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第75話 女のプライド

~花音view~


「はあ~~……」


 私は温泉で溶けていた。

 あの後、私達は無事目的地の秩父温泉に到着し、とある旅館の温泉を日帰り入浴で利用していた。和の風情を感じる内装で、雰囲気だけでもとても癒される。

 寒空の下を何十キロも走り続けた身体に温かな温泉はこれでもかというほど染み渡り、まさに極上の快感に私は身をゆだねた。

 知らなかったな。自走してきて入る温泉がこんなに気持ちいいだなんて。自分の力で漕いできた先輩はこれにも増して効くのだろうか。女湯と男湯の入り口で別れたときの先輩が、湯船が待ち遠しい様子を隠さずウキウキ顔で暖簾をくぐっていったのを思い出す。

 先輩も今頃は温泉でとろけているのだろうか。あそこの壁の向こうで先輩が……一糸纏わぬ先輩が――


「ぴゃああああああ」


 頭をブンブン左右に振って邪念を振り払う。考えない。目の前は壁。ただの壁。

 ちょっとクールダウンしよう。露天風呂へと続くガラスの引き戸を開け、冬の外気に身を晒す。


「さむっ」


 クールダウンするには寒すぎて、急いで湯船まで移動して湯につかる。ややぬるめの温泉が心地いい。

 日の光で明るい露天風呂はミニ庭園風の内装を照らし出し、視覚も楽しませてくれる。

 気持ちいい……このままお湯になりたい。


「うおっ! 寒!」


「!?」


 不意に仕切りの向こう側から聞き慣れた声が聞こえてきた。もしかしなくても先輩である。


(先輩も露天風呂に入ってきた!?)


 耳をすませばジャブジャブという水音が聞こえる。この音が先輩の発する音なのかはわからないが、どうにも神経が集中してしまう。音だけなのに、やけにリアルにその存在を感じてしまう。先ほどまでリラックスしていた気持ちは一瞬で吹き飛び、ドキドキに変わってしまった。


(これ以上はちょっと無理っ!)


 私はそそくさと露天風呂から退散することになった。



 **



 いろいろあったがその後はしっかり温泉を堪能し、満足したところで私は脱衣所に戻った。

 バスタオルで体を拭き、下着を着てから持参した化粧水と乳液を肌になじませる。冬場の乾燥から身を守ること以前に女子としての必須アイテムだ。

 ふと、鏡に映る自分の姿が気になり、正面で向き合う。


 この身体を、人はどう描写するだろうか。

 なだらかな起伏のある肢体がそこにあった――ならばまだ御の字だろうか。

 つるぺた幼児体型なんて失礼な表現をする人もいるかもしれない。

 ただ、どうあっても『魅惑のグラマラスボディー』にならないことは悲しい現実だった。


 以前、とある美少女ゲームで私と似たような体格の設定をもつヒロインを見つけたことがある。シオンちゃんほどの完全一致ではないが、ニアピン賞の身長スリーサイズだった。しかしそこに併記されていたバストサイズはAと書かれていて驚愕した。

 私は一応Cカップある(B寄りだが)。低い身長や細いアンダーバストの効果で実態よりも過小評価される要素はあるものの、着痩せするタイプというわけではない。しかし外見はそのヒロインの水着CGを見た感じだいたい同じだ。世の男性にとって私のCカップがAカップ相当に見られていることの証左だった。

 オープンスケベなクラスの男子が「俺はCぐらいが好きだし」なんて言ってても、そのイメージはDかEカップぐらいのサイズを想定しているはずだ。男子の想像するカップサイズは空想の存在によって歪められている。


 ――シオンちゃんって大河兄の性癖全部盛りだから。あれが兄貴の理想体型だから。


 かつて泉美はそう言った。先輩を振り向かせたい私にとって希望の持てるセリフだったが、果たして鵜呑みにしていいものか。

 実際のところ、それは泉美の推測の域を出ないものであり言質は取っていないらしい。まあ兄妹でそんな開けっぴろげな会話は普通しないだろう。


 先輩はどんな女性に興味があるのか。普段の先輩が女性に対してどんな視線を送っているか観察したことがある。注意深く見ていると、結構私の体を見ている。というか他の女生徒の体も見ている。スレンダーな子もグラマーな子も分け隔てなくだ。

 これでは見境の無いスケベな人みたいだが、その視線の質は画家が胸像を見てデッサンするときのものと同質の、下心の無い目だった。九音もよく同じ目をしているのでわかるのだ。なんなら男子生徒の首筋や腕などにも同じ目を向けている。彼が根っからの画家なのが災いした。結局、この方法では何も判断ができなかった。

 というわけで私は今日、一計を案じることにした。


「これでよし……!」


 着替えも済んで髪も乾かし終えた。これから先輩が待っているであろうロビーへ戻る。

 その前にもう一度鏡に映る自分を見る。今の私のトップスは、来るときに着ていたダウンもセーターも着ないで長袖Tシャツだけである。かなりゆったり開けたUネックで、ブラ紐がギリギリ見えないところまで肌が見えている。タイトフィットなので体型がかなり浮き出ている。厚手の生地ではあるが、白色なので光の加減次第では下着の色が透けてしまうかもしれない。

 公共の場に出ても何ら問題ない身なりではあるが、正直恥ずかしい。個人的には限界ギリギリラインだ。ここまでやって先輩が誘惑されてくれなかったら、脈がないかもしれない……。


(でも今日は攻めるって決めたんだよ、私!)


