94話 素因数分解してあげる
「同盟の盟約に従い、お主達を守ろう。下がっておれ」
“白麗”は静かに告げる。
“熱胎動”。
“白麗”の行使したそれは、術者である彼女を中心に連鎖的に大気中の熱を奪っていく。そうして急激に冷やされた大気中の水分は結晶化し、“氷の壁”を生み出した。
「魔法……? 使えたの?」
「うむ。原理が分かれば造作もない」
生じた壁は“鉄壁”の放つ炎を押し留めるが、文字通り焼け石に水。結晶化と蒸発を繰り返し、さながら爆発の如く膨大な水蒸気を生じさせた。
「光無き凍土に漂いし風は 居竦む汝を鈍らせ留め縛り 色終てし沈黙へと誘う」
拮抗する魔力の衝突。破壊的な威力魔法を行使する二人の“賢者”は、それぞれ“必殺”を誇る魔法にて決着を急ぐ。
「“絶対凍土”」
“白麗”は自身の魔法体系に加え、後追いで威力魔法を行使した。
「……詠唱など久しぶりだな」
高威力の魔法の衝突により生じた水蒸気は、空間全体に行き渡り充満していた。そして彼女の魔法はそれに作用する。
過冷却された大気中の水滴は、僅かな衝撃を受けて連鎖的に結晶化し、質量を得たことで同時に落下の推進力を得る。
「シュート、リアムも我の背後に控えよ。すまぬが手加減ができぬのでな」
そして“白麗”の手元には、氷を形成する過程で集めた大気中の莫大な魔力が掌握されていた。
「ふふふ……ははは……!」
“白麗”はそれを“衝撃力”に変え、放つ。
「油断したか? 温度差が風を生み、熱が対流するぞ……!」
「……“護庭盾”」
エネルギーの放流は水蒸気の結晶化を加速させ、自由落下するそれらに暫定的な指向性をも持たせた。
「相変わらず陰気な魔法ばかり使うわね!!」
「この美学が分からぬか愚か者め!!」
「魔法は機能美! 無駄が多すぎて見ていられないわ!!」
「では防いでみよ“着太り喪女”がああああ!!!!」
「格の違いを分からせてあげるわ“引き篭もり淫魔”ああああああ!!!!」
“熱”を扱う魔法で“白麗”の右に出る者は居ない。しかし“鉄壁”の防御を正面から砕いた者もまた居ないのだ。
生み出された氷柱は炎を突破するが、須く“鉄壁”の守りに防がれて散った。
「……すげぇ」
その間シュートはただ茫然と、眼前の光景を眺めるばかりだった。
☆☆☆★☆☆☆☆
「申し訳ありません、殿下」
「良い」
俺は“欺瞞”を使い、シエルを保護した後岩陰へと身を隠し戦況を窺っていた。
「誰も、あれには混ざれぬ」
「はい。しかし、直接対峙したエルフすら討ち取れませんでした」
言って、シエルは俯く。
彼女は王直属の近衛騎士団、その筆頭騎士であり団長だった。武において特別秀でていたのだ。
そんな彼女が、魔力を封じられたエルフに敗北するなど俺も考えなかった。
悔しいのだろう。しかし、“剣があれば負けなかった”などと言わないところが彼女らしい。
「……武に秀でたエルフであった。それだけのことよ。千年を生きるエルフが武の求道者となったなら、人智を超えた領域に達していても不思議はない」
とはいえ、状況は相変わらず最悪だ。
俺達のアドバンテージといえば、本来足手纏いであるはずのシエルが戦闘に参加できる点だった。
その点、“至剣”とは本当に相性が悪い。あの飛空剣の索敵範囲にはシエルとて容易に侵入できない上に、相棒の“鉄壁”が枷を克服してしまうなど。
───さすが、“賢者”、か。
そもそもダンジョンは、彼らの戦場なのだ。多少の不利は承知の上だったが、こうまで圧倒的とは。
「少し、様子を見るぞ」
「はい」
ことここに至っては、彼らの共倒れに期待する他ないだろう。
☆☆★★★☆★☆
「ふむ」
強力な威力魔法の応酬はそれほど長くは続かなかった。良かった。もうダメかと思った。
「やはり互角か」
ハリーは呟く。
彼女らを縛る枷は、その機能を失った訳ではない。依然、表層魔力は封じられているのだ。
その中で二人が魔法を行使するに至ったのは、二人の得意とする魔法の系統が枷の抜け穴を突いたため。
結界に熱操作。どちらも他に作用する魔法だ。
その結果、二人は自身の内包する魔力を使用できず、大気中の魔力を取り合う関係となった。そして技量が互角である以上、魔法の威力に差は出ない。
しかしそもそも大気中の魔力の操作など常人にできる芸当ではない。それを実現する二人こそが讃えられるべきなのだ。
『すまぬが手加減ができぬのでな』
普段、自身の表層魔力を起点に凍結魔法を行使するハリーが、勝手の異なる大気中の魔力を起点としたことで操作の繊細さを欠いたとしても、全く非難に値しない。
