第69話 恋文
~大河view~
とりあえず泉美が撮った俺の写真を花音さんに『お返しです』と書き添えて送信した。気恥ずかしいが、後は野となれ山となれ。
「ねーねー。さっきの花音の写真さぁ」
「お前さあ、そういうの見なかったことにしないか普通?」
「無理だよー。あたし見たのバレちゃったし」
「お前勝手に人のプライベート覗くんじゃねえよ。ぶっ飛ばすぞ」
「ごめんごめん。ああいや、本当にごめんなさい……」
殺気を飛ばすと慌てたように態度を改めて謝ってきた。今回のも割と地雷だが、もっと特大の地雷を見られていたらマジ殴りも辞さなかった。
「次からはやるな。やったら泣かす」
「うう……もうやんないから……。それはそうとあの花音の写真! 超かわいいじゃん! てかちょっとエロい! なにあれ、花音がくれたの?」
「……なんかお礼みたいな感じでくれたんだよ」
「いいなー。……ねえ大河兄、写真見て興奮した?」
「しねーよ! 馬鹿なこと言うな!」
「……ちらっ」
ちらっとか言いながら挑発的な顔で自分の服の襟元をはだけて見せつけてくる。最近またひとつ上のカップへ昇格したという胸を包んでいるブラの縁であろう黒いレースが少しだけ見えた。
「なにしてんだよ。てかどこ見てんだよ!」
露骨に人の股間を観察するな。妹なんぞで俺の俺は反応しねえよ。
「このロリコン」
「ロリコンちゃうわッ! そのセリフ花音さんに失礼だぞ!」
一般にロリの定義は小学生以下の幼女だ。低身長とか貧乳は関係ない。というか俺にも無礼千万なセリフだ。マジで泣かせてやろうかこいつ。
「大河兄って巨乳にあんまり興味ないよね」
「うるせえ。ノーコメントだ」
大洋とだってあんまり猥談しないのに、妹から性的嗜好を探られるとか嫌すぎる。しかも間違ってないのがムカつく。俺が一次創作しているせいか、そういう判断材料が漏れてしまうのだろうか。大洋もなんとなく察してるっぽいし。
ちなみに俺は大洋の性的嗜好をほとんど知らない。なんとなくお互い気恥ずかしくて、そういう話はアンタッチャブルなのだ。バストサイズの好みについては、あいつの推しキャラの傾向から見て中ぐらいが好きなのではないかと推測しているが果たして。
いや、そんなしょうもない話はさておき、泉美を見て気がついたことがあった。
「泉美、お前そのイヤホンなんで持ってるんだ?」
泉美の耳にはフルワイヤレスイヤホンが嵌っていた。こいつはフルワイヤレスイヤホンを持っていないはず。しかもこのイヤホンは俺が木犀祭で泣く泣く手放したあの賞品のイヤホンと同型だ。
「ああこれ? 浦野君がくれたの」
「はあ!? あいつ何してくれてんの!? お前もなんで受け取ったんだよ! 言っただろ、それは爆弾だって!」
このイヤホンは生徒会の木犀祭予算横領未遂品である。俺はもちろん、生徒会関係者並びに泉美を含む一部の木犀祭実行委員メンバーにとっては手元に置くことが許されない危険な代物なのだ。泉美にも、そして浦野君にもそのことは直接説明して納得させたはずなのに、なんてことをしてくれてるんだお前らは。
「あたしも浦野君もそれはちゃんとわかってるけど、でも浦野君がどうしてもって言うから」
「どうしてもじゃないんだよ。ヤバさわかってないだろお前ら」
「わかってるよ。だからこれはうちの中とか、学校の人と確実に会わないとこでしか使わない」
「……それならまあ、セーフかもしれんが、でも勿体ないだろ。使いどころ限られるじゃん」
在校生公認の所有者である浦野君ならどこでも大手を振って使用できる。いい物は存分に使ってなんぼだ。使用制限がつくような運用はイヤホンにとって不幸ではないのか。
「浦野君がさ、言ったんだよね。『これは先輩が秋谷さんのために戦って勝ち取ったものなんだから、やっぱり秋谷さんが持っているべきだよ』って。そんなこと言われちゃうとさ、断れなくって」
「……そっか」
浦野君、その言い方はずるいよ。
「大河兄に返してもいいけど、どうする?」
「いや、俺はいいよ。お前が使いな」
「うん、ありがと」
「ただし、絶対学校の奴らに見つかるなよ」
「安心して。これは家の中でしか使わないから」
不本意だが、本人達がちゃんと理解したうえでそうと決めたならこれ以上の口出しは無粋か。
