99話 第三者による介入のような
─── 一応聞くけど……。
エルディンの懐に飛び込み、一撃加えては退く。ハリーの魔法を牽制し、結界を叩いては退く。高火力の一撃を持たない俺達は、そうしてヒットアンドアウェイを繰り返す。
───右拳、大丈夫なの?
───『問題ない』
そんな戦闘のさなか、俺はリアムの拳の傷を心配していた。
血の滴る奴の右手は、もう満足に握ることもできないのだろう。
今も凄まじい痛みを感じているはずだが、そんな状態で戦闘を続行するとは天晴れな戦闘狂だ。
───『それより、どうする? このままだとジリ貧だぞ』
───うん、そうだね。
同意した。状況はあまり良くない。
互いに決定打に欠ける状況が続いている。まぁ、先に隙を見せた方が負けるという点では、リアムが負傷している分こちらが不利か。
だから、俺達は攻めに転じられず、機を窺う必要がある。手堅く守りを固め、辛抱強く粘り、敵の確実な隙を突くことが唯一の勝ち筋。
───……そう、思わせる必要があるね。
───『……どういうことだ?』
このまま殴り合っても決着は付かない。その共通認識が必要だ。
───“剛刃”に“白麗”、どちらも火力には自信がありそうだよね。
だから、大技を使わせる。
───『上手くいくんだろうな?』
問い掛けるリアムの表情に疑念はない。どうやら戦法は決したようだ。
☆☆☆★☆☆☆☆
───ふむ、やはりな。
冷えた頭で戦況を俯瞰し、分析する。
一分にも満たないほんの一合の駆け引きから、確信に近い情報を得た。
───やはり、シュートは威力魔法を使用しないのだな。
彼の戦法は、何というか地味だ。
千日手とでも言うべきか。初撃を回避することに全霊を掛け、後はこちらが隙を見せるまで延々戦いを引き伸ばす。
そうして虎視眈々と機を窺っているのだろう。
威力魔法については、“使わない”からと言って“使えない”と断ずるのは余りに早計。手の内を隠している可能性はある。
しかし、警戒の必要は恐らくない。
───遅きに失した、か。
我が魔法を使用する現在、一介の冒険者が放つ魔法など脅威ではない。使い所を失ったのだろう。
───寧ろ、警戒すべきはあの迅さだな。
彼のそれは、単純な速度ではない。
脅威的な見切りの早さ、一瞬の隙を逃さない異次元の体捌きからなる“素早さ”。
───相変わらず、か。あのエルディンの膨大な魔力を前にしても、僅かも魔力を出さんとは……。
恐ろしい胆力。
魔力は感情により励起される。そして“共感”する人間は他人の“害意”に敏感だ。
あれ程の殺気を受けながら、なおも一切の緊張、動揺を見せないとは……。
───まるで、もともと魔力を持たない事が当たり前かのような……いや、そんな事はあり得ない。
表層魔力……“気配”の無いシュートの攻撃は余りにも自然で“害意”を読み取るのは難しい。回避は困難だ。油断すれば即時に首を刎ねられるだろう。
しかし、それ故に対処は可能だ。目にも留まらぬ速さという訳ではない。隙を作らなければいいだけなのだから。
───全く、嫌な距離だ。
敵はエルディンの一閃に対処でき、我の威力魔法は間に合わない。
表層魔力を封じられている現在、我の魔法は精密さを欠く。ともすれば、自分をも巻き込みかねない。扱いには注意が必要だ。
よって、魔法式の構築には通常の倍以上の時間が必要。結界なら多少雑でも構わないが、威力魔法はそうもいかない。
───だが、付き合ってやる訳にもいかんな。
眼前では、エルディンが前衛らしく一手に二人を相手取ってくれている。
我の仕事といえば、接近戦で隙を見せることの多いエルディンのサポート。結界による防御と氷塊による牽制くらいだ。
戦況は膠着しつつある。そしてそれはシュートの狙い通りに推移しているということだ。
打開策を考える。要するに“時間”が問題だ。
数秒、魔法式構築に掛かるタメが必要。しかしそれを為すのは至難。
敵を観察する。まずリアムについて。
───あやつ、化け物か?
彼女は何故あれだけの手負いで戦闘を継続できているのか。
何をしでかしたのか、彼女の右拳は潰れている。
先の攻防で、エルディンに肉薄しておきながら小回りの効く拳ではなく、体勢を崩す蹴りを選択していた。
彼女はヒットアンドアウェイを繰り返している。片手では組み合いで不利なのだから当然だが。
───今回に限り、リアムは度外視する他あるまいな。
あれ程膨大な表層魔力だ。彼女を無視するなどあり得ないが、今は状況が異なると割り切る。
そしてシュート。
彼の戦法、防御に徹すると言えば聞こえは良いが、それは一撃の威力に自信がないと言っているようなものだ。
互いに致命的とならない間合いを維持しているのがその証拠。
問題は我の魔力探知を容易に掻い潜る、恐ろしい程に洗練された彼の隠蔽能力だが、有視界戦闘では意味をなさないだろう。
よって、こちらの戦法は決した。
付かず離れずの間合いに付き合っていてはジリ貧だ。近接戦闘に慣れない我が足を引っ張るだけ。
だからこそ、距離を取る。
後退するのだ。
下がりながら複数枚の結界を展開する。目的は足止め、多少雑でも構わない。
そうして時間を稼ぎ、威力魔法の構築を進め、更に後退しながらそれを放つ。
自身の魔法から逃げるように戦うとは何とも滑稽だが、これなら自分やエルディンの保護を考える手間も省ける。
問題は二つ。一つはシュートの警戒心だ。我が隙を見せれば一歩目で狩られる。
もう一つはタイミング。エルディンと如何にして息を合わせるか。
話し合っている隙は無い。合図すらも訝しまれるだろう。まして、声を掛けることでエルディンに隙ができてしまっては元も子もない。
シュートに警戒を抱かせず寧ろその動きを牽制しながら、ごく自然な形でエルディンと共に後退する。これが理想的であり絶対条件である。
そのためには、隙が必要だ。
例えば、そう
───第三者による介入のような……!!
☆☆★★★☆★☆
───……って思ってるだろうね。
タメのデカい大技を使わず、小回りの効く魔法を多用してこちらを牽制するハリーを見て思う。
そして視界の端で二人の強者を捉える。彼らは静観を決め込むつもりらしい。悠長なことだ。
暇なら先に進んで、さっさと宝箱を開けてしまえば良いのに。俺なら絶対にそうする。
しかしそれをしないのは、彼らが冒険者であると同時に挑戦者だからだろう。人気を博す実力者パーティだけあって、盛り上げ方というものを心得ている。
───重要なのは、距離と角度。
壁際で棒立ちする男女はそれぞれがSランクの実力者。“勇者”や“賢者”などとも称される。
油断は禁物だ、間違っても背を晒してはいけない。
───チャンスは一回きりだよ。
───『任せろ』
俺は目配せと共に思考を共有する。
───『万事問題ない』
口元を歪める相棒は自信満々にそう応えた。
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