第7話 飯山さんと俺のオリキャラ
※末尾に挿絵あり※
〜大河view〜
スマホで動画を見ながら暇をつぶしていると、ほどなくして待ち人がやってきた。
「こ、こんにちは……」
恐る恐る、といった様子で飯山さんがドアを開いて覗き込んでくる。
「いらっしゃい。中へどうぞ」
入室を促すと、お邪魔しますと言ってトテトテとこちらへやってくる。
「お待たせしました先輩」
「いやいや。全然待ってないよ。その服が例の?」
今日の彼女の服装は、アルファベットのデカ文字がプリントされたTシャツとクリーム色のパーカー、ブラウンカラーのキュロットスカートに白いハイソックスといったラフなコーディネートだ。
この西園高校は私服校なので、皆思い思いの服装で学校生活を送っている。女子生徒は泉美のように『なんちゃって制服』と呼ばれる制服風の服や、どこぞの私立高校の制服を着てくることが多いが、飯山さんはそういうのは気にせず好きな私服を着てくるタイプのようだ。
「いえ。見てもらいたい服はこちらです」
そう言って、彼女は鞄の中から紙袋を取り出した。
紙袋の中には一着の服が入っていた。
「ほー……」
それは純白のワンピースだった。胸元を飾る大きなリボンが実にキュートだ。
「写真いい?」
「はい。いいですよ」
まずは机の上に広げられたワンピースを写真に収める。
「手に取って見てもいい?」
「どうぞ」
許可が下りたので服を手に取り生地を撫でる。
表面の肌触りは、見た目の光沢が物語るように滑らかだ。絹ほどではないが。
思ったよりしっかりとした裏地がある。そのせいか伸縮性はあまりないみたいだ。それでもそこそこの柔軟性はある。
「何をしてるんですか?」
先ほどまでじっとこちらを見ていた飯山さんが問いかけてきた。
「生地の具合を確かめててね」
「何かわかるんですか?」
「うん。生地の柔らかさとか重さとかでシワの付き方や広がり方が変わってくるからね。例えば学ランみたいな固い生地ならほとんどシワは描かない。柔らかければその逆だ。あとは、ワイシャツみたいなパリッとした生地のシワはシワの山谷の陰影をはっきり描くけど、セーターみたいなふわっとした生地のシワはぼやっとした陰影にする。他には、風の吹くシチュエーションの絵でスカートの裾をどれだけたなびかせるかも、生地の重さとかで違うよね」
「なるほど!」
あとは、薄い生地だと彩色のときに“透け”を意識したりもするけど、それは敢えて言わなかった。
そんな調子で服の背面の写真を撮ったり、縫製を確認していると、また彼女から問いが投げられてきた。
「私、着て見せましょうか?」
「え」
「シワとか形状とかの確認でしたら、やっぱり人が着た方がわかりやすいですよね?」
「いや、まあそれはその通りだけど、嫌じゃない? 一応これだけでも残りは想像で補えるよ?」
「全然嫌じゃありませんよ? これくらいお安い御用ですし、作品が良くなるのでしたらいくらでも協力します」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。しばらく会室出るから、その間に着替えて。鍵は内から閉まるから。ついでに飲み物でも買ってくるよ。何がいい? おごりだから」
「そんな! おごってもらうなんて悪いですよ」
「いいからいいから。リクエストが無いなら勝手に買ってくるよ」
「ああ……。じゃ、じゃあココアを」
「了解」
半ば強引に説き伏せて、俺は財布を片手に自販機へ歩いて行った。
**
コンコン。
買ったばかりのココアを片手に、生徒会室のドアをノックする。
室内から「どうぞ」と声が聞こえたので入室すると、そこには先ほどのワンピースを身に纏った飯山さんがちょこんと立っていた。
「おお……」
飯山さんはコーデチェンジのみならず、髪形もうちのオリキャラに合わせてツーサイドアップにしていた。目鼻立ちもどことなくオリキャラ似な飯山さんが髪形を合わせると、まるで実体化したかのようで、ちょっとドキッとした。
