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第76話 またいつもの昼餉の時間を

〜大河view〜


 週末の秩父温泉ツーリングの後、花音さんから「息抜きにもなるでしょうし、お昼ご飯はやっぱり一緒に食べたいです」と説得を受けた俺は、今週から一年A組での昼食に復帰した。先週距離をおいてみてわかったが、昼休み返上で確保できる制作時間は微々たるものだし調子も上がらず効率が悪い。なにより花音さんとの交流が減ることのモチベーションへの影響が大きすぎた。あるのかどうかもわからないホモ疑惑なんて気にしている場合ではなくなったのだ。


「たったの一週間ぶりですけど、すごく久しぶりな感じがしますね」


 隣の席の浦野君から話しかけられる。彼は俺がいなければ泉美と食卓を囲む大義名分が得られない。その点については申し訳なかった。


「そうだな。すまん、野暮用があってな」


「いえ、気にしないでください。野暮用とやらは済んだんですね?」


「いや、まだ終わってはいないんだが、昼休みを削ってまでやることじゃなくなったから」


「そうですか。何はともあれ、先輩が戻ってきてくれて嬉しいです。賑やかになりますから」


 曇りのない笑みを浮かべる浦野君。イケメンの笑顔は絵になるな。

 嬉しいというのは泉美とお近づきになれるからかと思ったが、雰囲気的に純粋にこの食卓を楽しんでいるらしい。性格もイケメンなんだよなこいつ。


「あ、先輩またブロッコリーの茎だけ残して。私食べちゃいますよ?」


「はいはい食べちゃってください」


 向かいの花音さんが俺の弁当箱から、俺が花だけ食べて茎だけになったブロッコリーを回収していく。茎って食感とか匂いがキツくて嫌いなんだよな。


「じゃあこれはお返しです。お野菜を交換こですね」


「おお、ありがとう」


 モロキュウを一個くれた。これ好き。


「兄貴はまた花音に嫌いなもの押し付けて。いい加減好き嫌い減らしなよ。はいこれあげる」


「これ以上は食えんからいらん」


 全部押し付けられそうになった大学イモを受け取り拒否する。大学イモは普通に食うが、だからといって満腹を超えてまで食べたいものではない。


「というかお前、いつも大学イモ食ってただろ?」


「食べるけど、今ダイエット中。糖質カット」


「お前のダイエットのために俺に押し付けんな」


「ダイエットのためにはなおさら兄貴に食ってもらわないと困るんだよー」


「どういう理屈だそれは」


「兄貴が肥えればあたしのゴールラインが近づくからに決まってんでしょうが!」


「知らねーよ! 逆ギレすんな!」


 泉美がダイエットをする理由は美容体型のためではなく、兄より重くなるのは許容できないというプライドの問題によるものだ。つまり俺の体重が上がれば泉美は痩せなくてもダイエットから解放される。泉美の怒りはある意味正当かもしれないが、だからと言って俺が従う義理は無い。俺が痩せてるのは体質と生活習慣によるものであって、狙ってこうなったわけじゃないんだ。


「じゃあこの大学イモはどうすんのさー」


「浦野君にあげたら?」


「まあそれでいいか。はい浦野君どーぞ」


「えっ?」


「ん? 大学イモ嫌いだった?」


「い、いや、嫌いじゃないよ。好きなほう……」


「だったらどーぞ召し上がれ。うちの母さんの大学イモ、なかなか美味しいよー」


「ありがとう。いただきます……」


 まるで祝いの席でしか味わえない高級料理でも食べるかのようにイモを丁寧に食べ始める浦野君。大丈夫か? ちゃんと味わえてるか?


