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第87話 海王星 神秘主義者

〜九音view〜


「あけましておめでとうございます先生。いきなりお邪魔してすみません」


 気を取り直し、私は先生へ新年の挨拶を交わす。


「いいのよ。新年早々、会えて嬉しいわ」


「お菓子も頂いたよ」


「あらまあ、ありがとうねぇ。恭太郎も九音ちゃんをもてなしてくれてありがとう」


 先生がダイニングに着き、しばらく三人でお菓子をつまんでの歓談となった。

 先生が来てくれたおかげでようやく自然な会話となり、場が和やかになった。


「先生、今年の年賀状はどうしていつもと違うんですか?」


 雰囲気が和らぐタイミングを見計らって、私は努めて自然に一番聞きたかったことを切り出してみた。

 だけどやっぱり、その質問は先生を困らせてしまったらしい。その返事はやや間をおいて、少し気まずそうに、申し訳なさそうに返ってきた。


「……今年は間に合わなかったの。ごめんなさいね」


「間に合わなかった?」


「あれにしようと思ってたのよ。でも去年のうちに完成させられなかった」


「あれですか……」


 そう言って指し示したのは、おそらくアトリエとして使っているのだろう部屋の奥に見えている、ひときわ大きなキャンバスだった。

 おそらく八十号ぐらいの大きさだろうか。およそ二十号ぐらいのサイズで描くことが多い先生にしては珍しい選択だ。

 長辺が私の身長ほどもありそうなキャンバスは、まだ描きかけだった。それでも、下地が見えているところは無さそうだし、これで完成と言われてもまあまあ納得できそうな程度には仕上がっていた。

 あくまで私主観の"まあまあ"だが、素人が見たら完成品だと思い込んで絶賛しても不思議ではない完成度。ここからもっと描き込まれていくのだと思うと、ゾクゾクするほどの美しさだった。


「まだ未完成なのに凄いですね……滝、ですか?」


 満月の月夜に明るく照らされた大瀑布の絵。水しぶきのひとつひとつが執拗に描かれた、あきれるほど見事な水の描写。デジタルならブラシの設定で誤魔化してしまいそうなところを、筆一本で妥協無く描き切っている。

 画風はクロード・モネのような印象派のテイストだ。輪郭線が無く、淡く自然で、ファンタジックな雰囲気が美しい。

 この絵の中には滝を登ろうとしている鯉も描かれている。鯉は鯉でも、鯉のぼりのように大胆にデフォルメされた日本画風の鯉だ。輪郭線は毛筆で引き結んだように強く太く、陰影は省かれて平面的な錦鯉。

 印象派の西洋画のような滝と、日本画のような鯉。和洋折衷が先生の得意技だった。


 全く正反対な画風をどうやって融合させるのか、アートクラブに居た頃に()いたことがある。十九世紀後半に活躍したモネやゴッホなどの画家は、一時期浮世絵などの日本画や日本文化に傾倒した頃があり、これをジャポニズムという。先生はジャポニズム作品をよく研究し、それを自らの絵画に落とし込んだのだそう。

 しかし実際のジャポニズム作品は、北斎のような色彩感覚やレイアウト、木版画のような平面感といった当時の日本画ならではの特徴を油彩画に応用したようなものであり、先生がやるような西洋画と日本画を意図的に描き分けつつ共存させるようなものではない。これを表現するのに、一体どれほどの知識とセンスが必要なのだろう。

 私がまだまだ先生に及ばないと思わされる理由の一つだった。


「半分正解。これは凍った滝。氷瀑(ひょうばく)ね。まだ描きかけだから凍っては見えないわよねぇ」


「ここから凍らせるんですか? これだけ水を描き込んでて、鯉だって泳いでるのに」


 凍らせると言う水しぶきは躍動感のあるタッチで、ここからどう描き足して凍ってみせるのかも想像がつかない。


「この滝はね、神様なの」


「神様?」


「滝は信仰の対象にもなるわ。岩をも削る強力な自然の力。天高くそびえる一本の柱。生命を湛える湧水。まるで水の神様のよう」


 西洋画のようなその滝を水の神様と呼ぶのなら、さながらネプチューンといったところか。


「それにほら、氷瀑ほうが神秘的になると思わない?」


「……思います」


 氷瀑を登る鯉。ありえない光景も、絵画の中なら意のままに表現できる。先生の絵は神秘を優先するのが哲学だ。

 創作者がそのほうがいいと思ったなら、きっとそれは間違いじゃない。それがちゃんと美につながるかは、その人の技量次第だけれども。まあ先生に限って言えばそれは杞憂だ。

 それにしても、これだけ丁寧に描かれた水の上からさらに塗り重ねていくのか。なんて贅沢な……。


「まあでも、凝りすぎちゃったせいで間に合わなくなっちゃったのよね」


「先生が締め切り破りするほどこだわるなんて、珍しいですよね? こんな大きなキャンバスを使うのも珍しいですし、何か重要な絵なのですか?」


「そうねぇ……」


「…………」


 先生はしみじみと、菅平さんは目を伏せて無言に。

 もしかして、シリアスなところに踏み込んでしまっただろうか。


「これを最後の絵にしようと思っているの」


「最後……って……」


「そろそろ、引退しようと思ってね」


 ……引退。

 そっか……。先生、とうとうなんですね。


 予感はあった。持病があったし、アートクラブを畳んでから大なり小なり無理して続けていたのだろうとは思っていた。

 ショックじゃなかった……と言えば嘘になるけど、たぶん私は、先生の決断に納得ができている。


「だから、この絵を……」


「最後ぐらい、大作で締めたくてねぇ。見栄っ張りって言われちゃいそうだけど」


「そんなことないですよ。私もいつかその日が来たら、大きいキャンバスで描きたくなると思います」


 キャンバスのサイズは大きいほど画家の技量が問われる。広大なキャンバス全体を彩るデザインセンス、バランス感覚、緻密さ、体力、使う絵の具の量も馬鹿にならない。非常に高コストな作品になる。キャンバスの大きさは覚悟の大きさだ。


「ありがとう、そう言ってくれて。有終の美を残せるように、先生頑張らなくちゃね」


「応援します。この絵の完成、私いま何よりも楽しみです!」


 先生は、ほんとうに嬉しそうに微笑んでくれた。



 **



「引退、かぁ……」


 先生のアパートから家への帰り道、とぼとぼと歩きながら物思う。

 何事にも始まりがあり、終わりがある。

 私とて、絵師の引退というものは少ないながらも見てきた。が、それは筆を折るとか、フェードアウトとか、そういったネガティブなものが多かった。

 しかし先生の場合は、最後に魂の一作で締めくくるという、画家として理想的な引き際を目指している。

 若い絵師ではなく老練した画家だからこそなのだろうか。


「やっぱり先生はすごい」


 いつだって先生は、私の目指す姿を見せてくれる。

 引退はもちろんショックだけど、引き際まで模範を示してくれる機会に恵まれた私は幸運かもしれない。


 先生の、人生の、その集大成。

 完成したらどれほどのものになるのか。

 そのとき先生は何を思うのか。

 それを見て私は何を得られるのか。

 将来、私はそれに倣うことができるのか……。


「……考えるにはまだ早いかな」


 筆を置いた自分の姿は、まだ想像できなかった。

 だから、今考えるべきことは作品のことだけ。


「どうか素敵な作品ができますように」


 その作品が未来へ繋がることを祈って、私は一歩一歩足を進めた。

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