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第83話 届け、この想い

~大河view~


「先輩、このハトさんって……」


「ハトはさ、もう小妖精なしでは生きられないんだ。夢中になって、依存して、もうたったひとりのことしか考えられない」


 届け。


「ずっと一緒に居たい。音楽を楽しみたい。尽くしたい。笑いあっていたい」


 届け、この想い。


「それはきっと、恋なんだと思う」


 朝日が昇る。

 街が、水面が、君の顔が黄金色に染まる。

 俺の体温が上がったと感じるのは太陽のせいだろうか。それとも爆ぜそうなほど脈打つ心臓のせいだろうか。


 ばくばく ばくばく


 ペダルを回してもいないのに、こんなにも心拍数が上昇している。

 それを悟られまいと呼吸を深くし、言うことを聞かない心臓を宥める。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 あとひとこと。最後の大事な言葉を言うだけだ。

 少女の前に俺は跪く。

 顔を上げて、正面から彼女を見る。


 まるで妖精のようだ。

 陽光を浴びる白い服はぼんやりとグレアがかかるように輝き、背後の空に浮かぶ雲が羽のように広がり、そしてその顔は開花の近い蕾のように美しく色づいていた。

 ああ、俺はやっぱり君が、君のことが――


「君が好きです。付き合ってください」


 花が、ぱあっと咲く。

 それはまるで燐光を纏う一輪の花のようで、俺の緊張はあっけなく消え去った。


「私もです。先輩のこと、大好きです」


 ああ。

 よかった。やっぱり同じ気持ちだったんだ。


 そのとき、風が吹いた。

 風に反応して、草むらから鳩の群れが一斉に飛び立つ。

 朝日に向かって遠ざかっていく鳥達を、俺達は呆然と見送ってしまった。

 緊張の糸が解れ、二人して同時に笑い出す。


「これ、もう同人誌じゃなくてラブレターですよ」


「正解。そのつもりで描いた」


「こんなことして大袈裟ですよ。プロポーズでもするつもりなんですか」


「俺としては結婚を前提にしてくれたらより嬉しいぐらい思ってやってるんだけど」


「け、結婚っ!?」


「俺、君とじゃないなら生涯独身でいいし」


「そ、そんなこと言ってぇ……!」


 かわいくモジモジし始める彼女の左手を取り、俺はその薬指に優しくキスをする。


「冗談で言ったつもりは無いよ」


「っ…………!」


 瞬間、彼女は飛びかかるように俺に抱きついてきた。突然のことに驚いたけど、その温もりを帯びた柔らかな存在をちゃんと抱きとめることができた。


「プロポーズのときは、今日よりもっともっとすごいのにしてくださいね」


「ああ、いろいろ頑張るよ」


 なんかもうプロポーズの予約までしてしまった。

 幸せだ。今俺の(かいな)にすっぽりと収まっているこのお姫様みたいな女の子は、なんと俺の彼女なのだ。

 結婚を考えるにはまだまだ全然甲斐性が足りていないが、そんな未来へ進めるように頑張りたい。


「ねえ、これからは花音って呼び捨てで呼んでいい?」


「許可なんて必要ないですよ。好きに呼んでください。私も大河さんって呼んだほうがいいですか?」


「え…………」


「……大河さん、どうしてそこで悲壮な顔になるんですか?」


「実は俺、後輩萌えなんだ」


「…………」


「……あのー」


「先輩」


 先輩呼びに戻った。やっぱりこっちがいい。


「大河さん」


「…………」


 また戻った……。


「はぁ……なんて顔するんですか。仕方ないですね。私が高校卒業するまでは先輩で呼びますけど、それ以降は大河さんですからね」


「期間限定ですか……」


「当り前じゃないですか。大人になってもずっと先輩後輩続けるつもりですか。それとも後輩じゃない私は彼女として失格ですか?」


