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第8話 底辺絵師先輩

~九音view~


 花音は今朝から様子がおかしかった。


 なにやら楽しげな雰囲気を纏いながら朝の支度をし、鞄には怪しげな紙袋を忍ばせているのを見つけ、それとなく探りを入れたが誤魔化された。


 学校に登校すると、昨日の放課後に花音が上級生の男子生徒にどこかへ連れて行かれていたらしいという噂を聞かされた。花音はA組で私はB組であるため、こういった情報のキャッチはワンテンポ遅れてしまう。放課後になってから花音本人に話を聞きに行こうとしたら、その本人は荷物ごとどこかへ消えていた。


 メッセージを飛ばしても既読が付かず、仕方が無いので目撃情報を集めていった結果、生徒会室に辿り着いた。

 曇りガラスのせいで中の様子は見えないが、ドアに耳を当てると、花音の声と、知らない男性の声が聞こえてきた。いよいよ怪しい。


 思い切って乗り込む決心をつけると、なんとそこには、今朝とは別の服装になって机の上で座る花音と、それを際どいアングルでスマホカメラを向ける男子生徒がいた。


 どう見ても事案ですけど!?


「ちょっと!? なにやってるの花音! ……そこの変態! 花音から離れなさい!」


 私の一喝に男は一瞬たじろいだが、すぐに居直って真顔を作った。


「これは誤解だ。やましいことは何もない」


「言い逃れできる状況だと思いますか? やましいことがないなら、そのスマホの写真データを今すぐ見せてください」


「……ほれ」


 一拍間があったけど、素直に差し出してきた。


「ちょっ!? 先輩ストップ!」


 と思ったら、花音が横槍を入れてきた。


「花音、なんで止めるの」


「なんでもいいでしょ! ……平気だから」


 赤面してそう言われても説得力がない。


「なんでもいいじゃ済ませないわよ。今朝と服も違うし、何? 弱みでも握られたの? それとも金?」


「ちょっと! 先輩に失礼だよ九音!」


「なあ、さっさと丸く収めたいから見せちゃえよ」


「先輩はどっちの味方なんですか!?」


「俺はいつも四面楚歌だよ」


「私は楚歌なんて歌ってませんって」


「だって飯山さん押し強いし」


「べ、べつに押し強くなんてないですよ!?」


「どっちでもいいけど、早く飯山さんの可愛いポーズ集見せて楽になろうよ」


「四面楚歌なの私の方ですよね?」


「ふーん……」


 二人を見比べる。

 最近までこの姉にこのような男が関わっている様子は無かったはずだけど、やけに心を開いているように見える。珍しいことだ。


「スマホは見せなくていいわ。その代わり経緯を教えて。あと、この犯罪未遂者は誰?」


「俺の呼び名酷くない?」


「客観的事実を述べたまでです」


「三年の秋谷大河だよ」


「へえ」


「塩〜」


 わざと失礼な対応をした私に対して、この先輩はあまり気分を害した様子を見せずにおどけている。むしろ花音のジト目のほうが突き刺さってくるが、無視する。


「で、君の方はどなた様? 飯山さんの姉妹?」


「私は飯山九音。花音は私にとって双子の姉よ」


「へえ」


「…………」


 意趣返しときますか。へえ……。


「で、二人でこそこそ何してたんですか? それも、生徒会室なんか使って」


「絵のモデルになってもらってた」


「絵のモデルですって? 誰が描くんです?」


「俺だけど」


「何のために?」


「頼まれたから」


「誰に?」


「飯山さんに」


「花音が?」


 どういうことかと花音に目を向ける。絵の一枚や二枚、言ってくれれば私が描くのに。


「その……先輩達から生徒会に入ってほしいってお願いされて、引き受ける条件に絵を描いてほしいって取引したの」


「ますます意味わかんないんだけど。とりあえずここに至るまでを順に教えて」


「えっと、生徒会に勧誘されて、なら絵を描いてくださいって言って、作画資料にこの服を持ってくることになって、流れでモデルになって、九音が乱入した。いまここ」


 やっぱり意味不明だった。


「なんで絵なのよ。この先輩の描く絵は特別だったりするの?」


「もちろん。だって先輩は〈美青ドナ〉先生だもの」


「〈美青ドナ〉? ……って誰だっけ」


「もうっ! なんでもう忘れちゃってるの。この()を描いた人だよ」


 ぷりぷり怒りながら、鞄に付いているキーホルダーを見せてくる。


 ああー。花音が最近ご執心の。


 思い出した。あのやる気のないイラストレーターだ。ちょうどいいわ。本人に言ってやりたいことが山ほどあったのよ。


「あなたが〈美青ドナ〉なのね。ねえ、ひとつ聞いていい?」


「いえ人違いです」


「は?」


「ちょっと先輩!? 話が違いますよ!?」


「いや、だってなんかこの人怖い顔してるし……」


 話が進まない。


「結局先輩は〈美青ドナ〉なのか、そうじゃないのか、どっちなんですか」


「そうだと言ったら?」


 その回答はそうだと言ってるようなものだが。


「あなたのピクシブ見たわ。なんですかあの無題って? 無題、無題、無題……やる気あるんですか?」


「なんで俺、いきなり説教されてるの?」


 だから話聞きたくなかったのにとぼやく男を無視して、話を続ける。


「タイトルをもっとキャッチーにするとか、いろいろタグ付けするとか、もっとやれることあるでしょう」


「必要性を感じない」


「コミケにも出ていたようですけど、お品書きの公開日は開会の二日前。島中のわかりづらい配置なのに、案内も付けない。作品紹介や過去作のリツイートとか宣伝活動は一切していない。売る気あるんですか? というか売れたんですか?」


