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103話 心外だな。リスペクトだよ


「はぁっ!!」


「……ふぅ」


 “勇者”・“至剣”のジーニアスが放つ初撃。彼の全力に近いその一閃を、シュートは見事に受け切ってみせた。


「やるね」


「まだだ」


 その後も絶え間なく襲いくる“至剣”の二刀を、シュートは丁寧な剣捌きでいなしていく。彼の剣は、一言で言い表すなら「柔の剣」である。


 それはあらゆる無駄を省き、ただ一点“護身”のみを目的として研ぎ澄まされた剣技。彼にとっては“攻めの一手”すら省かれるべき無駄に含まれている。


 二刀の強みとは即ち“手数”。剣士が最も隙を見せるフォロースルー、その間を反動の少ない片手剣を二本所持することで埋める。


 しかし片手剣の短い間合いであれば、シュートはほんの半歩後退するだけで躱すことができる。


 彼の辞書に「背水の陣」などという字句はない。退いてしまえば良いのだ。それを可能とする盤面を整えることも、彼が剣を抜く条件なのである。


 そうして間を取りながら、シュートは見定めるのだ。


「踏み込みが浅いね、ビビってる?」


「お前こそ随分逃げ腰じゃないか」


 なおも襲いくる“至剣”の追撃を躱し、受け流し、防ぐ。型にはまったシュートを、剣で突破するのは“至剣”とて困難だった。


 唯一の好機は初撃。万全の体勢で打ち込めるその一閃に全てを賭け、同じく全霊をもって迎え撃つシュートの防御を圧倒する。それが“至剣”に与えられた、最も簡単な勝ち筋だった。


「ほら、脇が甘い。そんなんじゃ簡単に躱せちゃうよ?」


「……ふん」


 無論、シュートはそれを誰よりも深く理解している。だからこそ初撃を確実に受け切れるよう、盤面を常に整理しているのだ。


 そして問題の初撃を受け切ったことで、シュートは大きな情報アドバンテージを得ている。


 初撃に込められた魔力量と相手の疲労度から、シュートは“至剣”の大まかな持久力(スタミナ)を割り出していた。後は削り合いに持ち込める。


 “我慢比べ”。


 モニターを通して観戦している者達からすれば退屈な絵に見えるだろう。実力で上回る“至剣”が、シュートを一方的に攻め立てているようにも見えているかも知れない。


 しかし、攻め側が大きく消耗するのは自明。


 言葉で敵を煽りながら、シュートは冷え切った脳で戦術を組み立てていく。


「ふっ!」


「おっと」


 フェイントを織り交ぜた、“至剣”の見事な一閃を辛うじて躱した。


「今のはちょっと……危なかったよ」


「……」


 言葉とは裏腹に、シュートは冷静に分析を続ける。


───もう少し削りと隙が要るかな……。

 “至剣”の言葉数は少なくなってきた。しかし、先の一撃を見るに“至剣”には未だ余裕があるようだ。


───すごい集中力、マジで隙がないね。

 “剛刃”、“剣王”と連戦してこれだけスタミナが残っているなど驚きである。対するシュートにそれ程余裕はない。


 決めるなら、決定的な一撃を無防備な“至剣”に浴びせなければならない。


 そして“至剣”の巧みな二刀流を掻い潜るのは至難。神経を研ぎ澄ませ、最短・最速・最適効率の防御で“至剣”の攻めを受け流し続ける。


 千日手。そうしてただじっと、その時が来るのを待ち続けた。


 次の瞬間。


「……そこだ」


 躱したはずの剣が、あり得ない軌道を描いて伸びてくる。


 慣性系の魔法を使用したのだろう。フォロースルーを待たずに放たれる一撃。この間合いでは、受け切ることはできない。一瞬の隙を突いた見事な一閃だ。


「……どこだって?」


 しかしそんな“至剣”の渾身の一閃も、シュートは当然のように読んでいた。


 相手が踏み込んで来るなら、そこに合わせて剣を置いて(・・・)おく(・・)だけで良い。


「……ぐっ」


 “至剣”が無理矢理に切り返した剣。シュートはあえて前進することで、彼の剣を握る右手を肩で受け止めつつ、“至剣”の腹部に自身の剣の柄頭をめり込ませた。


「まずは───」


 戦場で、シュートは剣舞を踊らない。圧倒することも魅せることも排除することすら目的としない。


 それはどこまでも醜く泥臭い“弱者の剣”。


「─── 一本もらうよ」


 シュートはよろめく“至剣”を見下ろし、剣を振り被った。



 

