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95話 撤回しなさい


「行くぞ」


 呟いて、“至剣”は駆け出す。他の挑戦者には目もくれずに、ただ一人のみを敵と定めて。


「……君、強くなったね」


「当たり前だ」


 正面切って斬り結ぶ。剣技は五分。“至剣”の二刀をシュートは見事にいなしていた。


「“熱胎動(テンパチュア・シフト)”」


 そんな彼らを尻目に、“白麗”は魔法を行使する。


「“氷鎖縛(アリス・クリュスタロ)”」


 過冷却された大気は、先の威力魔法の衝突で生じた水蒸気と共に地表近くに滞留する。それらの水分は僅かな衝撃、例えば地を駆ける人間の一歩の踏み込みで───


「……何っ!?」


 結晶化し凍結する。


「いけません、殿下!」


 足を凍結され、動きを封じられた“剣王”はシエルの警告で表情を歪める。


「むん」


 次の瞬間、立ち尽くす“剣王”を“剛刃”が一閃、両断した(・・・・)


「おのれ、殿下に何をする!!」


「どうした女騎士よ、そんなところで立ち止まってなんとする?」


 シエルは(・・・・)白麗(・・)の懐に(・・・)飛び込む(・・・・)が、その拳は不可視の壁に阻まれる。


「そんなもので我の結界が破れるものか! 魔力に腰が入っておらぬぞ!」


「……小癪なっ! 貴様こそ今度は結界に引き篭もるつもりかこの腰抜けが!」


「我は身の守り方を心得ている故な! お主は入れてやらぬぞ!」


 “白麗”は額に青筋を浮かべながら続けて魔法を行使する。


「触手にでも絡め取られておれば良い! 案ずるな! 騎士の春画はよく売れると聞く! ほれ言うてみよ!」


「……っ!!」


 シエルの頭上、無詠唱で形成された四本の氷柱が落下を始める。


「“くっ殺せ!”となあああああ!!」


「貴様如きに()られるかあああああ!!」


 瞬間、“白麗”はシエルの体内に魔力の揺らぎ(・・・)を察する。


 それはごく自然な、しかし生命にしては余りにも(・・・・)不自然な(・・・・)魔力の流れだった。


「覚悟しろ!」


「ぬっ!」


 頭上の氷柱を躱せないと判断したシエルは、拳を突き出して前方に(・・・)退避する(・・・・)


 そして“白麗”の結界は、シエルの拳に破られた(・・・・)


「───ごめんなさいね」


 “白麗”へと迫った拳は、しかし彼女に突き刺さる前に介入者によって防がれる。


「決着がまだなの」


「くっ……!?」


 割って入ったリアムはシエルの拳を掴み、背負い投げによって投げ飛ばす。


「彼女、貰うわね?」


「ふむ……礼のつもりか……?」


 意味深に微笑むリアムの挙動に“白麗”は疑問を抱き、警戒する。


「さぁ?」


 しかし曖昧に返答したリアムは“白麗”には手を下さず、自ら投げ飛ばしたシエルを追ってその場を去った。


 それらの攻防を見るともなく警戒していたシュートは、接近する微弱な気配(・・)を察して二歩下がる(・・・・・)


「───俺も混ぜてもらおう」


 シュートと“至剣”の一騎打ちに割って入ったのは、先程両断されたはずの“剣王”だった。


「……魔法にかかったフリもできるのか」


 言いながら、“至剣”は“剣王”の一閃を難なく受け止めた。


「芸が細かいだろう? さしもの“賢者”もこれは見抜けまい」


 突如として出現した“剣王”にも“至剣”は問題なく対応して見せた。


 分かっていた訳ではない。“至剣”から見ても、“白麗”の魔法に動きを封じられた“剣王”は本体にしか見えなかったのだ。


 しかし“至剣”は動じない。


 シエルが転移していないことから、事実として“剣王”は生きている。その上で、斬り合いのさなかシュートが身を引いた理由から逆算して“剣王”の挙動を見切ったのだ。


 可能性があるなら警戒する。“至剣”は今も、彼の教えを忠実に守っていた。


「俺は、貴様には勝っておかねばならんのでな」


「……残念だがそれは無理だ」


 互いにフェイントを交えた高度な剣の攻防。振るいながら、一方で相手が受け切れることを互いに理解している。


「行くぞ」


「遅い」


 “至剣”の背後に現れたもう一人の(・・・・・)剣王(・・)”。


 “至剣”はそれも意に介さず前方の“剣王”に向けて剣を振り抜いた。その(きっさき)は“剣王”の脇腹を捉え浅く斬りつける。


 傷口からは、僅かに血が(・・)流れ出た(・・・・)


「───させないわよ」


「ほう」


 “至剣”の背を守ったのは、“鉄壁”の結界だった。


 防御に差し向けた十枚の結界、うち九枚が叩き割られた(・・・・・・)。直撃していれば間違いなく戦闘不能になっていたであろう必殺の一閃である。


良い剣ね(・・・・)


「自慢の愛剣でな」


 二対一。既にその場にシュートの姿は無く、“至剣”、“鉄壁”が“剣王”を挟むように対峙している。


 しかし不可解な“剣王”の魔法は、どうやらただの幻影ではなく明確に人数を増やせるものらしい。


 であれば、現状完全に有利とも言えない形勢である。


「隙を見せたな“壁女”!」


 そこに、介入する“白麗”。


「“尖氷(アクロ・キオン・)(クリュスタロ)”」


「……撤回しなさい」


 放たれる無数の氷柱を一瞥することもなく、“鉄壁”は結界群でその全てを防ぎ切る。


「豊満な双丘ですねと言ええええええええ!!」


「鉄塊いいいいい? ならば溶かして固めて望み通り“鉄壁”に変えてくれるわああああああ!!」


 何が彼女の逆鱗に触れたのか、怒りに震える“鉄壁”は再び超上級魔法を行使せんとして唱える。


「陽炎の幻惑は───」


「むん」


 しかし、“剛刃”は彼女にその隙を与えない。


「……!」


 先の攻防、“白麗”の放った氷柱によりその半数以上を失った結界群は、“剛刃”の一閃を防ぐには足らず勢いを減衰させるだけに終わった。


「エルディンよ!」


「……む」


 “白麗”が叫ぶ。


 攻勢に出る際の隙。彼が一撃必殺を誇るからこそ生まれるそれを、絶対に見逃さない男がこの戦場で野放しになっていた。


「───隙あり」


 呟き、シュートは剣を一閃する。


 辛うじて身を倒し背後からの一閃を躱した“剛刃”は、攻撃の手を緩めたためにまたも“鉄壁”にとどめを刺すことが叶わなかった。


「上手いことバラけたね」


 既に“剛刃”はハルバートを引き戻し、油断なくシュートを見据えていた。対峙する男を、明確な“敵”と定めて。


「悪いけど、少し相手をして貰うよ」



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