第93話 次男次女はアクアリウムへ 二回目
〜大洋view〜
「おはようございます」
「ん、おはよう」
週末、俺は待ち合わせとして指定した地下鉄車内で、無事に九音君と合流した。
俺達はこれから品川へと向かい、水族館で遊ぼうという段取りになっている。なぜこんなことになっているかというと、先日大河から聞いた一言がきっかけだった。
――九音さん、なんか悩みを抱えてるらしいんだって。
悩みの内容は大河はもちろん、花音君も知らないらしい。そもそも花音君から見た所感の話であって、杞憂かもしれないとも言っていた。
しかし俺にはそれが気にかかった。というのも、実はその直前に九音君から土曜日は暇かとメッセージで問い合せがあったのだ。
今週末は元々日帰りでスキーに行くつもりだったので、そのときは用事があると返信していたのだが、その情報を受けてから用事は無くなったと返信し直した。スキーはキャンセルだ。一人で行くつもりだったから中止は容易い。
九音君は時間は取らせないのでランチでも、と申し出てきたが、せっかくなので遊びに行かないかと俺から提案して今日を迎えた。
「それにしても、品川に行くのは久しぶりです」
「やっぱり行ったことあったんだ」
「かなり昔にですけどね。この辺りの水族館はほとんど訪問済みです。よくお父さんにねだって連れて行ってもらったので」
「それじゃあちょっと物足りなかったかな」
「いえいえ! だいぶご無沙汰してるのでちょうどよかったです。ここ最近はイラストで忙しいのと、年パス持ってて近所にある熱帯館ぐらいしか行けてなかったので」
「そっか。なら良かった」
「でも品川を選んだ理由は気になりますね」
そこは結構悩んだ。東京都内の水族館を探すと結構な数の施設がある。池袋、隅田、葛西。品川の名前を冠するところなんか二つもある。さらに神奈川県まで広げると、川崎に八景島、江ノ島も余裕で日帰り圏内だ。
そんな数多ある選択肢の中でこの品川を選んだ理由は――
「マンタがいるってあったから、ここがいいかなって」
「さすが大洋さん! それで正解です」
熱帯館のとき、彼女は巨大なエイを推しだと言っていた。ならばマンタも好きなのかなと睨んだが、当たりだったようだ。
「ナンヨウマンタは日本国内だと品川と沖縄の二館でしか見られませんからね。四館で見られるジンベエザメよりも貴重とも言えますよ」
「あ、そうなんだ」
やはり水族館の知識は彼女の方が圧倒的に上のようだ。
「まあマンタはマンタでもオニイトマキエイのほうは沖縄だけでしか会えないんですけどね……。でも品川には世界唯一展示の魚がいるんですよ! ご存知ですか?」
ナンヨウマンタとオニイトマキエイは違うんだ? という質問をする間もなくクイズが出題された。
「……ごめん、それは予習不足だ」
「残念。正解はドワーフソーフィッシュです」
「ドワーフソーフィッシュ?」
「ノコギリエイの一種ですね。この種で一番小さいのです」
「エイ、好きなの?」
「そうですねぇ……。まあまあ、いや結構好きかもですね」
結構、ね。エイの話になると若干早口になるし、だいぶ好きなやつなんじゃないか?
