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101話 十分過ぎるな


「ふう……」


 転移した二人を見送り、俺は安堵の溜息を吐く。


「上手くいったね……」


 呟いた次の瞬間、頭上の結界が砕けた。


「……まさか本当に耐え切るとは、恐れ入るよ」


「あら、言ったはずよ?」


 結界を砕いて現れたのは、相棒のリアム。


「防御に徹すれば五分(ごぶ)だってね」


「もはや疑いようのないバケモンだよ、君」


 言いながら確認する。リアムのドレスは汚れこそ目立つが損傷はごく軽微。


「それは酷い言いようね。あなたこそ、“賢者”を謀る作戦だなんて悪魔の周到さだと思うけど?」


「褒め言葉と受け取っておくよ」


 冗談で返答する。まぁ運が良かったね。


 彼らには呪器も魔法もあった。取り得る選択肢はいくつもあった。だからこれは、薄氷の上を歩くような紙一重の勝利だ。


「結果が伴ったのだから文句はないわ。囮にされた挙句、主攻のあなたが返り討ちにでも遭っていたら、どうしてやろうかと思っていたもの」


「そう言う割には余裕ありそうに見えるけどね。ま、それも含めて本来なら君の働きぶりを諸手を挙げて賞賛したいとこだけど───」


 Sランクの強者達、俺達はそれを二組も排除した。


 字面を見れば勲章ものの勝利だが、実情はどちらも搦手を用いた辛勝。観衆はブーイングしてるかもね。


「───そうもいかないのが残念だ」


 だからせめて、俺だけは手放しで褒めてやろうじゃないの。


「ふふ。残りを始末してさっさと宝箱を開けに行かないとね」


「ほんと、随分余裕だね」


「当たり前よ」


 リアムは笑う。


勇者パーティ(メインディッシュ)が残っているもの」


「報酬。帰ったら交渉しようかな」


 賢者二人に勇者。これだけの強者と立て続けに戦わされて、一千万ペイとか安過ぎる。


「あら。それはとっても素敵な提案ね」


 言って、リアムは表情を切り替える。


「……さて、おしゃべりもここまでよ」


「そうだね」


 さて、残すはラスボスのみだ。


「最終戦と行こうか」




☆☆★★☆★☆☆




「……まさか───」


 画面上の光景に唖然とする。


「───本当に、勝ってしまわれるとは……」


「にゃ?」


 そんな私の呟きに対し、目の前の猫耳少女は得意満面にこちらを振り向いた。


「面白くなってきたにゃ?」


 その様は少し、いやかなり鼻につく。


「運が良かった、という訳ではなさそうですね」


「もちろんだにゃ」


 画面には、“剛刃”及び“白麗”のSランクパーティが敗退する様が映し出されていた。


 一見して警戒を怠り、運営の用意した単純なトラップに引っ掛かった“白麗”の自滅に見える決着。


 しかし、実際は恐らくそうではない。


 何かシュートの奇策が決まったのだろう。彼は弱者の戦い方を熟知している。


「しかし、シュート様はどうやってSランク二人を欺いたのでしょうか」


「簡単だにゃ」


 “白麗”は“賢者”の称号を持つ。その実力は、大気中の魔力を掌握し自在に操るなどという離れ業を成し遂げるところからも明白で、その裏をかくなど至難に思える。


 しかし、猫耳少女は「簡単」だと言う。


「ま、一言で言うと油断だにゃ」


「油断、ですか?」


 なんとも拍子抜けする要因だ。


「……“賢者”は魔法を取り戻し、驕った、という事でしょうか?」


「ま、そういうことだにゃ」


 猫耳少女の肯定を受け、肩を竦める。


「確かに、それもそうかも知れません。あれだけの規模の魔法ですから、放てば一撃で敵を葬れると確信していたのでしょうね。そしてそれ故に、土壇場で集中力を欠き、シュート様を見失ってしまった」


