9話 この薄情者があああああ!
今日俺が受けた依頼は、なんて事のない調査。
───生命の危険のない仕事、素晴らしい……!
文化的な生活を取り戻した気がする。
そして、見つけた。
───ちゃんと学校サボってるね。
思春期って感じ。反抗期かな?
茶色の短髪、歳の頃は十四、いや十五だったか。
条件から言って、彼で間違いないだろう。
───んで、あれが話にあったアクセサリーか。
少年は右手首に金属製のブレスレットをはめている。
微弱だが魔力の流れを感じるな。冒険者の連中が付けていたのと同じっぽい。
観察しながら、俺は少年の尾行を続ける。
弟くんの大まかな行動範囲は、シーナから聞いた話と学生という身分、ガラの悪いお友達という条件から絞って予想できていた。
───歓楽街か。ま、年頃の子は憧れるよね。
この調査は、ターゲットを見つけるまでが難題だった。
広い街でたった一人の少年を探すのはなかなかに骨が折れる。
捜索を開始して数時間で見付けられたのは運が……
───悪い! 最悪だ!!
調査を長引かせて、エルフのクエストへの同行を拒否する作戦だったのに。
まぁでも一回で終わるとは限らないからね。
───路地、か。こっからは慎重に行こう。
なんか、楽しくなってきた。
昼間でも賑やかな歓楽街から、薄汚い路地へと足を踏み入れる弟くんの後を追う。
程なくして、弟くんは一つの建物に入って行った。
───へぇ……。
こんな路地に構える建物。
正直、既に“黒”と断定できるだけの成果は得られている。深追いするか、否か。
───……いや、ここまで来たらせっかくだ。現場を押さえよう。
だって探偵ごっこ、楽しいんだもん。
入り口付近に人の気配がないことを確認し、俺は建物に踏み入る。
そして物陰に隠れ、耳を澄ませた。
……話し声が聞こえるな、これは、女性の声だ。
それも……。
「やめて、触らないで」
「へへへっ、いいじゃねぇかよぉ」
絡まれてるね。
「そんなツンケンすんなよぉ」
「嫌よ嫌よも何とやらってな」
一人の女性を取り囲む、三人の男。
───親の顔より見た景色。安心感すらあるね。
探偵ごっこという、明らかな非日常の中で感じる日常。
俺はひょんな事から結婚詐欺に遭い、今はペットとして飼われている。本当に人生というものは何があるか分からない。
俺の日常は既に非日常へと覆ってしまったのだ。
よって現在行っている探偵ごっここそが、俺の日常なのかも知れないってあれ、弟くんどこ行った?
「なんなの、アンタたち」
「知りてえか? ついてくるなら教えてやるぜぇ」
分かったのは、拉致られたか迷い込んだか、運の悪い女の子がチンピラの餌食になっているらしいこと。
ここで問題なのは、俺の立ち回り方だよね。助けるか見捨てるか。うん、悪いけど見捨てよう。
そもそも俺の受けた依頼は弟くんの調査だ。チンピラ退治じゃない。
「私に何するつもり?」
「そりゃあ、なぁ? へへへ」
俺は懸命に耳を澄まし、目を凝らし、状況を探る。ねぇ弟くんどこ行ったの?
「あぁ……もう我慢できねぇ」
その時、チンピラ達の雰囲気が変わった。
「……何?」
「俺達よぉ、色々溜まってんだ」
「あぁ。だから騒ぐなよ」
「暴れると痛くしねぇといけなくなるからよぉ」
言って、男達は醜い笑みを浮かべる。その姿を見て、俺は思った。
───待てよ、この状況……。
やがて、一人の男が女性に手を伸ばす。
「やめろおおおおおおお!!」
───これ! この状況!
「なっ! 誰だ!」
───ヒロイン救出イベントじゃねぇかああああああ!!!
絡まれている女の子は、よく見るとかなり整った容姿をしていた。
燃え盛る炎の様な赤い髪。そんな派手髪とは対照的に、控えめで落ち着いた色彩の青い瞳。
身長は百六十センチくらいかな。女性にしては背が高い方だろう。
大人びた雰囲気から二十代前半くらいに見えるけど、実際はどうなんだろう。
唯一気になるのは、クソ暑いのに長袖のシャツを身に付けてるって所かな。まぁ日焼けを嫌っているのかも知れないし、別に珍しくもないか。
「てめぇ、どっから入ってきた!?」
「えぇい黙れ!」
叫びながら、状況を俯瞰する。
───……分が、悪い……!
対峙して分かったことだが、コイツらそこそこできるな。魔力を見れば分かる。
ただのチンピラじゃなさそうだぞ話が違う。
「ちっ、興醒めだぜ」
「なんだ? 死にてぇのかぁ?」
「……お前、まさかスパイか?」
探偵って設定なんだけど、確かにスパイってのも味があるね。
「いいや。通りすがりの冒険者だよ」
少しずつ冷静になってきた。今、もしかして結構やばいんじゃない?
「そうか。ちょうどいい、これから飯にしようと思ってたんだ」
「そうなんだ、駅前の喫茶店のパスタが美味しいらしいよ?」
冗談というより嘘だ。
「なるほどな。せっかくだからご馳走してくれよ」
「いやぁ、悪いけど俺、先を急いでるんで」
───ん?
視界の端に動く影を捉えた俺は、ふと窓の外を見る。
───弟くん……!
窓の外の彼と目が合った俺は、全身全霊のテレパシーを放った。
───助けて!!!
しかし魔法を使えない俺の願いは叶わず、弟くんはどこかに走り去ってしまった。
───こんの薄情者があああああああ!!
「あぁお前は来なくていい」
言って、男はナイフを抜く。
「スパイかどうか、ここでお前の身体に聞くからよぉ!」
そしてこちらに走ってくる。
ナイフが魔力で強化されてるね。知ってる。手を見たら分かる。
「おら……なっ!」
それ、ブラフでしょ?
「残念」
うん分かってる。わざと大振りのナイフに魔力をちらつかせて、俺の視線を上げさせたかったんだよね。
で、本命は俺の足を狙った下段蹴り。逃走を防ぐなら賢い一手だ。
だから俺は、ナイフを無視して距離を詰める。蹴りの間合いの内側に。
そして弾くようにスナップを効かせ、裏拳を叩き込む。
「“堕撃”」
「ごあ……ッ!」
狙いは顎。そこが無防備なことは魔力を見て分かってる。
いくら魔力で防御ができると言っても、ピンポイントで顎をガードなんかしないもんね。
「ふぅ……」
とりあえず一人。まだ二人いるから油断はできないな……ってあれ?
「……何堅気に手ぇ出してんだお前ら……あぁ?」
自然界ではあり得ないほど不自然に平坦な声が聞こえ、俺は背筋が凍った。
目をやると、女性の表情が変わっている。ヤバい。
「ぐ……」
「が……は……っ!」
そしていつの間にか、チンピラの一人が倒れ、もう一人が胸ぐらを掴み上げられていた。
そして女性は男を投げ下ろし、怒声を浴びせる。
「チンピラ風情が、粋がってんじゃねぇよ!!」
───い、いつの間に!?
魔力反応はほとんど感じなかった。自分の戦闘に集中していたとはいえ、凄まじい隠密能力だ。
相当な実力者のようだが、だったら何で絡まれてたの?
「……歯ぁ食いしばれ」
そして強者による蹂躙が始まった。
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