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10話 昇り龍の女


「いやぁ〜はっは! 強いね! 戦ってる後ろ姿がドラゴンに見えたよ!!」


 絶対に堅気の人間ではない。


「……巻き込んで悪かったな。怪我ないか?」


 その道の人だ。


「おかげさまで無傷! あ、足が震えてるのは持病なんで、気にしないでね! はっはー!」


 努めて明るく返答する。こんな時にも、俺は冗談を多用してしまう。もはや乱用だ。


 三人のチンピラは既に、這々の体で逃げ出していた。マジで文字通り、這って逃げて行った。可哀想に。


「お嬢、こんな所に居たんですかい」


 新手の介入に、俺は無意識に声の方を振り返る。


 そして、「どうして」と嘆いた。


「……ジークか。呼んでないぞ」


───全くもってその通り。

 現れたのは、屈強な男。


 身長は俺より少し高い程度だが、引き締まった肉体、その体格は俺の倍程もありそうだ。


 サングラスをしているが、分かる。覚悟が決まり切った目をしているのだろう。


 お呼びでないです。伝えたかったが、俺の脳はそれを冗談に変換出来なかった。


「そうも行かんでしょう。物騒な話も多い。出る時は男を連れて下さい」


 物騒の権化はそう言って女性に近付く。ボディガードらしく、彼女の身を案じていた様だ。


───イカついボディガードを伴う女性、ね。

 いよいよ否定要素がなくなってきた。


───そして、君も長袖なんだ。

 屈強な男が日焼けを気にする事は少ないと思う。


 さっきは女性の暴力をドラゴンに例えたけど、もしかしたら本当にその背に和彫りの昇り龍を飼っているのかも知れない。恐ろしい。


「はっはっは! それじゃあこれにて!」


 そう言って、俺は踵を返す。


「あぁ、待て」


 そして女性に呼び止められた。緊張が走る。


「……何かな?」


 作り笑いは完璧だった。


 猿芝居で虚仮威(こけおど)しだが、自分の虚勢をこれ程誇りに感じた事はない。


「礼だ。飯を奢ろう」


───いいえ、結構です。

 言い掛けた。本当に出かかって喉ちんこまで揺れたがギリギリで押し留めた。


 サングラスの奥に刃物がチラついたからだ。こっち見んなよちびっちまうだろ。


「いや本当気にしなくて良いから……」


「遠慮するな」


 女性の語気は、強い。引き下がってくれなさそうだ。


「お嬢、出やしょう。じきに騎士共が来ます」


───あぁはいはい、分ったよ。

 この国には国家権力としての警察、官憲ってのが存在する。


 しかしその規模は小さく、俺達の住む地方都市の治安を守っているのはもっぱら騎士団だった。


「……じゃ、お言葉に甘えようかな」


「あぁ。早速行こうか」


 言って、女性は満足げに微笑む。


 先程までのドスのきいた声色もなりを顰め、妙齢の女性のそれに変わっている。


「駅前にパスタの美味い店を知ってるんだ」


 その姿がやけに愛らしく、彼女の背景に馴染んでいないのが面白かった。




★☆★★☆☆★☆




「お嬢が世話になったな、礼を言う」


 三者面談というものがある。


 教師が保護者に生徒の生活態度や成績、その他の活動内容を洗いざらい告げ口する保護者懇談会。


 まぁ前世の俺はそこそこ真面目にやってたから、別に悪い記憶とかは無い。


「いや、俺はビビってただけで、何もしてないよ」


 しかし、と思う。教師の方はどうだったのか。


 対峙するのは真っ当な親ばかりじゃない。 教師もきっと、大変だったんだ。


「そうか。つまり、お前は───」


 時空を超えた異世界でその真実に辿り着いた俺は、禁じ得ない同情に咽び泣いた。


「───お嬢が嘘吐いてると、そう言いてぇのか?」


「ぴえん」


 俺は今、異世界の喫茶店でヤクザ(モンスターペアレント)と対峙している。


「ジーク、脅かすな。彼は勇敢だった」


 女性は助け舟を出してくれた。


「三人のチンピラ相手に全く怯まずに対峙してたんだぞ」


「で、結局お嬢がシバいたんでしょう?」


 その舟に乗れば、しっかりと三途の川を渡り切る事が出来そう。


「心意気の話だ。堅気でありながら、私なんぞを助ける理由が彼にはなかった」


 女性が言う。


「ほう……」


 サングラスと目が合う。


「いや、命懸けで守るべき素敵な女性だよ間違いないね」


 言わされた。サングラスの奥に川の向こう岸が見えたから。


「っ……そ、そんな事より、堅気を巻き込んでタダで帰したらウチのメンツはどうなる? ケジメを付けろ」


 女性はやや動揺したが気を取り直し、ボディガードの男を宥めた。


「へい。失礼しやした」


 そして男はそれを受け入れ、頭を下げる。


───どんなパワーバランスなの?