「お前も残すぐらいなら母さんにダイエット弁当希望しとけばよかったのに」


「えー。ダイエット弁当注文するとこんにゃく入れてくるから嫌」


「人に好き嫌いすんなって言っておいて、お前も同じ穴の狢じゃねえか」


「いや、兄貴ほどじゃないし」


 五十歩百歩だろ。


「まあダイエットはゆっくり頑張れ。早々に解放されてもすぐクリスマスがきてリバウンドするぞ」


「いや、その日は例えダイエット中でも全力でケーキ食うし。チートデーだし」


 意志の弱い奴め。


「もうクリスマスが話題になる時期ですね」


「だねー。デパートではとっくにクリスマスソング垂れ流してて耳にタコができてるけど」


 女性陣がクリスマスのワードに反応する。いつも思うけどハロウィンが明けたらクリスマスソングに切り替わるの、気が早すぎるにも程があるよな。


「やっぱり浦野君はもうクリスマスに予定が入ってたりするの?」


 泉美、お前が彼にそれを聞くのか。ちょっとかわいそうだぞ。本人も若干引きつってるぞ。


「いや、俺は部活だけだよ。普通に平日だし」


 今年のクリスマスイブは水曜日で、クリスマスは木曜日。ド平日だ。


「え、意外。てっきり誰かと遊びに行ったりするのかなと思ってた」


「お誘いは少しあったけど断ったんだよね」


「それって女子?」


「まあ……うん……」


「えー!? 勿体ないじゃん! どうして断っちゃったの!?」


「いやぁ……普段あまり話したことない人と二人になるのとか苦手なんだよね」


 半分本当なんだろうけど、半分は泉美(本命)が相手じゃないからなんだろうな。


「あー、それはわかるかも」


「秋谷さんはどうなの? 誰かと遊びに行くの?」


「あたし? あたしも部活。あ、でもイブは部長の意向でお休みになったんだった。何も予定ないや。いやー、寂しいですのぅ」


「そうなんだ……」


「兄貴はいつも通りなんも予定ナシ?」


「俺か? イブは予定無いけど……」


 イブ()無い。が、その次の日には先約があった。だが今それを言ったら弄られるかもしれない。はぐらかしてしまおうか。

 一瞬だけ約束の相手を見ると、その一瞬で目が合い、彼女は何食わぬ顔で口を開いた。


「チケットならちゃんと確保できてますから安心してくださいね」


「えっ?」


「ほっほーぅ」


 浦野君と泉美がそれぞれ意外そうな反応をする。さらには教室内の空気もちょっと変わった気がした。一方で花音さんはとくに気にした様子はない。そういうスタンスならば俺も合わせるか。


「ありがとう。当日はよろしく」


「え、チケットって何のことですか先輩」


「オーケストラコンサート。たまたまクリスマスだったんだよ」


「クリスマス公演ってやつですか?」


「いやいや、クリスマス公演とか関係なくて、強いて言えば年末公演だから。ベートーヴェンの第九」


「オーケストラに泉美を誘っても来るはずないし、先輩なら趣味が合うから誘ったんだよ」


「先輩も飯山さんも、意外な趣味ですね」


「現代の若者はクラシック聴かないよねぇ」


「兄貴、言い方がジジくさいよ」


「やかましいわ。すまん、ちょっとキジ撃ち(トイレ)行ってくる」


「あ、俺も行きます」


 食後に用を足そうと席を立つと、浦野君もついてきた。男二人で教室を出て最寄りのトイレに向かう。

 下級生と連れションというシチュエーションはなんだか変な感じだ。


「先輩、この後少し時間いいですか?」


 二人並んで出すもん出して手を洗ったところで、そう言われた。

 俺が了承すると、彼はトイレを出て教室と反対方向へ手招きした。俺はそれに従って彼の後を追う。

 少し歩いて、周りに人が居なくなったところで浦野君が口を開いた。


「単刀直入に聞きますけど、先輩と飯山さんって付き合ってるんですか?」


「ぶっ! おまっ、単刀直入すぎだろ」


「すみません。それで、どうなんですか?」


「……その事実はない」


「嘘ですよね?」


「嘘じゃない」


「実は幼馴染みとかですか?」


「この学校で知り合ったけど……」


「それであの距離感ですか?」


「……やっぱり近く見える?」


「普通食べかけのブロッコリーなんて家族か恋人じゃないと食べませんよ」


「お前だって泉美の大学イモ食べただろ」


「あれは食べかけはありませんし全然違うじゃないですか!」


 それは、そう。


「花音さんの距離感ってやっぱり俺にだけ違う感じなの? 普段の様子は知らないんだよ」


「全然違いますね。彼女は比較的ガード緩めですけど基本受け身ですし、放課後になるとすぐ帰ってしまうので男子はまず近づけませんね。自発的に話しかけてる時点で特別ですよ」


「そうか……」


「それに、たぶんですけど先輩もそうですよね?」


「俺が何だって?」


「距離感ですよ。先輩ってきっと人付き合いとかドライなタイプなんじゃないですか? とくに異性に対しては」


「ああ……」


 だいたい合ってる。ドライというよりコミュ障のほうが正確だが。もしコミュ強だったら自クラスで居場所がないなんて事態にはならなかっただろう。


「飯山さんに対してはだいぶ優しいというか甘やかしてるというか。二人してそんな感じだから絶対付き合ってるものかと思ったんですけど」


「いや……まあ、俺が彼女に甘い自覚はあるし、彼女の態度も距離感近めかなーとは思ってたけど……」


「自覚あるのに関係良好ってもうデキてるじゃないですか……」


「デキてねーんだよこれが」


「ぶっちゃけ先輩は彼女のことどう思ってるんですか?」


「……好きだ」


「ラブのほうですか?」


 白状するのは気恥ずかしいが、俺は彼の胸の内を知っている。ここで誤魔化すのはフェアじゃないと思ったので筋を通すことにしよう。


「ラブのほうだ」

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