「いや、例え後輩じゃなくても俺には花音が必要だ」


「あ、あの……そこまで言ってくれるのは嬉しいですけど、恥ずかしいって言うか……」


「悪い……でも、俺は花音の全部が好きだから……」


「~~~~~~!!!」


 一瞬真っ赤な顔を見せた彼女は、抱きつく力を強めて俺の胸に頭をぐりぐりと当ててきた。かわいい。

 俺はそのかわいい頭を愛でるように撫でる。

 時間を忘れるほどずっとそうしていた。


 どれぐらい経っただろうか。落ち着いたらしい彼女が顔を上げた。


「先輩ってカリヨンの演奏聴いたことありますか?」


「ああ、フランスに行ってたときに何度か」


「いいなぁ……」


 同人誌の中で登場させたカリヨンという楽器は非常に特殊な楽器だ。

 端的に言うと鐘楼(しょうろう)である。パイプオルガンと同様、建造物と言っても差し支えない規模をもつ巨大な楽器だ。

 塔の中に音階になるよう調律された鐘がいくつも備わり、それを奏者が鍵盤とペダルを操作して演奏する。西洋の楽器であり、日本にはたったの四台しかない。

 歴史的にも宗教的にも意義深い楽器であり、カリヨネアと呼ばれるカリヨン奏者は数ある西洋楽器の演奏者の中でも格式高い扱いを受けるほどだ。


「そのうち伊丹(いたみ)までデートしようか」


「いいですね、それ」


 伊丹には日本で唯一公共の場にカリヨンが設置されている。伊丹のカリヨンは俺も見たことがないので、そのうち見に行きたいと思っていた。


「だったらこのページはブックマークしておきますね。いまから楽しみです!」


 俺の同人誌の最終盤のページに、俺の栞を挟んでいた。本当にこの子は健気だ。尊すぎてしんどい。


「まあその、なんだ。ちゃんと彼氏できるか不安だけど、これからもよろしく」


「はい。私も先輩の彼女として恥ずかしくないように頑張ります!」


「頑張らなきゃいけないのは俺の方だと思うんだよなぁ」


「そんなことないですよ! 先輩はハイスペックなことをもっと自覚してください!」


「あはは。君がそう思ってくれるならそれでいいや」


 それでいい。俺に不足があれば彼女なら遠慮なく教えてくれるだろう。そして彼女以外からの評価はどうでもいいのだ。

 ずっと跪いていた俺は立ち上がる。


「改めて、今日はありがとう。いや、今年一年ありがとう。留年生活の年がこんなに楽しい一年になるなんて夢にも思わなかった。また来年からもよろしくね」


「はい! 私も先輩のおかげですごく、すごく楽しい一年でした! 来年もよろしくお願いします!」


 俺達はどちらからともなく笑い合った。



 **



 スーツ姿を家族に見られたくなかったので、忍び込むように帰宅した。もし見つかったら先ほどまでのことを洗いざらい白状させられること必至だ。

 どうにか無事に戻ったが、洗濯カゴに放り込んだワイシャツを見た母さんに尋問されそうになったので誤魔化した。誤魔化せたというよりは見逃されたと言ったほうが正しいかもしれない。


 夜は家族揃って食卓を囲み、当たり前のようにN響第九の放送を観ていた。


「これ大河兄が花音と観に行ったんでしょ」


 泉美が思い出したように言う。


「第九演奏会には行ったけど、俺達が行った回かどうかはわからないな」


 四回行われた公演のうち、どの回が本放送に採用されたのかは知らない。

 そんな話をしていたら、花音からメッセージが届いた。向こうも第九を観ているようで、実況みたいなコメントが飛んでくる。


「アマーティが無いから俺達が行った回じゃないらしい」


「なに? 花音から聞いたの?」


「そうだよ」


 一瞬だけトーク画面を見せて状況を説明する。


「ふーん」


 あんまり関心なさげに言いつつも「アマーティって何?」とか聞いてくる。それに対してはすかさず父さんが解説していた。さすがに父さんは知っていたようだ。父さんの知識量は底が知れないほど深い。