☆☆☆★★☆★☆




「行くわよ……“点火(デルス)”」


 発動したのは、火属性の初級魔法。人間の扱うそれは、小さな火種を生むことを目的とするごく小規模な魔法。


 しかし今回発動したそれは、抑制の効かない大気中の魔力を無理矢理に操作して発動したために過剰な威力を発揮、使用者(・・・)である(・・・)僕すら(・・・)巻き(・・)込んで(・・・)大爆発を起こす。


───馬鹿げた火力だな。

 こんなピーキーな魔力をあぁまで制御していたとは。ハリーも目の前の女も、“賢者”の名は伊達ではないらしい。


「っ……“護庭盾(テメノ・エレン・ドア)”」


───これだ。

 彼女が唯一詠唱を破棄して発動する魔法。言うまでもなくオリジナルなのだろう。凄まじいセンスだ。


───この結界魔法だけが、展開速度で強化魔法を欠いた僕の徒手を上回る。

 未だ魔法理論の確立には至っていないのだろう。恐らく、詠唱しないのではなく呪文が存在しないのだ。


───正面からの突破は無理筋か。


「やるわね」


「舐めないで! 次はこっちの番よ!」


 “鉄壁”は見事大爆発を防ぎ切って見せた。確かな防御力だ。


 これが体系化し普及されれば、魔法戦闘の常識が根底から覆ることになるだろう。


───まぁそれ自体はどうでもいいが、

 現状の問題は、この魔法の突破方法が物量に任せた飽和攻撃以外に思い付かない事だ。


───面倒臭いな。


「残念だけどまだ僕のターンなの。しっかり守ってね?」


「ふざけてる?」


「どうかしら。試してみたら? “点火(デルス)”」


「っ!」


 膨大な魔力をそのまま火力に変えて放つ。


 自分の火が熱いなど初めての経験だ。


 結界で自らを保護しなければ、瞬く間に皮膚がただれてしまうだろう。スカートに火の粉が散り、焦げて穴があく。


「毅然たる灯火は 汝が背負いし悪夢を照らす栄光───」


「はいはい」


「───“業火(デライズ)”」


 攻守交代。今度は“鉄壁”が放った火球を僕が結界で受け止める番だ。


───やはり詠唱。真面目というか、愚直というか。

 僕の結界が間に合うのは、彼女が律儀に詠唱をして知らせてくれるからだ。


───隙だらけなのが、返って攻めにくいな。


「“点火(デルス)”」


 僕は炎を放ちつつ、爆煙の中を駆け出す。炎はやはり“鉄壁”の結界群に容易く防がれるが、その隙に幾らか距離を詰めることができた。


「毅然たる灯火は……」


 悠長な詠唱を聞き流しつつ、僕は左手に持ったナイフを投擲する。


「……行儀が悪いわね」


 しかしそれも、彼女の結界に弾かれてしまった。詠唱を中断させ、ただ“鉄壁”を不機嫌にさせただけ。


 しかし、分かったことがある。


───無生物も探知できるのか。

 “鉄壁”自身は投擲されたナイフに気付いていなかった。爆煙に紛れ、魔力を一切纏わせず投擲したナイフ、後衛職の彼女が気付けなくとも無理はない。詠唱を続けようとしたのがその証拠。