「どうでしょうか。この服、本当に買ったばっかりで家族以外の人には見せたことなくて……」
「変なとこはないよ。よく似合ってる。まあ確かに学校に着てくるような服じゃないかな。余所行き用?」
「はい。そんな感じです。変じゃないなら良かったです」
「髪形も合わせたんだ」
「作画資料にするならこのほうがいいと思ったので。できればアイロンでウェーブもつけたかったんですけど……」
「いやいや、そこまでしなくていいし。服が大事なんだから」
「えへへ……。では、お好きなだけご覧ください」
そう言って彼女はその場でくるっと一回転する。
スカートがひかえめにふわっと広がり、一拍遅れて髪がたなびく。
あっ。この構図もいいな。
ああいけない、今は構図じゃなくて服だ服。
改めて服を観察する。
トルソー……ではなく、人に着衣した状態で観察する服はやっぱり情報量が違う。彼女が提案してくれて助かった。
スカートの長さは膝丈で、清楚というより可愛らしい印象。袖は肘までの長さで、袖口は細いリボンで絞るような装飾がある。袖の側面にはスリットが開いていて、そこから覗く二の腕の肌色がとてもいい。
「写真いい?」
「はい」
カシャ。カシャ。
しばらく無言で、シャッター音だけが響く。
「そういえば、キャラの名前は考えてくれましたか?」
思い出したように唐突に聞かれる。
「ああー……。いや、まだ思い浮かばなくて……」
「ええー! まだ決めてないんですか。私が決めちゃいますよ?」
「お。それいいな。君が名付けてよ」
「え、冗談だったんですけど」
「俺は一向に構わないよ」
「仮でもいいからとりあえず名前つけてくださいよ。呼び辛いです」
「じゃあ無題ちゃんで」
「えええ……」
すごい嫌そうな顔をされた。
「…………」
無言の抗議を無視しつつ、スマホのギャラリーを開いて写真をチェックする。
改めて見ると、本当に無題ちゃんがそこにいるかのようだ。髪を銀色に染めて、細かいところを少しいじったり軽くメイクすれば、もうコスプレとして成立するのではないか。いや、顔立ちや髪形だけではない別の要因のシンクロ性がある。もしかしてこれは……。
「ねえ、飯山さんの身長ってもしかして一四七センチだったりする?」
「そうですけど、え? なんでご存知なんですか?」
「ああいや、知らなかったんだけどさ、もしかしたらと思って。あの無題ちゃん、身長一四七センチって設定なんだよ」
「名前は無いのに身長は決まってるんですね」
「だ、だって身長やスリーサイズは作画に必要な情報だし……」
「スリーサイズもあるんですね。いくつなんですか?」
「上から七四、五四、七七だけど……」
「すごい! わたしと同じですよ!」
え。
なんか大事な情報がさらっと入ってきたんだけど。
思わずまじまじとボディーラインを見てしまう。体型を観察してしまうのはイラストレーターの職業病のようなものだが、ちょっと衝動的に視線が動いてしまった。
二次元のキャラのスリーサイズなんてものは概ね創作者の妄想であり、うちのもその例に漏れないわけだが、その答え合わせのような実物が目の前にあるとなれば、その価値は計り知れない。
改めて彼女を見る。一四七センチという小柄な身長ではあるが、年相応の等身であるため幼すぎはしない。肩幅は狭く華奢。胸元はひかえめながら芸術的な曲線を描き、その下へ続くウエストは女性らしくキュッとくびれているが、痩せすぎという訳ではなく健康的に映る。素で内股気味の脚は過不足ない太さを保ったまま小さな足へ伸び、ここだけでも絵になる。足と同じように小さな手のひらは瑞々しくハリがあり、よく手入れされた爪も相まって、男性では決して持ち得ない可憐さを醸し出していた。
この間、わずか一秒の思考加速である。
「あ、あ~そうなんだ。どうりで似てるなーと思ったよ」
「じゃあじゃあ、私がポーズ取ればそのままデッサンに使えるんじゃないですか?」
「あ、う、うん。確かにそうだね」
え、この子めっちゃノリノリなんだけど、これ普通の反応?
