98話 あやつら存外隙がないぞ
「見逃してあげたんだ?」
歩み寄り、声を掛ける。実力を認めた敵に、とどめを刺さないとは彼らしい。
「……お前こそ、談笑しかしていなかったようだが?」
言われ、苦笑する。
「やっても決着なんか付かないわよ。“引き篭もり”なんて言われてるけど、最強の名に相応しい実力は持ってるんだから」
確かに私は“白麗”とまともに戦闘はしなかった。私が本気で彼女とぶつかれば、辺りを更地にしてしまうことは分かり切っている。
そしてその上で決着など付かないのだ。労力が無駄になる上に、味方を巻き込むリスクすらある。
「で? “あれ”には混ざらなくて良いの?」
次いで、本題を切り出す。目前では勝ち残った二組の冒険者達がぶつかっている。
「……やめておこう」
ジニーの言葉は、想定通りのものだった。
「無粋だ」
「そ。どっちが勝つか賭けでもする?」
「シュートだ」
私の提案に、ジニーは間髪入れずに答える。表情は真剣そのもので、冗談などを言っている様子は微塵もない。
「何よ。相手はSランクのパーティで、“賢者”も居るのよ?」
「それでもだ」
彼は若くして“勇者”の称号を得た実力者。年齢故の経験の浅さはあるが、それを補って余りある深慮を持つ。
“賢者”の力量を侮っている訳ではない。ただ純粋に、そしてひたすらに、あの男を信じているのだ。
「……面白くないわね」
少し、嫉妬した。
「見てるのも退屈だし、先に進んで宝箱開けちゃう?」
だから、意地の悪いことを言ってみる。答えなど分かり切っているのに。
「何言ってる」
ジニーの咎めるような視線。しかし、口元には隠しきれない笑み。
「それこそ無粋だろう」
彼は、楽しんでいるのだ。
☆☆★★★☆★☆
“賢者”・“白麗”のハウライネは凍結魔法を扱う。それは大気中の魔力を操作する魔法であるがために、枷の“魔力変調”の阻害を受けないというのだ。
「“熱胎動”」
「……来たね」
暴論ではないか、とシュートは思う。
自身の肉体を強化したり、表層魔力を切り離して結界を張ったりすることはできない。しかし、より強大で破壊的な、自然環境にすら影響を与える超上級魔法は扱えるという。
道理に反するのも大概にせよと言いたい気分なのである。
「……頼むよ」
シュートは呟く。
“白麗”は既に“熱胎動”を展開し、周囲の熱操作を行っている。あとはそれをどう料理するかといった話だが、シュートには考えがあった。
彼が確認した“白麗”の魔法は、大きく二つ。
一つ目が地表凍結による拘束。そして“白麗”にとって、この魔法は使い難いだろうとシュートは考えた。
『すまぬが手加減ができぬのでな』
枷の効力が“一応”掛かった状態では、範囲の制御が難しそうだ。そしてリアムも枷を克服し、結界で足場を空中に設置することができる。よってこの魔法への対処は割り切ることにする。
そしてもう一つの魔法だが───
「安心して」
「“尖氷柱”」
生成した氷柱を衝撃波と共に放つ威力魔法。凄まじい破壊力のそれは、不可視の壁に尽く阻まれて散った。
リアムが展開した結界が防いだのだ。
「やっぱり“五分”ね」
リアムが展開した三枚の結界は、その全てが破壊されていた。十分な防御力だが、返しの一手を打つ余裕はない。
「そっか……上等だね」
言って、シュートは駆け出した。
「むん」
そんな彼目掛け、“剛刃”はハルバートを一閃する。
「させないわ」
リアムは遠距離で結界を展開。ハルバートを握る“剛刃”の手元にそれを生成し、攻撃を阻害する。
大幅に勢いを減衰させたハルバートを、シュートは跳躍により躱した。
「“氷鎖縛”」
“白麗”は即座の判断でシュートの足を奪う魔法を発動。地表に冷気を充満させる。
「無駄よ」
しかしシュートは地面には着地しない。宙空に展開された結界に足をつくと、それを蹴って前方へと加速する。
「……貰った」
一切の迷いなく、シュートは剣を振り抜く。
「くっ!」
狙うのは“白麗”。
彼女は自身を守るように結界を張り、シュートの剣を受け止める。
流石の展開速度、やはりSランクは伊達ではない。正面からの突破は困難を極める。
「……ん?」
しかしシュートの剣は、まるで結界を意に介さないとでも言いたげに容易く両断してみせた。
「……何だ?」
「むん」
シュートは呟きと同時に後退する。
一時の困惑により“白麗”への追撃の機を逃したのは痛手だが、頭上から振り下ろされるハルバートを躱すのが先決だった。
「だめよそんな単調な動きをしちゃ。隙だらけじゃない」
地面に突き立てられたハルバート、攻撃後の整わない体勢、その大き過ぎる隙にリアムは距離を詰め、“剛刃”の顔面に向け回し蹴りを繰り出す。
「……」
「硬いわね」
しかし強化の乗らないリアムの打撃は、無尽蔵に放出される“剛刃”の表層魔力に阻まれる。
「効いてないじゃん」
「こっちのセリフね。なに直前でビビってるのよ」
距離を取りながら言葉を交わす。
「ふむ。連携の完成度が高いな。どうするねエルディン、あやつら存外隙が無いぞ」
「……」
再び対峙し、睨み合う。距離にして、五メートル。これが互いの安全圏だ。
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