「閑古鳥が鳴いてたよ」


 事もなげに言ってのける。彼の表情に喜怒哀楽はなく、飄々としていた。


「どうしてそんな底辺絵師に甘んじてるんですか。あんな……」


 綺麗な絵が描けるのに。


 ……その言葉は私のプライドが邪魔をして、口に出るのを封じ込めた。


「さっきから随分な言いようだけど、君は何なの? 絵に一家言あるの?」


「もちろんよ。私は次の夏コミ、壁サークルに配置されたわ。毎日原稿と戦ってるんだから」


「ジャンルは?」


「『ダム娘』よ」


「高一で『ダムむす』の壁サーか……」


 ダム娘とは、現在最も勢いのあるソーシャルゲームのタイトルだ。多方面にメディアミックス展開を広げており、アニメやコミカライズもスマッシュヒットを飛ばしている。二次創作も活発で、前回の冬コミで独立ジャンル化して一気に一大ジャンルに君臨した。このジャンルで壁サークルの座を獲得するのは一握りになる。


「サークル名は何?」


「……秘密です」


「なんだよ。不公平だろ」


「教えてほしいのなら、条件があります」


「またこの展開か……」


 わざとらしいため息をついている。


「先輩。前世、ありますよね? 教えてくれれば答えます」


 ――前世。


 つまり、〈美青ドナ〉以前に活動していたペンネームがあるのでは、ということだ。

 あの画力が一朝一夕で身につくはずがない。間違いなく別名義で活動していた時期があるはず。


「ここは異世界なのか。すまんが、俺は強くてニューゲームはしてないモブキャラだよ」


「とぼけないでください。ありますよね? 別名義」


「十八禁用のやつ?」


「せせ、先輩!? そんなのあるんですか!?」


 そこで花音が慌ててどうすんのよ。


「いや無いが」


「もうっ!」


 我が姉ながら初心だなぁ。


「で、別名義、教えてください」


「ない」


「嘘ですね」


「ない」


「…………」


 先輩の顔は、ずっとポーカーフェイスのままだ。

 もしかして本当に別名義がないのかもしれないと思わされるほど、表情から何も読み取れない。むしろ十八禁名義も冗談じゃなくてマジであるのかもしれない。まあそっちはどうでもいいのだけど。


「わかりました。今はそういうことにしておきます。なので私のサークルも教えませんよ、底辺絵師先輩」


「九音、底辺絵師呼ばわりはあんまりだよ」


「底辺絵師なのは事実だし、俺は気にしないぞ」


 むう……とむくれる花音。ディスられても動じない本人とは対照的だ。

 それにしてもなんなのだこの男は。こちらの挑発に一切乗ってこない。プライドが無さ過ぎる。


「底辺絵師先輩は生徒会の人間なんですよね」


「一応そうだよ」


「一応ってなんですか」


「いろいろあるんだよ」


 いちいち意味わかんない人だ。


「花音、本当に生徒会やる気なの?」


「もちろんだよ。約束したし」


 この姉は頑固なところがある。一度やると決めたことは滅多に曲げない。ヴァイオリン教室をきっぱり辞めたときや、原付免許を取ることを両親に認めさせたことなど、その例は枚挙に暇がない。そんな姉が生徒会へ入ると言う。つまり、この得体の知れない男と共に活動していくということだ。


 自分の関知しない場所でこの二人を野放しにするのはよくないと、頭の中で警告音が聞こえる。花音の監視も必要だし、この底辺絵師の正体も突き止めなければいけない気がする。


 そのためには、私もインサイドに飛び込まなければならない。


「生徒会、私もやります」


 私の突然の発言に、目の前の二人は一瞬固まった。


「九音も生徒会やるの? それなりに忙しくなると思うけど、時間大丈夫なの? 原稿とかあるでしょ?」


「大丈夫よ。それぐらい何とかするわ」


 いざとなれば生徒会をサボればいいだけだし。


「ねえ、生徒会の定員はまだ空いてるんですか?」


「空いてるというかなんというか、入りますと言ってすぐ入れるわけじゃなくて選挙を通過する必要があるんだけど……まあ一学年に最低二人は役員が欲しくて、いまのところ立候補者は彼女しかいなかったから、もう一人増えても選挙は信任を決議するだけの出来レースになるだけだよ」


「では、これで立候補者二人になってちょうどよかったですね」


「ああ、うん、そうだね。今日も武藤のやつが勧誘しに行ってるとこだし、立候補者が見つかったって伝えておくか……」


 そう言って、彼はスマホを取り出して何か操作している。武藤とかいう人にメッセージを送っているのだろう。


「今から武藤がこっちに来るらしいから、飯山さん……ってここには飯山さんが二人いるのか……。もう名前呼びでいいよな。九音さんはちょっと待ってて」


「来られるのはどなたですか?」


「生徒会長だよ」


 武藤というのは生徒会長だった。


「わかりました。待ちます」


 それから、ほどなくして生徒会室へやってきた武藤会長から生徒会について軽い説明を聞き、金曜日の昼休みに立候補者向けの選挙説明会をするので出席するようにと指示を受けた。話を聞いている途中であの男はあっさりと姿を消し、その後は花音と一緒に下校した。


 なんだか、やけに疲れた一日だった。


【筆者注】

ダム娘はウマ娘と温泉むすめとダムカードを足して三で割ったイメージです。

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