 なんとも味気ない決着だ。


「正確には、もう少し複雑な駆け引きがあったみたいだけどにゃあ」


 猫耳少女は仄めかす。


「駆け引きとは、一体どんな?」


「“魔力探知”、原理は知ってるかにゃ?」


「えぇ、まぁ……」


 それは大きく二種類の技術に大別される。


 “察知”と“探索”、受動と能動。


「“白麗”はシュー君の隠密技術を警戒していたにゃ。シュー君は受動的探知には掛からないからにゃあ」


 シュートの最も優れた能力は魔力の制御だ。表層魔力をゼロに抑えるなど、人間業ではない。


「だから能動的に、意識的にシュー君の動向を探知していたにゃ。“賢者”が魔法の行使を捨てて探知に専念したら、流石のシュー君も暗躍できないにゃ」


「ですが、それでは解決策にならなかった」


「その通りだにゃ」


 “白麗”は焦っていたのだろう。シュートを警戒して魔法を使わない判断は正しいが、それすらもシュートの計算の内だろうと考えた。


 魔法を使わない賢者など、戦場では町娘と変わらないのだから。


「シュート様はそれを逆手に取って、“白麗”が魔法を使うように仕向けた……という事ですか?」


 猫耳少女は頷く。


「枷を嵌められた“白麗”が魔法を使うには、相当の集中力が必要だにゃ。だからシュー君は、それを誘発して、不意打ちを決める算段を立てたにゃ」


 天晴れな戦略眼だ。


 大抵の挑戦者は、賢者が魔法を使った時点で諦めるだろう。シュートにとっても、それを決断するのに十分な劣勢だったはずだ。


 幸運だったのは、相棒も同様に“森の賢者(けんじゃ)”だったことか。


「……さて、クエストも佳境だにゃ」


「えぇ、その通りですね」


 もしかしてこのまま、彼は本当に優勝してしまうのではなかろうか。




☆☆★★★☆★☆




「来るよ」


 シュートの短い警告と同時に二手に別れ、その射線を躱す。


 女、“鉄壁”の異名を持つ“賢者”が放った火球は、ハリーが展開し置き去りにした結界を破壊して大穴を穿つ。


 そしてその先に、火球の射手を認めた。


「毅然たる灯火は 汝が背負いし悪夢を照らす栄光───」


「詠唱ね」


「久々に聞いたよ……」


 実戦段階ではほとんどの局面において省略される詠唱。無防備な隙とも取れる悠長な予備動作。


「───“業火(デライズ)”」


「……俺は裏口から出るよ」


「そう。じゃあ僕は堂々と正面(・・)から行こうかしら」


 ドーム状の結界に開いた出口は二つ。シュートが忍び込んだ裏口と、今まさに開けられた正面口。


「……手荒い歓迎ね」


 言いながら、結界を展開し高威力の火球を防ぐ。


 僕の右拳は相変わらず使い物になりそうもない。力が入らない。握力もほとんどない現状、ナイフを握ることすらままならない。


「こちらは結界がせいぜいなの。手加減してくれないかしら?」


「それを、望んでいるようには見えないわね」


 対峙する“賢者”に“勇者”。当然隙はなく、恐らくだが正面からぶつかれば敵に軍配が上がるだろう。


「あなた一人? もう一人いたはずだけど」


「そうね、そのはずだけど。さっきのあなたの火で吹き飛んじゃったんじゃないかしら?」


 しかし負ける気がしない。こんな状況で、僕は笑みが止まらないのだ。


「……俺はシュートと()る。ここは任せたぞ」


「えぇ」


 短いやり取りの後、“至剣”は僕を置いて歩き去る。


「あら、彼は相手してくれないの? つれないわね」


「彼には彼の事情があるの。邪魔しないであげて」


「そう、しょうがないわね……分かったわ───」


 “賢者”に“勇者”。まぁ確かに、卓越した実力を誇る二人を同時に相手取るなど不可能か。


「───なんて、僕は言わないけどね」


「私が遊んであげるから、それで我慢して」


 返事を待たずに駆け出して、止まる。


「……厄介ね」


 屈み、防御面積を狭めることで結界の強度を増す。次の瞬間、直線軌道で飛来した飛空剣が僕の結界を掠めた。


───斜めにいなしてなおこの威力、か。

 飛空剣の射線に対して斜めに展開した結界。分厚く、三層に分けて展開したそれらの内、二枚を容易く剥がされてしまった。


「毅然たる灯火は 汝が背負いし悪夢を照らす栄光───」


「あなた、そればっかりじゃない」


 残る一枚の結界では彼女の火球に対して心許ない。仕方なく後方に退避して更に結界を設置する。


「───“業火(デライズ)”」


「……もどかしいわね」


 来ると分かっている攻撃。防ぐ手立てはあるものの、反撃の一手を加えるには接近しなければならない。


 しかし、前進すれば飛空剣に察知され、牽制と言うには痛烈過ぎる一撃を受けることになる。


 それに対処すればこちらはまた一手後手に回り、“鉄壁”の詠唱を許し更なる追撃を被る、と。


───攻め手に欠ける、か。

 それは、安易な打開策。


───……痛むな。

 潰れた右手。邪魔にならない程度には動かせるが、無視できない程度の痛みは感じる。


 これでは全力で戦えない。普段、強化魔法に頼った肉弾戦に甘んじていたツケだ。


「しょうがないわね」


「諦めてくれるの? だったら全力で結界を張りなさい。一瞬で退場させてあげるわ」


 “鉄壁”の表情には一部の隙も無い。


 どうやら僕は、ぬるま湯のような戦場に慣れてしまう程、久しく忘れていたようだ。


「認めるわ。あなたは強い」


「? 知ってるけど」


 その真っ直ぐな視線に笑みをこぼす。


 自信があるのだろう。


 そしてそれに見合うだけの努力を積み重ねてきている。気の遠くなるような研究の日々の中で、彼女は繰り返し技を試してきたはずだ。


「待ってあげてるんだから、さっさと防御してくれる?」


 でも、


「ふふ、親切ね。でも必要ないわ」


 そんなの僕だって同じだ。


「寧ろ、あなたの方が守りを固めるべきよ。結界、得意でしょ?」


 意外にも気分は晴れている。というか、今まで僕は何を心配していたのだろう。


 どうせ今回のクエストで死人は出ない。そんな雑魚は呼ばれていないのだ。


「……は? 意味分かんない」


「……ふぅ」


───ぶち殺す。


「二秒待ってあげる。手加減できないから、覚悟してね?」


「正気……?」


───距離は、七メートルってところか。

 身体強化が使えない今、一息に踏み込める距離には限界がある。


 魔導士とはいえ、相手が場慣れした上位の冒険者である以上迂闊には接近できない。


───と、思っているだろう。

 だからこそ、あえて正面から吶喊することで意表を突く。


───少し、びっくりしてもらうか。

 考えながら、大気中の魔力を集める。


「行くわよ……“点火(デルス)”」


 魔法を唱える。勝てば一千万か。引越しの初期費用には十分過ぎるな。



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