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105話 彼女を悲劇へ突き堕とす


 自身を中心として、半径十メートルの領域。それが今の私の支配領域だ。


 この空間をもって“自身の表層魔力である”と豪語しても疑う者は居ないだろう。それ程緻密に統率された大気中の魔力は、接近する敵影を正確に捉えその実態を私だけに明かすのだ。


───あり得ない……!

 その索敵能力を誇るが故に、眼前の事実にただ戦慄した。


 放った結界が尽く返り討ちに遭う。


 構築した魔法式(プログラム)の演算により、それで(・・・)十分と(・・・)判断(・・)されて(・・・)送り(・・)こまれた(・・・・)結界が(・・・)、である。


───リアム……何者だと言うの!!

 しかし考えている時間は無い。


 私は後退する。爆煙による視界の不鮮明さなど関係ない。結界魔法により敵の位置は把握できているのだから、逆方向に逃れれば良いだけだ。


 だがその一方で、逃げ切れるとも思っていない。接敵まで恐らく数秒。明らかに相手の方が速い。


 リアムも同様に自分を探知しているようだ。だったら追って来るだろう。追わせておけばいい。


 この位置、この角度は不味いのだ。


───いいわ、迎え撃ってあげる……!

 私は覚悟を決め、振り返って構える。突き出した右手の二指、そこに渾身の魔力を込め引き絞る。


 角度は測った。この向きなら、この魔法なら彼に当たりはしないだろう。


「天染める燈は 数多降り注ぐ恵にして 神より賜りし星跨ぐ閃きの軌跡───」


 しかし次の瞬間、目前に迫った敵影は忽然と姿を消した。


「……ッ!! “煌炎(デロスザード)”!!!!!」




☆☆★★☆☆★☆




 時間と共にジーニアスの動きが鈍ってきている。


 回復しているとはいえ、全身の傷は浅くないのだろう。短時間での完治は不可能だ。そこに新たな手傷が追加されていくのだから尚更。


 しかし剣の冴えは鈍っているのに、表情に焦りが見えないのが返って不気味だった。


───それだけ怪我して退場させてもらえないなんて、主役は大変だね。

 既に並の冒険者なら戦闘不能になるだけのダメージは与えている。回復を続けているから痛みは和らいでいるかもしれないが、表情も変えずに戦闘を継続するとは……。


「“勇者”って聞いてたけど……なに? 君、バケモノだったの?」


 魔力で動く呪器人形と言われた方がまだ納得できる。


「未知を恐れるのは愚か者の思考だ。世界の広さを知れ田舎者」


「いや君、俺と同郷だよね?」


 言葉と共に振るわれる剣を躱す。


───まぁとにかく、早く決着を付けようか。お互いのためにね。


「ふっ!」


「……っ」


 俺は身を逸らして剣を躱し、戻りに合わせて足を斬り付ける。


「いい加減……」


 そして、体勢を崩したジーニアスに向け、剣を振り下ろす。


「倒れろっ!」


「ぐっ」


 おかしい。


「……やるな」


 ジーニアスは辛うじて俺の剣を受け止めた。


 そしてよろめきつつも表情を変えない彼に、俺は言い知れない畏怖を感じた。


 まだ何か、奥の手がありそうだ。


「とどめだよ」


「残念だがもうお前は覚えてる(・・・・)


 俺は踏み込み、追撃を加える。その瞬間、視界からジーニアスの姿が消えた(・・・・・)


───転移……ッ!

 消えた勇者の代わりに、飛空剣が高速で迫っていた。


「“星襲剣(メテオ・シュート)”」


「はは───」


 躱せない。完璧なタイミング、速度と角度。


───でも……


「使ったね、四回目(・・・)


 俺は飛来する剣を打ち払う。それは随分と軽い手応えだった。


 彼の剣は四本。


 二回はエルディンに、三回目はさっきの飛空剣に、そして四回目が今の転移だ。


「まぁよく頑張った方だと思うけど、努力賞ってとこだね」


 瞬間、背後から気配が。


「さて、勇者になった君はこれ(・・)躱せる(・・・)かな?」


 俺は左拳を突き出して構え、唱える。


「サイン・コサイン・タンジェント───」


「───貰った」


 そして煙の中から飛び出した彼と目が合う。


「───堕撃(ルーズパンチ)