「で、花音とは最近どうなの?」


「あー……」


 この妹様は直球で聞いてきやがる。

 はぐらかしたくなったが、しかし家族に黙っておくメリットは無いし、むしろデメリットしかないだろう。白状するのが身のためか。


「実は付き合うことになった」


「え」


 泉美は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「ようやくか」


 大洋は表情を変えることなくそう言った。

 父さんはマイルドに驚いていた。

 母さんはただ一人訳知り顔だった。やっぱり母さんにはバレていたようだ。


「そっか。それは、おめでとう。……はあああぁぁ~〜!!」


「なんだよ泉美、そのリアクションは」


「いやなに。やっと肩の荷が下りたなーって」


「何も背負わせた覚えは無いんだが」


「これでもあたしずっと気を揉んでたんだけど。いろいろ助けてあげてたんだけど」


「お前が何をしたって?」


「いろいろだよいろいろ。見えないところで超苦労してたんだから感謝してよね」


「わからんことを感謝しろって言われても感謝のしようがねえよ」


「チッ、くそっ」


「泉美、口が悪いぞ」


「むぅ……」


 父さんから怒られている。


「しかし今年最後にめでたいニュースだ。明日はちょっといいレストランにでも行こうか」


「いいよ別に」


 照れくさいから。


 そんなことを言っていたら第九のほうが歓喜の歌に差し掛かり、うちの家族もそっちの方に気が向く。なんだかんだで音楽好きな一家だ。

 花音からもメッセージがいっぱい届く。公演中は演奏に集中していたけど、テレビだとこうして遠慮なく実況や感想を話しながら鑑賞できて、これはこれで楽しいものだ。


「さっそく見せつけてくれるねーご両人」


「見せつけてねぇだろ。お前が勝手に見てくるんじゃねーか」


 引っ付いてスマホを盗み見てくる泉美を力ずくでどける。

 第九の放送もじきに終わった。


『(花音)このあとはどうされますか?』


『(大河)ジルベスターコンサートで年越しを見届けたら寝るかな』


 ジルベスターコンサートとは年跨ぎで催されるオーケストラコンサートのことだ。全国でいくつか公演があるが、その中で東急ジルベスターコンサートは毎年テレ東で生放送されており、曲の演奏終了と同時に新年を迎えるカウントダウン演奏がある。

 ゆく年くる年よりも、ちゃんと時間ぴったりに演奏を終えられるかという指揮者の腕を問われる様が観られるこちらのほうが断然面白い。


『(花音)私もです。ジルベスターのカウントダウンが終わったらすぐ寝るつもりです』


『(大河)じゃあとりあえずおやすみだな』


『(花音)はい、おやすみです。良いお年を』


『(大河)良いお年を』


 メッセージのやりとりが終わった。

 次はまた来年か。

 うーん。ちょっと名残惜しいな。なんかまだ今朝の高揚感が残ってるんだよな。


 よし、恥ずかしいけど今日ぐらい許されるか。

 追加でメッセージを入力して、送信。


『(大河)好きだ』『(花音)だいすき』


 ……同時にほぼ同じメッセージが届いた。

 一気に恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてきて、俺は家族のいない部屋へ逃げ込んでからしばらく悶絶した。


 まあ、なにはともあれ。

 いい一年だった。心からそう思った。


【筆者注】

「はい。君たちがくっつくまで29万文字かかりました」


ということで第八章(12月)が終わりました。当初のプロットではあっさりだったのですが、せっかくの両片想い期間なんだから引き伸ばしたろってことでできる限り丁寧に、この二人にとって幸せな恋愛ができるようにと願って書いていたら、他の章よりだいぶ長くなっちゃいましたね。でも物語はまだ続きますよ。一応テーマは恋愛じゃなくて芸術なので。

次の章タイトルも不穏ですが、もちろん伏線でもなんでもありません。仕様です。


……とここでひとつお詫びを。プライベートと仕事が多忙でとうとうストックが心許なくなってしまいました。これからは不定期投稿になります(目標は火金の週二回投稿です)。ごめんなさい。懲りずに読んでもらえると嬉しいです。

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