秒速7.9kmで恋をする
宇宙人が秒速7.9kmで地球に恋する話
1人台本 5分
あの青い星から聴こえる。
これはーー悲鳴だ。
分子に刻み込まれた情報を読み取る。
長い歴史と交配によって分子による情報伝達を身につけた私たちは、分子さえ届けば宇宙距離ですら会話することが可能になった。……発声能力は退化したが。
銀河をかける先駆者たちは分子によって私たちに遠い出来事を伝えてくれるのだが、速く飛来する特殊な分子を使っているだけあって普通には聴き取れない。
そんな分子を受け取るためには長年の訓練が必要なのだが、星が一つ消える前ついに私は取得した。
そして小さな宇宙船で母なる星を飛び出したのだ。
気が向くまま分子を読み取り、惑星に寄って鉱物を摂取し休息する。ほまれ高き進化を遂げた我らの種族は、少量のミネラル摂取だけで数多の年月を生きることができる。あまり余った休息時間で高尚な思索を重ねるのだ。素晴らしい。これが私が望んでいたことだ。
だがある時、宇宙が一層深く暗く煌めく方向から"らしかぬ"分子が届くことに気がついた。
ーー"おなか空いた"ーー
ーー"さむい"ーー
ーー"くるしい"ーー
一体どうゆう事か。分子は確かに同族のものだ。だがお腹が空いただの寒いだのと我らはとっくに超越している。"くるしい"と伝えてきた分子を補足すれば分子は"かえりたい"と伝えてきた。
分子は情報媒体でしかないというのに、まるで生きているかのようだ。不思議にも私はこの分子は同族のように感じた。
時間も余りある。私はひとつ見物しに深く暗く煌めく銀河へ船を飛ばしたのだった。
ひと目見て驚いた。星が青い。
どうしてこんなにも青いのか。そして飛来する分子の量と言ったら!
その全てがおよそ秒速7.9kmで星を囲い惑星のように廻っているのだ。多すぎて分厚い気体のようだ。
そして数多の同族の悲鳴よ!
驚くことに歓喜に満ちている。秒速7.9kmで飛ぶ分子は美しい弧を描き、青い星を歓喜で讃えている。
分子が失速すれば悲しみ、加速しても悲しんで、悲鳴をあげて星から離れていく。
私の目は青い星に釘付けになった。
星が一つ消え宇宙が瞬く間、観察し思索を重ねたがこの美しい星に友好的に滞在するには秒速7.9kmを維持しながら星を廻るしかないようだ。
体は砕け分子となっても青い星を廻り続ける同族を見る。ほまれ高き種族の我らを釘付けにするその魅力はなんなのか。
星に着陸せず星をひたすらに廻り讃える同族は、まるで青い星に恋しているかのようだ。
もしかしたら私も青い星に恋しているのかもしれない。青い星に目を釘付けたまま船を秒速7.9kmで走らせる。この船にとっては遅すぎる秒速だ。加速しないよう一心に気をつけなくてはならない。
あぁ。青い星を写す私の目も今は青いのだろうか。
VRChatを最近はじめまして。
「VR宇宙博物館コスモリア」というワールドに行ったのですが素晴らしい博物館でした。秒速7.9kmというとは博物館からの知見です。皆さんもぜひ「VR宇宙博物館コスモリア」へ。