 ただ容姿が良いというだけで、この世界の人間がここまで(へりくだ)るものか……?


 このやり取りからも、二人がただならぬ関係であることが窺える。


───「お嬢」、ねぇ。

 察するに、この女性はどこかの令嬢若しくはそれに準ずる地位の存在なのだろう。


 そして思い出す先程の言動。


『チンピラ風情が、粋がってんじゃねぇよ!!』

 絶対にヤクザだ。


「まぁでも、結果的に助けられたのはこっちの方だから、お礼とかそういうのは……」


「そうはいかねぇ。これはケジメの問題だ」


 男はやはり俺に対して良い感情を持っていない様子だ。


 居心地が悪い。汗が止まらない。


「五百万ある。受け取れ」


「ゴヒャッ!?」


 男が喫茶店のテーブルに置いたのは、分厚い札束だった。


 唾液が全部汗として体外に流れ出てしまったのだろうか。喉が渇く。


 すごい。漫画でしか見た事ない。それどこから出したの?


「そんな英雄は知らないね」


「……何の話だ?」


 冗談で誤魔化そうにも取り合ってもらえない。


───現金戦隊ゴヒャクマンだよ!! 何の話って、俺が知りたいよ!!

 身も蓋もない。


 女性の方を見る。彼女はまるでそれが当然の行動であるかの様に、腕を組んで満足げに頷いていた。勘弁してくれ。


 ちなみに、この世界の通貨の単位は「ペイ」。現金の癖に何がペイやねんと突っ込んだのは俺が六歳の時だ。


「受け取って。私などのために体を張ってくれた、せめてもの礼だ」


「いくらでも張るよ。君のためなら命なんて惜しくもない」


 もはや言いなりだった。


「でもさ、お金のためにやった事じゃないし……」


 ゴトリ


 音の方に目をやると、五百万の横に短剣が置かれていた。


 ゴクリ


 男は既に興味が失せたかの様に話す事を辞め、咥えたタバコに魔法で火を付けている。


 便利だな、とは思わない。


 短剣には宝石の様な石が付いている。装飾ではない。それは結晶化した魔力の塊、“魔石”だ。


 予め魔石に魔法式を組み込んでおく事で、詠唱無しにノータイムで魔法が撃てる。前世で言うピストルの様なもの。


 短剣は魔獣との戦闘には生きないが、人間相手には仕込んだ魔法で十分戦える。


 魔力(タマ)が切れたら、情報を相手に漏らさない様に自害する。それなら、刃は短くて良い。


 冒険者には歓迎されない、覚悟の決まり切った武器。それを誰が好んで使うのか、考えなくても分かる。


「……好きな方を選ぶと良い」


 俺は、「どうして」と嘆く。


 何故、世界はこう難解な出会いばかり俺によこすのか。


 そして謝罪する。前世の教職員達よ、君達は勇敢に戦っていた。


 親をアゴで使う問題児、子のわがままを真に受け、凶器を持ち出すモンペ、そんな苛烈過ぎる労働環境。


「遠慮はいらない。だが、気を付ける事だ。私と違って、お前を必要とする者も居るのだろうからな。無闇に喧嘩をしては身がもたんだろう」


「命が一つしかないならそれは君のために使う。誰だってそうする、世界の総意だよ」


 もう完全に言いなりだった。


 俺などサングラス越しに凄まれただけで、簡単に意見を覆してしまう。


 口が紙よりも軽いんだ。正義は敗北した。正当な評価などありはしない。


 こんな葛藤の日々を戦い抜いた教師達。彼らに賛辞を送りたい。


「で、お嬢は今日何してたんですかい?」


 この話は終わりとばかりに男は女性に話し掛けるが、何も終わっていない。頼むから勝手に終わらせないでくれ。


「探しものだ」


 女性は短く答えるが、男は満足していない様子。なおも無言の視線を女性に送っている。


 それを受けて、女性は観念したとばかりに溜息を吐いて白状した。


エルフを(・・・・)探していた(・・・・・)んだ」


 声は押し留めた。顔には出なかっただろうか。確認できない。


───聞き間違いかな……?

