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第85話 謹賀新年

〜花音view〜


 この数日間は目まぐるしく、そして夢の中のような幸せな日々だった。


 コンサートのデートで思い切って手を繋いでみた。

 そのときの彼の表情で、私達はお互い同じ気持ちだと確信した。

 そのままの勢いで告白しようとしたら止められてしまった。でも、それは彼の思いやりとロマンによるものだとわかって、叫びたくなるほど嬉しかった。

 もう実質付き合ってるような感じになり、その日は家に帰ってからもテンションがストップ高のままだった。


 大晦日の日に告白されるのだと思うと、毎日ドキドキが止まらなかった。

 お財布を開くたびに顔を見せるプレゼントの栞が、殊更約束の日を意識させた。

 どんなお洋服を着て行こうか悩んでいるうちに約束の日が近づいてしまい、ギリギリの前日に池袋まで買いに走ったりもしたし、美容院にも行った。


 約束の大晦日当日。もう緊張で全然眠れなくて、そのまま現地へ向かった。

 初めて見るスーツ姿の先輩に胸がキュンとした。

 本人はまだ着せられてるなんて言っているけど、全然そんなことはなくてバッチリ決まっていた。きっと海外赴任中にも使っていたのだろう。いつも以上に大人びて見えた。

 でも同人誌を手渡す彼の手はあからさまに緊張で震えていた。その様子があまりにも可愛くて、笑いそうになってしまった。

 そんな気持ちも、素敵な手書きの本のせいで吹き飛んでしまった。やっぱり彼の創り出す作品は美しい。美しいだけでなく、それに込められたメッセージに気づき、私の心臓はこれ以上ないほど高鳴った。

 歯が浮くようなセリフで告白を受けた。

 もうお互いわかっていたことなのに、これほど緊張するものなかというほどいっぱいいっぱいだったので、緊張の糸が切れてホッとしたというのが正直な感想だった。

 その瞬間は、飛び立った鳥の群れから舞い落ちてきた羽根が朝日で紙吹雪のように輝いていて、私達を祝福しているかのようだった。告白というイベントを、この日まで引っ張ってまでシチュエーションにこだわった先輩の美観が遺憾なく発揮されていた。


 先輩が正式に私の彼氏になった。

 現実味がなさ過ぎて、一日中ふわふわしていた。

 また会いたくなったので、初日の出ライドへ出て行くであろう先輩をこっそり追いかけた。

 サプライズは無事成功し、昨日のアンコールみたいなひとときを過ごせた。

 もう幸せフルコースだった。


「花音、朝からどこ行ってたの?」


 帰宅するとお母さんが開口一番そう聞いてきた。

 そういえば具体的な行き先は伝えてなかったっけ。


「ちょっと初日の出を見に海まで」


「海? ずいぶん遠くまで行ったわねぇ。しかも原付ででしょ?」


「うん」


 両親と九音はとっくに食べ終わっていて、私用に残してもらっていた朝食を食べるため食卓につく。


「やっぱり乗り物があると行動範囲が広がるものかぁ。好きにしていいけど、交通事故には気をつけてね」


「うん、気をつける」


 今日の朝食はもちろんおせちだ。どれから食べようかな。


「で、どうだったの?」


「日の出? よく晴れてて綺麗だったよ」


 スマホで初日の出の写真を見せると、それを一瞥しただけですぐに興味を失ったようだった。

 そしてとんでもないことを言い出した。


「そうじゃなくて、あの先輩とは進展したの?」


「え」


 お母さんの思わぬ発言に、私はお箸で掴んでいた紅白なますを落としてしまう。

 同じくテレビ台の前でくつろいでいたお父さんと九音ですら固まっている。聞き耳を立てていたらしい。


「初日の出、一緒に見たんでしょ」


「誰と行くとか私何も言ってなかったよね?」


「言ってないけど、花音が遠出するなんてあの先輩絡みしかないでしょ」


「…………」


 もしかして詰んでない?

 というかお父さんこっち見てないけど明らかに緊張感放ってるよ。脂汗浮いてるよ。

 どうすんのこの空気。


「で、一緒に見たんでしょ?」


「……そうだけど」


 お父さんの緊張感がまた濃くなった。


「で、進展したの?」


「お母さん、まるで私が先輩のこと好きみたいに言うね」


「好きなんでしょ?」


「……そうだけど」


 ねえお母さん。お父さんの顔が真っ青だけど放置してていいの?


