第77話 秒読みの二人
~大河view~
浦野君は俺の答えに小さく拍手をくれた。
「良いですね。応援してます。あれ? 応援するまでもなかったりします?」
「いや、それはわからんけど……」
「クリスマスだって恋人でもないのにデートの予定決まってますし、もう盤石じゃないですか。彼女のほうから誘われたんでしたっけ」
「そうだな。九月に提案を受けた」
「そんな前から!?」
「言っとくけど当時はデートって意識はあんまり無かったと思うぞ。それだけ人気のコンサートだから」
「でも結果的に大チャンスじゃないですか。告白するんですか?」
「いや……クリスマスには間に合わないな……」
「間に合わない? なにか準備してるんですか?」
「まあ、ちょっとな」
「あ、もしかして野暮用ってこのことですか?」
……無駄に鋭い奴め。
「俺で良ければお手伝いしますよ。サプライズとかですか?」
「気持ちはありがたいけど俺にしかできないことだし、サプライズでもないから。予告済みだし」
「予告済みって、え? まさか告白の予告ではないですよね?」
「さすがにそうじゃないよ。ちょっとな、本を作ってるんだ」
「先輩、作家みたいなこともできるんですか!」
「まあ、絵をそこそこな……」
「絵ですか。先輩って自転車も強いのに本も作れるだなんて、本当に凄いっすね……」
「別に作るだけなら特別なことじゃないぞ。君もやってみるといい」
「いや、えー、どうっすかね。考えておきます」
まあ、ただ作るだけならどうとでもなるが、自らが納得のいくものができるかは別問題だ。"紙を折れば本"とはよく言ったものである。
「それにしてもついに飯山さんにアタックする人が現れるのかぁ。先輩なら納得ですね」
「それどういうこと?」
「彼女って一年男子の間で人気高いんですよ。でも誰も告白してないようでして」
「やっぱり彼女モテるんだ……」
「たぶん学年だと十指……いや、五指に入るんじゃないですかね」
「そこまで? なのに誰も告白してないの?」
「彼女に惹かれた人って内面重視っていうか、純情なやつが多いんですよ。ワンチャン付き合えればとかじゃなくて真剣にお付き合いしたいタイプ。でも彼女にお近づきになるのが難しいから、まだ誰もがノーチャンだと理解していて踏み切れないままっていう」
「あー……」
すごい。なんか俺にも刺さる。
彼女の魅力は何と言っても心の在りようだ。普段は朗らかでほわんとしているのに、とても賢く時折超然とした芯の強さも魅せる。静かなカリスマがあるのだ。それに、花音さんには失礼かもしれないが、カラダ目当ての男は他の女子に流れていきそうなのでワンチャン小僧が寄り付かないのも納得がいく。まあ俺にとってはストライクゾーンなのだが……。
「さっき飯山さんがチケットの話をしたとき、クラスが一瞬ざわついたじゃないですか。あれはたぶん彼女狙いの男子が死ぬ音です」
「げ。あれ俺の勘違いじゃなかったのかよ」
ざわついたと言うより空気感が変わったって感じだったんだけど。
「いいじゃないですか。先輩に勝てる奴なんていないんですからドーンと構えていればいいんですよ」
「俺、どちらかというと陰の者だからそういうのできないんだけど……」
「そんなこと言ってたら彼女は振り向いてくれませんよ?」
「いや、彼女は俺が陰キャでも気にしないはずだぞ」
「…………」
「……どうした? 無言になって」
「めっちゃ通じ合ってる者同士的な発言ができるのに、付き合ってないってやっぱ嘘ですよね先輩……」
「嘘じゃないんだよ信じてくれ……」
結局、浦野君はその後も半信半疑のままだった。
~花音view~
「兄貴達遅いねー」
「だねぇ」
二人が席を立ってからしばらく経った。ただのお花摘みならとっくに帰ってきてもよさそうだけど、この様子だと雑談でもしているのかもしれない。