 こんな色仕掛けみたいな真似をする必要があるのかとは私も思う。

 自惚れかもしれないけど、先輩は私に対して特別に扱ってくれていると思ってる。他の人より気にかけてくれるし、わがままも聞いてくれる。位置情報を共有するぐらい信頼もされてる。もしかしたら……なんて嬉しい可能性を期待しちゃうけれど、あの人はかなりのお人好しだ。「君のことは妹みたいに思ってる」なんて言われる可能性も充分あり得る。

 ちゃんと異性として見られているのか、今日ここで確かめなければならなかった。


 意を決して脱衣所を出て女湯の暖簾をくぐる。

 先輩は近くのベンチに座ってスマホを弄りながら瓶牛乳をすすっていた。お風呂上がりの先輩というレアな光景だが、肌の露出ゼロのサイクルウエアに戻っていたので残念ながら色気は無い。


「待たせちゃってごめんなさい」


「ううん。全然待ってないから。それに女の子はいろいろあるんでしょ」


 先輩の視線を観察する。薄着になったからか、私の体に視線が向くのを感じる。


「セーターは? 湯冷めしちゃわない?」


「ちょっと火照っちゃったのでこれでちょうどいいです。それに火照ったままバイクで走るとすごく冷えるらしいので、しばらくこのままで」


「なるほど」


 私は先輩の右隣に移動して同じベンチに腰掛ける。いつもより近く、ほんのちょっとだけつけてみた香水の香りが届くような距離で。

 スマホを見ていた目が一瞬だけチラっと私の方に向く。その視線は私のデコルテ……いや、角度的に谷間を見ているのかも? とっさに胸元を隠したくなる衝動を今だけは抑え込み、いつもより熱を感じる視線を甘んじて受け止める。すると先輩はそわそわし始め、さり気ない動作で私との間隔をあけた。


(これは……?)


 手ごたえを感じる。もっと押すべき? いっそ押し倒すべき? いやそれは冗談だけど。

 よし。押そう。


「先輩、何調べてるんですか?」


「ああ、浦山ダムまでの道順とか、あとこの後行く予定の豚丼屋さんとかをね」


「豚丼ですか! いいですね!」


「一度寄ったことがあるんだけど美味くて、また食べたいと思ってたんだよな」


「へえ、ちょっと見せてください」


 私は先輩がわざわざあけた距離を一気にゼロにして近づいて、身を乗り出すように先輩のスマホを覗き込む。


「か、花音さん!?」


「これが豚丼屋さんですか?」


「そう……だけど、ねえ、ちょっと」


「何ですか?」


「当たっ……いや、なんでもない」


 あててんのよ!


「わあ。美味しそうな豚丼ですね。お腹空いてきちゃいました」


「……だったらさ、もう行く? ほら、セーターとジャケット着てさ」


「えー。まだちょっと火照ってるからなぁ」


「いや、でもセーターぐらいは着たほうがいいんじゃないかな……」


「なんでですか?」


「なんでって……」


 しどろもどろになる先輩に構わず、気付かないふりをしてぐいぐいと体を押し付けてみる。すると先輩は面白いぐらい赤面して落ち着きがなくなっていく。


「ごめん。やっぱりもう行こうよ。豚丼屋並ぶかもしれないしさ。な?」


「えー。どうしましょうねー」


「コーヒー牛乳おごるからさ、なあ、頼むよ」


 もったいぶってみたら譲歩を持ち掛けられた。もう少し意地悪しても許されるかな?

 いたずら心を抱き始めたところで気がついた。先輩が不自然に脚を組んでいる。そわそわし始めたときに、ぎこちない動作で脚を組んでからずっとだ。

 そういえば思い当たることがある。それはラノベか何かで見た描写だ。男の人は()()()()のときに前のめりになるという。意味がわからなかったのでネットで調べてみたら、信じられないというか恥ずかしい真相をそのとき知ってしまった。もしかして、今の先輩も()()()()なのでは……?

 怖いもの見たさというか、好奇心というか、恐る恐る組まれた脚の付け根を覗き込む。しかし太い脚の腿だけでなく、これまた不自然に配された腕がガードしていて見えない。逆にこれが確信を得るに至った。


「わかりました。コーヒー牛乳ご馳走になります」


 先輩から小銭を受け取って身を引き解放してあげる。

 私はセーターを着込んでからコーヒー牛乳の自販機へ向かって歩き出す。


(やった! やった! これは脈ありだよね!?)


 チラっと先輩の方を見ると、あからさまに安堵した様子だった。

 はしたないことをしてしまったかもしれないが、私が女性として自信を持つには充分な体験だった。

 先輩を翻弄して獲得したコーヒー牛乳は、それはもう絶品だった。

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