のパームは?」
勝者として俺達が生き残ったなら、それに追従する撮影機器も残っているはず。
そしてパームにはライトも付いている。完全な暗闇などあり得ない。もしかして壊れちゃったのか?
「それなら、ほら。あそこ」
リアムは上空を指差す。そこには確かに一機のパームが浮遊していた。しかしライトは点灯しておらず、動作している様子もない。
「……誤作動?」
「どうかしら。僕には分からないわ」
リアムは肩を竦め、首を振る。
「なるほど、ね」
とにかく、状況を整理しよう。
「そういえばさ、さっきまでのあれ、どうやってたの?」
「……口頭で説明するのは難しいんだけど───」
俺はリアムに尋ねる。察しの良いリアムは俺の意図を汲んで回答してくれた。
「───ダンジョン、異常に魔力が濃いのよ」
俺が尋ねたのは、リアムが枷の効力を無視して魔法を行使できた理由、その原理。
「しかも、人間の魔力に性質が酷似しているわ」
「……そういうことか」
リアムの回答を得て、俺は理解した。
「つまり、魔力操作に慣れた魔導士なら、表層魔力の代用として扱うことも簡単である、と」
「簡単、は語弊があるけど、概要はそういうことよ……で? どう思う?」
真剣な声で問うリアム。
リアムの右手の傷は癒えている。回復したんだ。魔法で。
今までそれをしていなかったと言うことは、使えなかったということ。
そして可能になったということは、枷の効力が切れたということだ。
ライトの切れたパーム。撮影を中止したということは、俺達の失敗条件を検知した?
ならば何故、俺達は転移しない?
「さぁ、ね……けど───」
誤作動。
「───誰が相手でも同じだよ。立ち《はだ・・》かるなら容赦しない」
と、言うには状況が整い過ぎている。
「君は回復に専念してて良いよ。ここは俺がやる」
「あら、珍しいわね?」
「もちろん、任せても良いよ? 君が俺の前で、本気を出せるならね」
リアムは、俺に隠している。それはさっき、リアム自身が言っていた。
まぁでも言いたくないならそれで良いんじゃないかな。
俺はそんなどうでもいい事にいちいちめくじらを立てたりしない。
「いっぱい来たね……はは」
リアムの灯す炎によって照らされる空間。そこに、無数の異形が詰め寄せていた。
「ヴモオオ……」
「魔物、ね。あれ、絶滅危惧種って聞いたんだけど」
それはもはや、見慣れたといって相違ない生命体。彼らは何故ここに現れたのか。この舞台は果たして、誰が用意したのか。
「あなた……本当に、何者なの?」
「俺? 俺は弱者だけど?」
「とてもそうは見えないわ」
「俺は、俺が君にどう評価されてるか、そんなの微塵も興味無いんだ。どうでもいい。これはあくまで主観で絶対評価だからね。例え俺以外の全人類が俺より弱くても俺は間違いなく弱者だよ」
「暴論ね」
「だから君ももっと気楽に、自由に生きれば良いんじゃないかって俺は思うけどね」
「……あなただって、普段は誤魔化してるじゃない」
「……それ、前にも言われたよ。でも、別に俺は何も隠してないんだ。使い道がないんだよ。こんなもの、この世界じゃクソの役にも立たないからね」
「……そう。それじゃああなたは、そのとっても使い勝手の悪い“力”を、いったい何に使うの?」
リアムは真剣な表情で尋ねる。
「……生き残るためだよ」
だから、正直に教えてあげる事にした。
「対話で解決するのが理想だけど、現実的に考えてそれは難しい。共通認識の上でしか会話は成立しないのに、相手の都合を考えず自分の意志を強引に押し通そうとする輩が多過ぎるんだ。マフィアとか、情報屋とか、為政者とか───」
俺はリアムの目の奥を見据える。
「───あと、詐欺師とか、ね」
「耳の痛い話ね」
「はは、しおらしいね、君らしくもない。俺は別に怒ってないよ。君との生活も意外とスリリングで楽しめてるし、元々俺の望みは人間関係の中でしか成立し得ないからね。だから大概の事は笑って見逃してあげてる。でも、許せない事もあるんだ」
「……それが、“殺し”って事?」
「まぁ、そうなるね」
リアムの溜息が聞こえる。
「なるほどね。よくわかったわ……後は、任せて」
何かを勝手に察したらしい奴の言葉を聞いて、俺は一歩前に出る。
この力を振るう時、俺は大抵心底病んでいる。
絶望だったり挫折だったり、「もういいや」って投げ出した時に限って漲ってくるもんだから、皮肉過ぎるなと思っていた。
でも、今は少し気分が良い。
俺とした事が、最近は結婚詐欺師とか情報屋とかマフィアとか薬屋とかドM変態騎士とか、そんなぬるま湯みたいな日常に浸かってたせいで、忘れる所だった。
「ふぅ……」
この世界が、あの鬼畜神の創作物だって事を。
「“誇大妄想狂の夢”」
全身から闇が滲み出す。同時に、筆舌し難い万能感に包まれる。
今なら比喩抜きに、立ちはだかるもの全て壊すことができそうだ。そう錯覚できる。
敵は、百、いや二百か? 視界が悪く、奥まで見通すことができない。
一匹一匹処理する。なんて面倒なこと、正直やってられない。
“もっと簡単な方法がある”と、脳裏で誰かが囁くんだ。
俺はただ、その本能に従って手のひらを前にかざす。そんな俺の意思に呼応するように、闇は手のひらに収束した。
「“コブラツイスト”」
そして、俺はその闇を切り離す。
するとどうだろう。瞬く間に強大な闇は二つに分かれ、それぞれ意思ある巨大な獣へと変貌し、眼前の魔物へと襲い掛かっていった。
「はは……ははは……」
その姿は大蛇、或いは地を這う翼の無いドラゴンみたいだった。
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