 俺は弾くようにスナップを効かせ、裏拳を叩き込む。俺の拳は正確にジーニアスの顎を捉えていた。




☆☆☆★★☆★☆




 姿を消した敵影。高速で移動したか、或いは相棒が勝利し転移させられたか。


 大気中の魔力を使役するため、極限にまで研ぎ澄まされた“鉄壁”の第六感とも言える感性は後者(・・)の可能性(・・・・)を即時に否定。


 そうして迫り来る脅威に対して取った対応は、回避ではなく迎撃だった。


「っ!!」


 彼女の結界魔法を用いた索敵は他の威力魔法と併用できない。


 近接戦闘を得意としない彼女が、高速で移動する戦い慣れた敵、それも背後から迫る刺客の暗躍行動に対応した機転は正しく称賛。


 直感的に背後を警戒した彼女の判断通り、体を捻り、倒れるように振り向いた先にその女(・・・)は居た。


「“煌炎(デロスザード)”!!!!!」


 驚愕に目を剥きつつ、尚も手放さなかった魔力を敵に向け放つ。それは一条の光の線となって空間に軌跡を残した。


 正しく光の速さで敵を貫く熱線。人間はおろか、地上のあらゆる生物にとって回避不可能な速度だった。


───何で……。

 誤算。


 一つはその実力。千年を生きるエルフなら確かにそこに辿り着くのも頷ける。しかし同時にエルフは一つの分野を究めると言われる種族だ。


 強化魔法を必要としない異次元の体技と、枷を嵌めながら空間の魔力を掌握する魔導力。それらを超高次元で両立する敵など、もはや悪夢以外の何なのか。


 そしてもう一つ。


───……何でそこまでこだわるのよ! 顔だけでチヤホヤされるくせに!

 それは彼女の執念。エルフは合理的な思考を有する種族と聞くが、一体何が彼女を突き動かしているのか。


 よろめきかけた“鉄壁”はその意地で踏みとどまる。


 しかしその瞬間、既に敵の(ナイフ)は彼女の胸を(・・)捉え(・・)ていた(・・・)


───なっ!!!!!

 圧縮された時間の中で、“鉄壁”は思う。


 それは走馬灯の様に脳裏を過ぎる記憶の放流。


 研究の日々。挑戦と失敗、努力と発見、試行と錯誤。そしてその中で芽生えた魔導士としての矜持。


 一瞬の隙が生命に触る戦場で、悠々と詠唱を唱える彼女。如何なる窮地においてもその姿勢は変えなかった。


 魔法は断じて、適当に(・・・)扱って良いものではない。


 そう信じていた。しかし、賛成は得られなかった。研究者然とした彼女の態度を非難する者は多かった。


 “魔導書(マニュアル)バカ”、“火力信者”、“女型火砲呪器”。


 散々な言われようだった。


 そんな生活の中、出逢った一人の青年。たった一言で、彼女は救われた。


 そして彼女はやがて、いや、やっと(・・・)、“戦い”の意味を理解する。そこに、矜持や理想など介在する余地は無いのだと。


 弱い者はただ、狩られるのだ。それまでの自分の様に、追いやられ、尊厳を砕かれる。それを、許せない(・・・・)理由(・・)が彼女にできた。


 そして“護る”ことの意義を知ったのだ。


 走馬灯が去り、“鉄壁”は現実に引き戻される。


───こんなところで……

 迫る鋒。その先には、胸に抱く偽りの果実。


 普段ならそこにあるのは自身の操る結界だった。強度に自信のあるそれなら、堂々と受けられたかも知れない。しかし今回は違う。


 ただの布なのだ。


 挑戦者として魔力を封じられた彼女が、それでも砕かれることを許せなかった“尊厳”。丸めた布にそれを託し、さらしで固定してドレスで隠した“意地”


───醜態晒してたまるかああああああああああああ!!!!!

 それは、彼女が密かに固めた覚悟。


 絶対にバレてはいけない。


 死んで焼かれるまで、肉と脂が燃え尽きて骨だけになるまで絶対に隠し通すと誓った“矜持”だった。


「あああああああああぁぁぁあああ!!!!」


 “鉄壁”は極限の精神状態で、絶叫と共に全力の“退避”を選択する。そして幸か(・・)不幸か(・・・)、リアムのナイフを見切ることに成功した。


「───お見事。でも、そっちは危ないわ」


 しかしそれが、彼女を悲劇へと突き堕とす。


「……な」


 後退したその先、そこに仕掛け(・・・)られて(・・・)いたのだ(・・・・)


───落とし穴!?

 彼女は全神経をナイフの回避に割いていた。故に、見落としてしまった。


「暗闇に佇む星々は 天に焦がれ身を投げる汝を 突き放しそして抱き寄せる……!」


 更に、追撃する悲劇は自由落下する彼女に突き刺さる。


───“浮遊(エプレーション)”……!

 足場の支えを欠いた彼女が、反射的に浮遊魔法を行使したことは責められない。しかし、彼女は枷の効力を受けているのだ。


───しまっ……

 彼女がここで結界を使用しなかったのは、自身の異名への嫌悪故だろうか。


『穴の底には、スライムが居る』


 ボチャン


 そうして光に包まれる二人を見送り、ダンジョンは深い闇に包まれた。




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