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三日月

評価していただけると幸いです。

かずまと帰るのも今日で最後なのかな……。


ふとそんなことを考えてしまう。かずまとは2年前に友達に紹介されて知り合った。最初はお互いなんとなくだったけど次第に惹かれあって、そして今では付き合っている。


――なのに、なんで。


どうしようもない悲しみが胸の奥底からこみ上げてくる。分かっているけどそれを理解できない自分に対しての怒り、それに近いような何か。


「あずさ、大丈夫」


じっと下を向いていた私にかずまは優しく声をかけてくれる。いつだってかずまは優しいまんま。


「大丈夫だよ。でもこれで一緒に帰るのも最後になるのかなって」


「そんなことないよ。大学から帰ってきたらまた会えるよ」


「会えるって、いつ?」


「いつだって会えるさ、あずさ。いつでも電話できる」


「そうじゃなくて、今度はいつ一緒にまたこうやって帰れるの」


「それは分からないよ。また帰ってこれるときさ」


かずまの言うことが正しいのは自分でも理解できる。でも、まだ納得できない自分がそこにはいた。


「……ぃやだ」


ボソッと呟く。


「え?」


「嫌だ」


「何がだい、あずさ」


「かずまがここを離れるのが」


かずまは家へと向けていた足を動かすのをやめて、私の方をじっと見た。


「あずさ、分かるだろ。ここらは田舎だから都会に行かないと大学に行くのは無理なんだよ」


「でも……!」


「大丈夫、あずさもあと2年経てばこっちに来れる」


そんなことは分かっている。分かっているけど、怖い。かずまが私から離れていくのが。



「だからそれまでの我慢だって。な、あずさ」


「知らない!」


私はかずまの顔も見ずに走り出した。かずまの呼ぶ声が後ろから聞こえたけど、それでも止まることはなかった。そして気がついた時には家の中にいた。部屋の中は相変わらずさっぱりとしていて、今の私にはなにやら物足りなくも感じた。


分かってはいるはずなのに……。


今までに先輩達を見てきたから分かる。大学に行くためにはこんな田舎から離れて大学に行かないといけないことも、そしてそうすればきっと別れることも。少なくとも私の見てきた先輩達はそうだった。待っている間に新しい人ができて別れる、もはやこれが常識とさえ言わんばかりの暗黙のジンクス。わたしはこれが怖かった。


♪♪♪


軽快に鳴り響く携帯を見るとかずまからだった。内容は言わずとも分かった。


「もしもし」


「もしもし、あずさ。さっきはごめんな」


やっぱりかずまは優しかった。


「ううん、悪いのは私だからごめんね。分かっているんだけど、……怖いの」


「怖い?何が怖いんだい、あずさ」


「かずまが大学に行ったら私なんか忘れて他の人と楽しく過ごすのが」


きっとこのときの声は震えていたんだと思う。それくらいにかずまにこの思いを伝えるのに緊張した。


「はははは、そんなことか」


私の思いとは裏腹に、返ってきたのは笑い声だった。


「何で、笑うのよ」


「ごめん、でもあずさが悩んでいた理由がそれだけだったなんてと思うと」


再度笑い声が一旦電話を通して聞こえてくる。


「でも私は本当に心配なの!」


「大丈夫、大丈夫さあずさ」


ゆっくりとかずまは話しかけてきた。


「あずさ、そこから空が見えるかい?」


「え?ベランダに行けば見えるけど」


「なら行ってみて」


「何でよ」


「いいから」


私は言われた通りにベランダへと向かった。そこで待っていたのは澄んだ夜空と綺麗に光る三日月だった。


「見えるかい、あずさ」


「うん、綺麗」


「そうだろ」


そのときのかずまの声は少し嬉しそうだった。


「もしもさ、心配なら毎日電話してきたらいいさ。そして二人でまたこの三日月を見ながらずっと話せばいい。お互いがお互いを忘れれないくらい話せばいい」


気がつけば頬に涙が流れていた。でも、今はそれもふき取る気もしなかった。


「あずさ、泣いてるの?」


「ううん、泣いてない」


不意につく嘘。


「ありがとう、かずま。もう大丈夫だから」


「そう、ならいいんだけど」


「じゃあまた明日ね」


「また明日、ばいばい」


「ばいばい」


電話を切り、上を見上げるとまたあの綺麗な夜空が私を迎えてくれた。


私、もう泣かないよ。


泣かないくらい強くなって、そして貴方を待つから。


三日月に手を伸ばすと、あと少しで掴めそうな気がした。


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