「つまり、そういうことだ。シュートよ」
「まぁ、そうなるよね」
「ふむ。物分かりの良いものだ」
そして、無限に等しい魔力を互いにぶつけ合っても勝敗は付かない。ただ徒に時間だけが消費されるだけ。
「同盟の件、ここで破棄させて貰うが構わぬな?」
だからこそ、この戦いの勝敗に二人は関係しない。
「……ま、そういう約束だしね」
ハリーが枷を克服したことで、俺達との利害関係は既に失われている。エルディンは“剣王”に対して相性上不利だが、ハリーの援護があればそれも覆すことができる。
そして元々“至剣”に対しては有利だった。“鉄壁”が魔法を使おうとも威力はハリーと互角。であれば、俺達と組んで“剣王”を牽制する理由もない。
「最後に守って貰った礼もあるしね。異論は無いよ」
先の攻防。ハリーには俺達を見捨てる選択肢もあった。寧ろ、クエストの達成を考えるならそうすべきだった。しかし彼女は言ったのだ。
『同盟の盟約に従い、お主達を守ろう』
これだけで十分、盟約は果たされたと言っていいだろう。
「うむ。では、そういうことだ。出てくるが良いぞ、“剣王”とやら」
切り立った岩壁に向けてハリーが声を掛ける。“隠蔽”は見事だが、“賢者”の目は欺けない。
「……総力戦、か」
「援護致します殿下」
「そうだシエルとやら、決闘の申し入れだったな、受けて立とうではないか」
ハリーは意地の悪い笑みでシエルを見据える。
「本当陰湿ね」
「ふむ。お主の方は、社交の甲斐が無さそうに見えるが?」
「……うるさいわね……!」
口を挟む“鉄壁”に対してもこの態度。魔法という強力な武器を得て、ハリーはかなり饒舌になっている。
「ハリー、あんな苛烈な性格だったのね」
「そりゃね、お淑やかな魔導士なんて居ないよ」
「……そうなの?」
リアムは若干引いている。
確かに先のハリーと“鉄壁”の戦闘は、魔法の威力もさることながら罵詈雑言の応酬も印象的だった。今頃スタジアムは沸いてるんじゃないかな。
魔導士同士の舌戦も、ダンジョン配信やその他のイベントでは見どころの一つなのだ。
「シュート」
声を掛けてくるのは旧知の男、“至剣”のジーニアス。
「手合わせを。決着を付けよう」
「何? 因縁でもあるの?」
「いや無いよ……と思う、多分」
「何よそれ」
ジーニアスの放つ剣呑な雰囲気に、リアムが口を挟む。
ここに居るのは、俺とリアムを除いて全員がSランクの実力者。あのレイスと比肩する圧倒的強者達なのだ。
───『それだけじゃないようだぞ』
───え……まさか……。
リアムは仄めかす。
───そっか、お誂え向きだね。
「……やるの?」
「当然」
同居人はやる気に満ち溢れた表情で即答する。全く。なんでいつもこうなってしまうのか。
「構えろ、シュート」
「───“業火”」
ご丁寧なジーニアスの警告の直後、人知れず詠唱を終えたらしい“鉄壁”が炎を放つ。
───本当に大丈夫?
───『任せておけ』
思考で短くやり取りし、前に出るリアムを見送る。
「……舐めないで欲しいものね」
「わお」
そして無詠唱で展開した結界により、“鉄壁”の放った炎を防ぎ切った。どうやら奴も枷を克服していたらしい。
───流石、だね。
───『だが、強化魔法は使えないな。結界がせいぜいだ』
それにしても常人離れした魔力操作の手腕。
───でも、受けきれる?
───『あぁ。防御に徹するなら“五分”だろう』
“賢者”の威力魔法と互角を豪語するとは。長命のエルフはやはり魔法への造詣が深い。
「こうなったら、しょうがないね……」
これだけ条件が揃っていて、俺だけ逃げ出すことなどできないだろう。
───どうでも……。
「いや」
思考を手放そうとして、やはりと思い直し繋ぎ止める。
「全力じゃなくて悪いけど、せっかくだ。本気で相手をしてあげる」
言って、俺は剣を抜く。
「その剣は……まさか」
ジーニアスは目を見開く。視界の端々では、強者達がそれぞれの臨戦態勢をとっていた。
「見覚えある? まぁ、そうだろうね」
居並ぶ実力者達を前に、居竦む俺は場違いな弱者だ。
ここまでお膳立てされなければ剣も取れない臆病者。それなのに、試したくて仕方ない愚か者。
───“剣王”に“剛刃”、“勇者”に二人の“賢者”達、か。
しかし時に、弱者は真っ向から抗わなければならないのだ。
「まとめてかかって来なよ。一思いに“素因数分解”してあげる」
圧倒的強者に。
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