泉美にスリーサイズ聞いたらどんな反応されるか試してみようかな。あ、でもあいつは嫌な顔しないだろうけど出鱈目言いそうだな……。
「ご希望のポーズはありますか。先輩?」
こちらの動揺を知ってか知らずか、さらにこんなことを言ってくる。
「じゃ、じゃあポーズの候補のラフスケッチがあるから……」
ノートを取り出して見せる。そこにはデッサン人形風の人物が六体、様々なポーズで描かれている。
「わぁ……」
「どれがいいとか希望はある?」
「うーん。どれもいい感じなので一つに決めるのは難しいですねぇ。とりあえずこのポーズ全部試しましょうか」
「時間は大丈夫?」
「全然大丈夫ですよー」
そう言って、さっそく最初のポーズを「こうかな?」と言いながら真似ようとしている。
こちらからも手の位置や首の角度を指摘していき、カメラの画角を合わせてみると、そこにはポーズの完全再現……いや、もはや上位互換。本人降臨だ。想像で補えなかったラフスケッチのデッサンミスを見せつけられているようで、悔しい気持ちと、照れと感動とが同時に押し寄せる。
「せんぱーい。こんな感じでいいですかー?」
しまった。ちょっとフリーズしてしまった。
「ああ、バッチリだよ! 写真撮るからそのままで」
カメラの明るさ設定を変えたりしながら数枚撮影する。ギャラリーとラフスケッチを見比べる。うん。文句なしだ。
「オーケー。姿勢崩して大丈夫」
「ふー……。じゃあ次のポーズですね」
なおもマイペースな彼女に乗せられながら、こんな感じで撮影が進んでいく。ちょっと楽しくなってきた。コスプレ撮影ってこんな感じなのだろうか。コミケにはよく行くが、コスプレスペースは通りがかりに遠目に見るだけだったけれど、今度ちゃんと見に行ってみようかな。
なんだかんだで、二人楽しく撮影をこなしていくうちに最後のポーズの撮影になった。
「ええっと、最後のポーズは……あっ」
「どうかした?」
「い、いえ。大丈夫です。大丈夫ですよ」
どことなく大丈夫じゃなさそうな反応。
訝しく思って彼女の視線の先を追うと、じっとノートを見ている。
ノートに描かれた最後のポーズは……。
「あっ」
しまった。最後のポーズは、体育座りを崩したような格好で座った状態のキャラを正面から見る構図だ。足の配置で下着が見えないように隠しており、ツイッターにでも上げれば「見え……」とかコメントがつきそうなやつである。
イラストでは見えないから別にいいけど、今ここで再現するには、その過程でカメラマンに見せずに済ませられないだろう。これはやめさせたほうがいい。
「あー、えーと……これはボツ案にしようかな」
「え!? ボツにしちゃうのは勿体ないですよ! 私は大丈夫ですから!」
「いや、でも、その、……見えちゃうでしょ?」
「……見えないようにしますから」
「あ、もしかしてショートスパッツとか穿いてるのか」
「その、スカートで来る日は穿きますけど、今日はキュロットだったので……」
防御するものは穿いてないってことか……。
「見えないようにするのは無理でしょ」
「女子高生を舐めないでください。視線を読んでガードするのは訳ないです」
「無理じゃないかなー」
「無理じゃないです」
意外に意固地である。
「じゃあ左手でスカートのお尻を押さえよう。ポーズを完全再現する必要はないんだから」
「でもクオリティーが……」
「平気だって。元々服単体の写真だけで描くつもりだったんだし、今までもそれでやってきたことが多いし。これでも充分以上だよ」
なおも逡巡した様子の飯山さんだったが、ようやく折れた。
「……わかりました。それでいきましょう」
妥協案でお互い合意に至ったところで、撮影を再開する。
机の上に座ってもらい、ノートを見ながらポーズを調整していく。
「脚、腿は閉じたままもうちょっと開いてー。そうそう。つま先の角度はもっと内向きで……よし。視線はカメラ目線で――」
言いながら、スマホカメラの画角を調整する。今回の構図だと、めいっぱい広角にして、かなり被写体に接近する感じだろうか。
「ち、近いですね」
「あ、ああ悪い。遠近感が強い構図だから……」
画面を見る。上履きを脱いでソックスに包まれた彼女の脚が手前に映り、そこから健康的な肌色を湛える太ももを経て、白いワンピースに至る。ワンピースの背後や肩には、しなやかな絹のような髪が柳の木のようにしな垂れかかり、まるでオーダーメイドの装飾品のように調和した美を添えていた。
スマホ越しの彼女と目が合う。少し恥ずかしそうにもじもじした様子に、こちらもなんだか照れてしまう。
シャッターを切るのも忘れて、お互い無言になる。
そのお見合いのような空気を、突然ドアが開く音と闖入者の声が破壊した。
「ちょっと!? なにやってるの花音! ……そこの変態! 花音から離れなさい!」
ドアを開いて現れたのは、飯山さんにそっくりな顔をした女子生徒だった。
【筆者注】
花音の身長スリーサイズは大真面目に悩んで決めました。
ちなみに九音はT147 B76 W55 H77、泉美はT160 B87 W58 H86です。