「進展したの?」


「…………まあ、うん」


「そろそろ堕とせそう?」


 新年早々ぶっこんでくるねこの母は!?

 ニコニコ顔のお母さんと、その真逆をいくお父さん。ペルチェ素子で発電できそうな温度差だった。

 もう収拾つかなくなりそうだしこの際言っちゃうけどね、お父さんのケアはお母さんがやってよね!


「堕とせたよ。昨日」


 ガン! と音がしたと思えば、お父さんがソファーから落っこちてた。痛そう。

 そしてお母さんが年甲斐もなく黄色い声を上げている。

 九音は……あれ? 九音までどうして硬直してるの? 私達のことなんてお見通しだったはずでしょ?


「もー! 花音ったら昨日のうちに教えてよね! そしたらもうワンランク上のローストビーフ買ってたのに! あ、とりあえず今日はお赤飯炊く?」


「そんなのいいから! お母さんはちょっと落ち着いて! おせち食べるから私のことは放っておいて! あとあそこで明らかに動揺してるお父さんのフォローはお母さんが責任もってやってよね!」


「うーん、その先輩をうちに連れて来てくれたらやってもいいけどー」


「偉そうに条件なんてつけないで、無条件でやってよ!」


「……花音」


 尻もちのせいでお尻をさすっていたお父さんが絞り出すような声で呼んできた。


「……なに、お父さん」


「いつでもいいから、今度その彼を紹介しなさい」


「……………はい」


 結局、何もかもお母さんの手のひらの上だった。




〜九音view〜


 今年の干支である馬をモチーフにして描いた年賀絵が、朝から順調にバズっている。脱稿明けから超特急で描いた突貫品だけど、我ながら良い出来だったと思う。

 絵師友達の皆も凝った年賀絵を次々に投稿しているので、これらもリツイートしていく。

 ポニーに騎乗している絵だったり、ウマ耳美少女だったり、干支関係なしに晴れ着のカップルだったり。各々の創意工夫に私もその手があったかなどと悔いたりして刺激される。


 そんな感じで元旦からツイッターを眺めていると、どこかへ行っていたらしい花音が帰ってきた。

 花音が一人おせちを食べ始めたところで、お母さんがちょっかいを出し始めた。のみならず、花音の色恋に突っ込んでいって面食らった。お父さんに至っては見たことない顔をしていた。

 挙げ句、花音は開き直ったか決定的な一言を口にした。


「堕とせたよ。昨日」


 ついに!? てか昨日!?

 あと花音、堕とせたなんて言うけど、どっちが先に堕ちたんだかって感じよ。

 それはさておき事実確認が必要だ。


『(九音)泉美! ねえ泉美! 花音が先輩と付き合ったって言い出したんだけど!? あとあけおめ』


『(いずみ)マジだよマジ。あたしも昨晩聞かされて横転したわ。そっかー飯山さんちにも周知されたかー。あとあけおめ』


『(九音)やっぱり本当だったのね……』


『(いずみ)ついにこの日が来たねぇ。あたしゃ後方腕組み彼氏面したいよ』


『(九音)好きなだけしなさい。とりあえず事実確認できたわ。またね』


『(いずみ)おうよ』


 適当にスタンプを交換して手早くメッセージを切り上げる。

 そうか。花音と先輩が恋人同士か……。

 どっちも奥手というか、現状に胡坐かいて満足してそうなタイプだったのに案外早かったわね。何かきっかけでもあったのかしら。泉美が尻でも叩いたのかな。一番あり得そう。


(先越されちゃったなぁ……)


 恋愛成就は花音が先着することになった。そういうところは曲がりなりにも姉らしい。

 ま、私なんてまだ恋愛のれの字すらしていな……。


 ――あの二人が付き合ったら、いよいよ〈那イル〉も〈美青ドナ〉も消えるんじゃないかって思うんだよ。


 唐突に、彼のつぶやきが頭をよぎった。

 どうしてこのタイミングなんだろう。その憂いが現実になりそうだからなのか、それとも私は彼のことを……。

 彼は、私にとって何なのだろう。

 今の気持ちを形容する言葉が見つからず、今日の私は思考を放棄した。

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