100話 だから言ったのに
「“熱胎動”」
「リアム」
「ええ」
我の魔法体系は、大気の熱に干渉し操るもの。発動から即時に効果を得られるものではない。その効果の大部分は下準備だ。
「させないわ」
「速いな。だが間に合わなかったようだ」
故に、隙ができる。
「“尖氷柱”」
剥ぎ取り用のナイフを手に接近するリアムに向け、生成した氷柱を衝撃波と共に放つ。
「……っ!」
「流石よな」
しかしリアムはこれを紙一重で回避。人間業とは思えない身のこなしを披露し、速度を落としながらも無傷で威力魔法をやり過ごす。
そうしてリアムが直撃を避けたことで、放たれた氷柱は遥か後方へと直進した。
「“護庭盾”」
「……」
無数の氷柱は、“鉄壁”の防護魔法により尽く防がれる。余程相棒を信頼しているのか、“至剣”は身動き一つしない。
「あら、観客を狙うなんて悠長ね」
「ふむ、お主は逸っているようだ」
跳躍し、繰り出されるリアムの蹴り。魔力を纏わないそれを結界で防御する。
強度が十分でなかったのか、結界はその一撃で破られてしまった。しかし蹴りを繰り出したリアムも、着地から体勢を整えるのに一拍の間を要する。
息つく間もない攻防。
そんな二人のもとに、二本の剣が飛来する。
「エルディンっ!」
「逃がさないわ」
相棒の名を呼ぶと同時、リアムとの間に結界を展開して後退。リアムは迷いなく結界をナイフで叩き割り、前に出る。
追撃者は、リアムだけではない。
放たれた威力魔法、その術者を正確に捉えた二本の飛空剣は直線軌道で飛来する。
「むん」
しかし、問題ない。
“剛刃”はハルバートを一閃し、容易く飛空剣を打ち払った。
衝撃を与え軌道を逸らしてやれば、飛空剣は元の索敵軌道に戻る。それは先の混戦でシュートが実証して見せた。
「ふむ、条件は揃ってきたな」
人知れず呟き、笑みをこぼす。
“飛空剣を回避するため”。明確な目的、合理的判断に基づいての後退。
体勢を立て直すための時間稼ぎ。対峙するリアム達にはそう見えているはずだ。
リアムはなおも追ってくるが、結界を張っておけば問題ない。
強力な結界を、自分と味方を覆うようにドーム状に展開する。
準備完了。我は魔法式を構築し、とどめの一手を指すとしよう。
「光無き凍土に漂いし風は 居竦む汝を鈍らせ留め縛り 色終てし沈黙へと誘う」
「させないわ!」
リアムは跳躍により、天井付近にまで到達するとそこに足場を形成し、我らを見下ろす。
「隙を見せたわね。これで終わりよ」
彼我を隔てる結界は残り一枚だ。ドーム状の、強力無比な結界。
リアムは頭上に陣取った。落下速を乗せた強烈な一撃で、この結界ごと貫くつもりなのだと推察する。
「ふむ、それは少々楽観的過ぎるのではないかね?」
「丸腰のあなたに防げるかしら?」
「それはこちらのセリフよな。寧ろ、よくぞここまで戦ったと称賛したいところだ」
リアムが何を言おうと、何をしようと、もう遅い。詠唱と共に魔法式の展開を終え、大気中の熱を掌握し、後は我の心一つで空間を凍土と化すことができる。
彼女が我との距離を詰め切らずに上空に陣取るなら、こちらも堂々と結界内にとどまり、迎え撃つとしよう。
───せめて、一瞬で終わらせてやろう。
誇り高き戦士、リアム。
彼女が映像を通して大陸全土に恥を晒すことはないだろう。寧ろ誇りに思うことだ。我に本気を出させたことを。そう思っていた。
「じゃあ、始めようかしら」
リアムの言葉。
「あぁ……」
違和感。
肩を並べるエルディン。彼は彼で、交戦していたはずだ。そこから無理矢理引き剥がすために“至剣”の飛空剣を介入させた。
ならば、何故追って来ない?
───いや、しかし遅い。
この魔法を行使すれば、それで全て方が付く。
「“絶対”……」
疑念を押し殺し、魔法を唱えようとした時だった。
「躱してみなさい」
リアムは呪器を取り出す。そしてその内容物を上空からぶちまけた。ドーム状に展開した結界は、道中狩り取った魔獣の肉や骨で覆われる。
───視界を封じるか。だが無駄だな。
索敵を視覚から魔力探知へと切り替える。
「……“凍土”」
大気を凍結する広域殲滅型威力魔法、それを結界を挟んで外側に発動した。
魔力の様子を見るに、リアムに動きはない。結界で防御しているようだが、こちらが放つ氷柱、無限に等しいそれを防ぎ続けるなど不可能だ。
勝敗は決した。そう思った。
「───隙あり」
声は、背後から聞こえた。
「む……!」
完全にこちらの虚を突いた一撃。現れたシュートの一閃はエルディンの背を捉えた。
「お主、どこから現れた……!」
言って、即時に考えを改める。
リアムが執拗に、そして大胆に我らを追撃していたこと、頭上に陣取り、魔獣の素材で視界を封じたこと。
全てはシュートから意識を逸させ、魔力探知による索敵を誘発することで、彼の存在を隠蔽することが目的の“欺瞞行動”だったのだ。
恐れ入る。
我自身の魔法の衝撃を防ぐため、ここは強固な結界で守られている。結界の内側では、大規模な威力魔法は使えない。
エルディンを犠牲にすると腹を括るならそれも一つの選択肢だが、今回のクエストではルール上不可能だ。
───やられた……!
考えながら後退し距離を取る。我が転移していないのだから、エルディンは戦闘不能にはなっていない。傷は浅くないだろうが、まだ手遅れではないはずだ。
その考えを肯定するように、エルディンは体勢を整えて背後のシュートへとハルバートを振り抜く。
「無駄だよ」
しかし、我の心を見透かしたようにシュートは呟くのだ。
「ハリー、それ以上下がらない方が良い」
「何を言う……!」
シュートは軽い身のこなしでエルディンの攻撃をいなす。背に傷を負った分、エルディンは劣勢となるだろう。
こうなったら、根比べだ。エルディンとリアム、どっちが先に音を上げるか。
掴み所がないこの男が最後に信用した相棒。
結界の外で囮となって我の気を引き、我の威力魔法を正面から受け切る構えは正に豪胆無比。
Sランク二人を前に“囮”など、“死ね”と暗に言われているようなものだ。
天晴れの信頼関係。二人は互いに、“相棒がし損じること”など微塵も考慮していないのだ。
我は後退しつつ、再度魔力探知を全開に引き上げて戦況を俯瞰する。そして、気付いた。
「……なっ!!」
瞬間、足元の窪みから熱気と共に液体が噴き出す。
───ここまで……狙っていたというのか……!
自然現象は、自然であるために探知が困難である。
「だから言ったのに」
シュートの呟きを最後に、間欠泉に背を撫でられた我は光に包まれ、エルディン共々転移した。
物語がいい感じに熱くなって来た所で、記念すべき100話となりました!!
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
ここからさらに盛り上げて行きますので、引き続きお楽しみ下さい。
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。