 女性は今「エルフを探してる」って言った。たぶん、俺の耳が狂ってなければ。


「どこに居るか、何人居るか知らないが、必ず見つけて抑える……今のオヤジは、見ていられないからな」


 めっちゃ執念深く探してるね。よし決めた、しらを切ろう。


 トラブルには首を突っ込まない。距離感を大事にする日本人らしいよね。


「余計な事を……」


「……邪魔するなよ? 私だって組織の一員だ。一部の指揮権も掌握している。子供扱いするな」


 女性の言葉はどこか過剰だった。


 まるで、その強い意志の裏にある“何か”を隠そうとしているみたいに。


「お嬢。その件は俺が預かってる“ヤマ”でさぁ。邪魔ってんなら、お嬢の方がそれに当たりますぜ」


 男は苦言を呈す。


───“ヤマ”、ね……。

 考えるまでもなく、自然が生み出す隆起した地形の話ではないだろう。


 彼らがそこを訪れるなら、ピクニックではなく死体処理が目的のはず。


「……必要なことだ。オヤジのために……延いては、組織のために、な」


「あのさ……お父さんが、どうかしたの?」


 恐る恐る質問した。


 俺は弱者だ。目に見えている危険には予防線を張っておくべきだ。


 備えなくトラブルに巻き込まれたら、待つのは悲劇。


「大したことはない。長い事寝てるだけだ……まぁ、このままだと永遠に眠ったままになるかも知れないがな」


「……」


 女性の皮肉に、男は視線で釘を刺す。サングラスの隙間から見える男の目からは、感情らしきものが汲み取れなかった。


「そう、なんだね」


「“人魚を食って不死身になった”、昔はそんな風に恐れられていたんだが、今では見る影もない。寝首をかくなら今の内だろうな」


 彼女は今、笑っているのだろうか、分からない。


「お嬢、それ以上はいけやせんぜ」


「ふふ。少し話し過ぎたか……そうだ、連絡先を渡しておこう」


 女性は冗談っぽく言って、小さな紙切れを俺に差し出す。


「私はマフィア、“エテルニア”のアリエラ。困った事があったら連絡をくれ……えぇと、名前は?」


「シュートだよ」


「そうか」


 俺の返答を聞いて、二人は立ち上がる。


「……シュート」


 ふと、振り返った男は俺の名前を呼ぶ。


「お嬢のデートの誘いを断ったら、殺す」


「ぴえん」


 いや、これは喜劇かも知れない。


 五百万を受け取って美女の連絡先を手にしたにも関わらず、半泣きになる男。笑える。




☆☆★★★☆★☆




「で、女の子と飯食って金貰って帰って来たと」


「その言い方はあんまりだ!」


 俺は帰宅し、ご主人様に本日の出来事を報告した。


「嬉しい事だろ、喜べよ」


「命がぁ、いくつあっても足りないんだよぉ……」


 俺は泣いた。


 ご主人様は、ヤクザにピストルを突き付けられた経験が無いからそんな事が言えるんだ。


───いくら暴虐のご主人様でも、ヤクザ相手なら、ねぇ……?

 甲乙付け難い。


「それにしても、デカい臨時収入が入ったな」


「……え、いや使わせないよ!?」


 ヤクザから受け取った金、出来れば穏便に返却したい。


 このエルフは何故か、やたら金銭を求めている。先日薬草採集の依頼でハウンドを討伐した事は記憶に新しい。


 日本未満の治安とはいえ、強力な魔獣や治安を悪化させる野盗なんかを野放しにする事は無い。


 それらを討伐もしくは拿捕(だほ)すれば、依頼の成功報酬とは別に特別報酬が出る。


「そうだ、明日の仕事だが……」


「休みにしよう! そうしよう!」


 一歩も外に出たくない。


「そ、そうか……まぁ、臨時収入もあったし、一日くらいゆっくりしても良いか」


 エルフは俺の提案を飲んでくれた。


「お前、明日は何するんだ?」


「部屋を綺麗にしようかと!」


 俺は犬である自覚を失っていないんだ。哀しい。


「そうか。僕は少し鍛錬をしようと思うんだが……」


 そんな俺に、エルフは試す様な視線を送る。


「付き合うか?」


「ぴえん」


 そうして夜が更けていった。


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