「花音さ、いつの間に兄貴とクリスマスの約束取り付けてたの。やるじゃん。普段ヘタレなのに」
「ヘタレは余計だよ。コンサートは九月の申し込み開始からの約束だよ」
「えっ!? そんな前から!? 手が早すぎない? あれ、九月ってあたしがベース練習に呼んだ時より前のこと? それとも後?」
「えーっと、たしかそれより前」
「……つまり、意識する前からすでにアプローチをかけていたと。無意識アプローチ……」
「あ、アプローチじゃないよっ!」
「男たらしだなぁ花音は……」
「だから違うってぇ!」
「訂正。兄貴たらし……って痛ぁあい!」
ウザかったので机の下で泉美の足を踏んづけてやった。
「せめてさぁ! 手加減ぐらいはしてよぉ!」
「ん? どうかした?」
「ほんっといい性格してるよねぇ花音は」
「どういたしまして。泉美は褒めてくれるから好きだよ」
泉美の良いところは自分がちょっとウザいことを自覚してるところだ。おかげで遠慮なく攻撃できる。
「そういうセリフは大河兄に……っと」
もう一度足を狙ったら避けられた。もう泉美きらい。
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょ」
「そうかなー。チケットのアピールはだいぶ大胆だったと思うけど」
「あれは……牽制っていうか……」
つい先日泉美から教えられたのだが、どうやらうちのクラスには先輩に気がある子が一人のみならず何人かいるらしい。全然気付かなかった。
しかしそうと知って見てみると、今日久々にクラスに戻ってきた先輩に視線を注ぐ女の子がいるとわかった。先週末のツーリングで私にアドバンテージがあることに確信は得ているが、それでも面白くないものは面白くない。
私と先輩はまだそういう関係ではないが、まるで横恋慕されてるような気持になる。いや、今の私にそんなことを主張する権利は全くないのだが。これで先輩が他の子からクリスマスにアプローチでもかけられたらと思うと気が気ではなかったので、ああ言ってしまった。もしかして私、独占欲が強いのかもしれない。
「牽制にしてはオーバーキルだったと思うよ。あれでだいぶ恋愛フラグへし折った音がしたよ」
「人聞きの悪い」
「事実だし。でもいいの? これからいろいろ聞かれるんじゃない?」
「聞かれる?」
声のボリュームを小さくして泉美が続ける。
「え、気付いてないの? たぶんあたしが花音から離れたら尋問タイムが始まるよ? 兄貴とどうなんだーって」
「え……」
「花音……あんた後先考えずにあれ言ったの……。普段は抜け目が無いのにこういうときだけポンコツに……」
「いや、その……ねえどうしよう!?」
「どうしようも何も、あたしだって恋愛経験値無いんだしこんなシチュエーションの最善手なんて知らないよ。自分でどうにかしてよ」
「そこをなんとか!」
「もう『先輩は私のだー!』ぐらい言っちゃえば?」
「まだ私のじゃないし!」
「さっきまでの独占欲はどうした!」
「燃焼して空気に消えたよ! 再結晶化は無理!」
「ずいぶん盛り上がってるな。何の話してたんだ? 窒素固定の話か?」
「ぴゃあああああ!? 先輩いいいいいいつの間に戻ったんですかあああ!?」
全然気付かなかったんですけど!?
「たった今だけど」
「何も聞いてませんね!?」
「そうだけど……お取込み中だった?」
「取り込み中だったので、それならいいです」
「わかった。なら聞かないよ」
「…………」
「どうした泉美?」
「はぁ……ねえ浦野君、これ、どう思う?」
「ははは……秋谷さんって苦労してるんだね」
「でしょう?」
泉美と浦野君のため息がユニゾンする。無性に腹立たしい光景だったけど、なんだかんだで防波堤になってくれそうなこの二人に私は感謝しなければならなかった。