エイが好きな女子高生神絵師。なんだろう。すごいギャップを感じる。
そんな話をしながら、京急品川駅を下車する。ここから少し歩くだけでもう目的地だ。
駅前の複合商業施設の中を突っ切り、やたらと急勾配な坂の途中に水族館の入口があった。
「入ろうか」
「楽しみですね」
入口ゲートでチケット代わりのQRコードを提示して入場する。
出迎えるのは色とりどりの魚たち。ではなく――
「……なにこれ?」
「調べてなかったんですか? ここはこういうのがある水族館ですよ」
さすがに館内の全容までは調べてこなかった。
目の前にあるのは、なんと海賊船だ。大人数が乗り込んで、振り子式に大きく動く、まさしく遊園地にある感じのあれそのものだ。それが水族館の、しかも屋内にある。
「なんかすごいね」
「遊具は隣のフロアにもありますよ」
ワンフロア先へ進んでみると、今度はメリーゴーラウンドがあった。
「……乗ってく?」
「いえ、私は別に」
素で興味ないっぽい。というか目が「私は魚を見に来たんだ」と訴えているように見える。
まあ乗るには別料金がかかるようだし、家族連れのお子様が群がってるのでスルーが安定か。
「じゃあ先へ進もうか」
「ええ、行きましょう」
俺達は遊具をパスして次のフロアへ進む。ここから先はちゃんと水族館しているようだ。薄暗い室内にきらびやかな水槽が置かれている。
「あ! ヘコアユですヘコアユ! やっぱりかわいいなー」
彼女の指差す先には、水槽内を群れをなして泳ぐ小さな魚がいた。頭を下に向けた倒立状態で泳ぐ変わった習性があるようで、とてもユニークだ。
ヘコアユはゆらゆらと、ふらふらと漂うように泳いでいる。
「なんか和むね」
「和みますねぇ」
ひとしきり観察して満足し、次の水槽へと足を向ける。
グッピーがいたり、サンゴ礁の海を再現した水槽があったり。
サンゴの水槽はカラフルな熱帯魚に目が行きがちだが、九音君はサンゴの配置に感心していた。なるほど。こういった水槽内のレイアウトも展示側の腕の見せどころなのだろう。少し視点がパラダイムシフトした感じだ。
「クラゲの水槽ってどこも似たりよったりでつまらないんですよね」
クラゲのフロアでそうつぶやく。置いてある水槽は円盤状か円筒状のもので、水槽内に岩や水草などは何もない。
「でも綺麗だと思うぞ」
「まあそれは同意しますけど、飽きちゃいました。動きも緩慢ですし」
クラゲといえば水族館の目玉の一つだと思うのだが、九音君的には食傷気味らしい。
「クラゲはデリケートな生き物だから制約があるのは理解しますけど、なんかこう……これじゃないんですよね。画として未完成というか、背景が無い感じ」
「なるほど……」
彼女は水槽を絵画として見ているのかもしれない。主役がいて、背景があって、額縁がある。
それが無数に並べられた水族館は、さながら美術館なのだろうか。俺には思いも寄らない感性だった。
魚の展示の次にアザラシなどの海獣やペンギンがいて、さらにその先にはお目当ての水槽があった。
「あ! ほら大洋さん! あっちよあっち!」
待ってましたと言わんばかりに、俺の袖を引っ張りながら今にも走り出しそうな勢いで主張してくる。
向かう先にはトンネルのある大きな水槽が見えていた。
「おお……! マンタだ!」
俺も感嘆の声が出てしまった。頭上を軽々と飛び回るように、マンタが巨体を羽ばたかせて泳いでいた。思ったより速い遊泳速度だ。
「かっこいいですねー……」
「すごいなぁ……」
混泳している他の魚群を支配するかのように悠々と泳ぐ姿は威風堂々としている。海にはこんな生き物が暮らしているのか。神秘だ。
「あっ! あれドワーフソーフィッシュです! あれですよ!」
「えっ。どれ?」
「あれですあの子です!」
指差す方向に目を向けると、そこには水底に着底してジッとしているサメのような魚影があった。
「あのサメみたいなやつ?」
「そうです!」
「ノコギリエイの最小種じゃなかったっけ?」
「合ってますよ。あれはエイです」
「いや、エイがサメと近縁だってのは知ってるけど……」
ドワーフソーフィッシュと示されたその魚は、背ビレも尾ビレもサメのそれのような形状でエイっぽくない。しかし鼻先がノコギリのようになっているので、あれがノコギリエイなんだろうなっていうのはわかった。しかし……。
「……デカくね?」
デカい。デカいのである。たぶん俺の身長超えてるかもしれない。最小種って言うからネコザメぐらいのを想像してたんだけど。
「ドワーフじゃないほうのノコギリエイ自体が大型魚ですからね。たしか最大七メートルだったかしら? ドワーフはその半分ぐらいだったと思います」
「へ、へえ……」
知らなかったよ。ノコギリエイがそんなデカいだなんて。
「やっぱりすごいですね〜。世界でここだけでしか見られないんですからね〜」
彼女はもうマンタよりもドワーフソーフィッシュに視線が集中している。マンタもレア度SSRのはずなんだけど、それを上回るウルトラレアに軍配が上がったか。
……俺もありがたく拝んでおこう。
【筆者注】
6月にマクセルアクアパーク品川をロケハンした成果がようやく日の目を見たぜ…!
【さらに追記】
これの執筆後の2024年12月に、ナンヨウマンタが大阪海遊館にも仲間入りしていました。さすがに未来視はできませんね…