 しかし彼女の魔法、結界群は自動でナイフを探知し防いだ。そしてナイフと結界の衝突音を聞いて、気を逸らされた“鉄壁”は不機嫌になった。


───“至剣”の飛空剣とは原理が異なるようだな。

 宙に浮かべた剣を自在に操る魔法を総称して「飛空剣」と呼ぶが、彼のそれは敵を自動で追尾するような動きをしていた。


 そして剣は武器だ。使用目的は攻撃以外ない。


 よって、転がる石ころなどに無駄に反応しないよう、対象を生物───恐らく、表層魔力───に絞っているのだろう。


 しかし“鉄壁”の結界群は、ナイフを補足し的確に防御して見せた。


───そういえば、“剛刃”の斧も防いでいたか。

 あの時は手動で操作していたのだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「“点火(デルス)”」


「無駄よ」


 考えながらも魔力を操り、炎を放つ。そして結界に防がれる。


───恐らく、距離だな。

 接近するものを弾く。ならば、角度も関係あるかも知れない。


「“点火(デルス)”」


「……雑ね。どこを狙ってるの?」


 “鉄壁”の立つ地点から僅かに逸らして炎を放つが、変わらず結界に防がれる。


「“点火(デルス)”」


「懲りないわね……無駄だって言ってるのに」


 何度でも放つ。僅かに角度を変えながら、僅かに威力を変えながら。そしてその度に結界によって防がれる。


 魔力の消耗はないが、途方もない集中力がいる作業だ。


「“点火(デルス)”」


「……なっ!」


 それまで余裕綽々といった様子で僕の挙動を眺めていた“鉄壁”の表情が崩れる。


───今度はお前の番だ。前に出ろ!

 爆煙に包まれ、姿の見えない男に向けてそう思った。




☆☆★★☆☆★☆




 剣を振りかぶる刹那、俺はジーニアスの目の奥を見ていた。


 時が圧縮され、ゆっくりと流れているように錯覚する。まるで、走馬灯でも見てるみたいに。


「見事だ」


 しかし、俺は目の端で彼の口が動くのを見た。


 俺は剣を振り降ろす。早くとどめを刺したかった。腹部を押さえ痛みを堪えているはずの彼の瞳に、得体の知れない気迫を感じたからだ。


 違和感。


「だが終わりじゃない」


 この居心地の悪さを、俺は知っている。それはいつだって、致命的な局面で背筋に走る悪寒だった。


「“星襲剣(メテオ・シュート)”……!」


「……っ!!」


 俺は後方に跳躍し、飛来する(・・・・)それ(・・)を迎え撃つ。


「……くっ」


 凄まじい剣の威力に負け、体勢が崩れる。辛うじて軌道を逸らしたが、剣は俺の頬を掠めて通過した。


 そして崩れた体勢、俺の見せた隙を千載一遇の好機と見たジーニアスによる追撃を受ける。


「はあっ」


「ぐっ……おあ」


 咄嗟に身を庇った左腕を斬られた。めちゃくちゃ痛い。


───くそっ!

 誤算。


 ジーニアスの飛空剣、その根本原理は俺が(・・)教えた(・・・)


 だから、知っていた。彼の剣が生物の表層魔力を探知していること、無生物(・・・)には(・・)反応(・・)しない(・・・)こと。


 そして俺の表層魔力は石ころ同然だ。石ころは魔力を放出したりしない。


 それを判別するには、予め対象の(・・・)精密な(・・・)魔力反応(・・・・)を調べ(・・・)ておく(・・・)必要(・・)がある(・・・)


───やられた……!

 失念していた。


 対立する挑戦者の中で、唯一彼だけが俺の(・・)魔力反応(・・・・)を把握(・・・)している(・・・・)という事実を。


「……どうやら一本もらうのは───」


 この状況、一対一を確実に制するという自信。やはりこの男は“奥の手”を隠し持っていた。


「───俺の方みたいだな」


「それはどうかな?」


 俺は左腕を庇いつつ、後退する。


「お返しだ」


「? ……ぐっ」


「喧嘩両成敗だね」


 警戒を怠ったジーニアスは、遥か遠方から放たれた炎に焼かれた。


「……流石の(・・・)連携だな(・・・・)


「……君さぁ───」


 ジーニアスは瞬時に後退し回復を急ぐ。そんな姿を一瞥し、笑みを深めた俺は呟いた。


「───他人の名前(・・・・・)いじる(・・・)なんて(・・)失礼(・・)だと(・・)思わない(・・・・)?」


「心外だな。リスペクトだよ」



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