102話 忘れた
背後で強力な威力魔法が炸裂し、辺りは爆炎に包まれる。
“白麗”が置き去りにした結界、リアムが投げ捨てた魔獣の残骸、立ち並ぶ迷宮の岩。
そのどれもが視界を遮る。しかし、「関係ない」とでも言いたげに“至剣”は悠然と歩いていた。
「───貰った」
そんな“至剣”の背後を取り、背に斬り掛かる影。
「───残念、こっちだ」
そんな男の背後から、もう一人の“至剣”の声が。
「……そっか」
呟いて、俺は繰り出される蹴りを躱し、“分身”の背を斬る。
「これ、“剣王”のやつだよね。パクったの?」
「意外と便利だぞ。後で教えてやろうか?」
手応えがあるということは、“剣王”が使った魔法と同質のそれって事だ。
厄介な魔法。分身との挟撃を狙ったのか、全くもってやりにくい。
「なるほど。じゃあ飛空剣はブラフだったんだね」
言って、俺は攻勢に出る。
「確かに君は強い。“勇者”の称号も伊達じゃないね。でも───」
堂々と歩いてるジーニアスを見て、俺は最初幻影を疑った。でもそうじゃないと判断した。
彼の剣は呪器だ。特有の魔力の流れは隠せない。
そして、リアムを襲った二本の飛空剣と合わせて四本。まさか“剣王”の魔法をパクってるとは思わなかったが、
「───素手で俺に勝てるかな?」
本体は素手。俺は一方的にジーニアスを攻め立て、
「ふっ!」
「……っ」
彼の脇腹を斬り付けた。
「“業火”」
「甘いね」
俺は後退して火球を躱す。
踏み込みが浅く、深傷を負わせるどころか反撃を許してしまった。
───やるね。
体技も俺以上か。
「火力が足りないよ。詠唱、彼女に教えてもらったら?」
「必要ない。これがあればな」
「へぇ、便利だね」
ジーニアスは分身に握らせていた二本の剣を呼び戻す。
剣を携えた勇者を前に、俺は肩を竦めて近くの岩に腰掛ける。
「なんだ、諦めたのか?」
「そうじゃないよ……まぁ俺はそれでも良いんだけど、少し、話したいと思ってね」
訝しむジーニアスは、一拍の間を置いて構えを解く。
「君、本当変わったよね」
俺が彼と一緒に居たのは、彼が勇者と呼ばれる前の少年期。
「聞いたよ。レイスから一本取ったんだって?」
「あぁ。一本しか取れなかった。あれは“本物”だ」
「“本物”、か……」
ジーニアスの言う“本物”。それは俺の思う“特別”と似ているようで少し違う。
「十分、君も“本物”でしょ。戦闘中に、敵の魔法盗むとかあり得ない」
昔からそうだった。
一度くらった魔法なら、すぐに模倣できる。どんな才能だよ。学校にも通ってないくせに。
「これくらい誰だってできるだろう」
「そんな訳ないよ……」
彼の言葉。きっと名も無き教育者が聞いたら卒倒するだろうね。
「そういうお前は無様だな、シュート。今更俺の前に現れたこと、後悔したか?」
「はは。ノリノリで煽ってくる君こそみっともないと思うけどね。器が知れるよ?」
「関係ないな。狭量と言われようが、上を目指す人間は弱者を否定しなければならない」
「酷いこと言うよね……」
俺が弱者なのは間違いない。でも、否定される謂れは全く無い。
「“昔君とパーティ組んでた”なんて、今俺が言っても誰も信じてくれないだろうね」
───“変わった”、か。
皮肉だ。
誰だって変わることができる。でも俺はそれをしなかった。その差が、今の俺達の立場を如実に表している。
「で、相棒は“賢者”だって? 本当、パーティ解散して良かったよね。俺、ちょっと誇らしいよ」
「御託はいい」
「そっか。でも、事実でしょ」
あのまま俺と組んでいたら、ジーニアスは日の目を見ずに田舎の冒険者として燻っていたことだろう。
これだけの才能。一時でもその力にあやかれた事を俺は幸運と思っている。
「誰が疑おうと、俺はあの日の屈辱と後悔を忘れない」
「何に拘ってるんだか……」
───あの日……。
思い浮かべるのは、五年前。パーティでハウンド討伐に出た時のこと。
俺達は目当てのハウンドが三体の群れでヘヴィベアを狩る瞬間に出くわした。おかげで三体のハウンドを一網打尽にするだけでなく、漁夫の利でヘヴィベアの素材まで回収できた。
その時俺は、ギルドでこっそりヘヴィベアの討伐報告もして仲間にはそれを伝えず、報酬をちょろまかしていた。
「君は“勇者”で俺はCランク。今更何を決着付けるって?」
そう、もう今更言っても遅い。
討伐報酬はとうの昔に美味しいご飯に変わって俺の腸を無事通過し、トイレに流したんだ。だから君も笑って水に流せば良い。
君は今や大陸に名を轟かせる“勇者”だろ。自らの狭量を自覚しろ……!
「……お前には、分からないだろうな」
「ふーん、そっか」
俺は胸を撫で下ろした。彼の不満は俺の預かり知らない部分に起因するらしい。
しかしそうなると、“あの日”がどの日だか皆目見当が付かない。誓ってパーティは円満解散だった。問題が横領じゃないなら、何を根に持ってるの?
───それって逆恨みではないですか?
「立て。もう十分休んだだろう」
「あ、バレてた?」
「お前の考えそうなことだ」
言って、ジーニアスは飛空剣を呼び戻す。
「とは言ってもなぁ……“飛空剣”に“転移”、おまけに“分身”でしょ? なんでもありだね。俺に勝ち目なんかないと思うけど」
「安心しろ」
二本の剣を握り、二本の剣を宙に浮かべる。見覚えがある構えには懐かしさすら感じた。
「剣だけで決着を付けてやる。お前から教わった剣でな」
「馬鹿言うなよ、俺がいつ四刀流なんか教えたんだよ」
教えたというより、練習相手にしていたというのが正しい。師弟関係なんかない。
俺達が一緒に過ごしたのは、たったの二年間。その間、俺は色んなことを彼を使って試した。
「……利用したことなら謝るよ。マジで許して欲しい」
顔の良いコイツを餌に、合コンを催すなどした。
「……良いだろう忘れてやる。だが、謝意は態度で示すものだ、シュート」
「態度、ねぇ。で? “本気で”やれば満足してくれるの?」
「あぁ。本気のお前を制し、造作もなく退場させてやろう」
寝ても覚めても、仕事でも休みでも、俺は彼と行動を共にしていた。懐かしい思い出だ。
「ま、それなら良いけどね。でも覚えてる?」
そして彼に付き合って、何度も剣をぶつけ合った。
「君、剣で俺に勝ったことないでしょ」
「忘れた」
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