それにしても浦野君、よくこれを手放せたな。俺だって横領疑惑がなかったら絶対自分のものにしてたのに、それも無しに譲り渡すなんて。いや、もしや彼なりの泉美へのラブアピールだったりするのか? しかし彼は精神的にも素でイケメンっぽいし、そういう下心無しでやってそうでもある。どっちなのか判断できんな……。
「泉美から見て浦野君ってどう?」
「浦野君? そうだねぇ、すごいなって思う」
小並感。
「まあ俺も付き合いは浅いけどすごいなとは思うわ。やっぱ彼はモテるのか?」
「んー……まあ女子の中でも話題に上がりやすいね。ちょくちょく誰だかが告ったらしいって話聞くし。でも噂だと他に好きな人がいるって言って断ってるらしいんだよね。誰なんだろ」
お前だよ。
「そうか。なんかそういう話聞くと彼も普通の学生なんだなって思うわ」
「大河兄もよくそんなこと言えるね」
「は?」
なんだよ突然。
「大河兄、浦野君のことかなり上げてるけど、その浦野君が大河兄のことをクラス内でも公然と尊敬してるんだよ? それ見て周りがどう思うかわかってる?」
「え、いや……」
「大河兄がクラス内でどういう扱いなのかは知らないけどさ、少なくともあたしのクラスではあの浦野君に自転車で圧勝して、あの浦野君が敬ってて、あの浦野君と仲良さげにご飯を食べてる先輩だよ。それだけで男女関係なく結構な注目度だよ」
「いや、えぇ……俺と彼はただの友達的な関係のつもりなんだけど……」
「はあぁ……花音もそうだけど、兄貴もわかってないなぁ……こんなしょうもないことでお似合いとかなんなの……」
「言ってる意味がわかんないんだけど……」
「そんぐらい自分で気づいてよ。言っとくけどあんま余裕ないからね。耳に入ればあたしが止めるけど、あたしのネットワークはあんま広くないから、変な横槍入る前に決着つけてよ。じゃあね、おやすみ」
「あ、おい」
意味深なことを一方的に言って、泉美は部屋から出て行ってしまった。
あいつは何が言いたかったんだ。俺と浦野君が交友関係を結んでいることにそんな注目される要素があるのか。確かに視線はかなり感じてはいたが、あれは上級生が珍しいからではないのか。
いや、あいつの言った台詞をよく考えろ。耳に入ればあいつが止めるとか、横槍が入るだとか、浦野君には誰か好きな人がいて、そして俺のことを尊敬していると公言している……はっ!? もしかして。
……BLだと思われてるのでは!?
それはマジでやばい。だって俺も彼も異性愛者で、それぞれちゃんと想い人がいる。それなのにホモ疑惑がかけられたらそれぞれの想い人があらぬ誤解が生じる可能性がある。
泉美はなんかもう俺のことについて勘づいてそうだから花音さんへの誤解はブロックしてくれそうだけど、浦野君の想いに気づいていない泉美が彼のことを誤解してしまったらヤバい。由々しき事態である。
俺は少し彼との距離感を見直したほうがいいのかもしれない。明日の昼飯は会室で一人で食うか。原稿もやりたいし、さっき花音さんに送った写真は既読が付いたまま何の反応も無くて今更気まずくなってきたし……。
「決着つけろ、か」
これの意味するところはさすがにわかる。花音さんに告白してこいと言うのだろう。どうしてバレたんだ。
あいつは花音さんと交友が深い。彼女は俺のことをどう思っているのだろう。泉美に聞けばわかるだろうか。
……いや、それは卑怯だ。禁じ手だろう。自分で考えるんだ。
少なくとも悪く思われてはいないと思う。彼女に対して何かして拒絶されたりはしていないし、結構仲良くやっている。特にお互い与えて与えられる特別な関係を築いたのだ。少なくとも俺はこれで意識することになったし、彼女も何か思うところがあればいいのだが……。
だめだ。人の心を考えても仕方ない。想像の域を出ないのだ。何をどうしても正面からぶつかるしか道は無い。
そもそも俺はあと四ヶ月で学校を卒業してしまう。卒業したら就職だ。学生としての恋愛を楽しめる時間は残り少ない。仮にお付き合いできたとして、学生恋愛できるのはほんのわずかだ。泉美に言われるまでもなく、それは早いほうがいい。でも勢いで済ませたくはない。俺はロマンチストなので。
手元を見る。目の前には原稿がある。これは彼女に贈るための大切な原稿だ。ならばこれをラブレターにしてしまおうか。うん、悪くない。いや、もうこれでいくしかない。締め切りがあれば否が応でも俺はアクションを起こせるのだ。『締め切り』という言葉は嫌いな言葉ナンバーワンだが、今回に限っては背中を押して……いや、尻に火をつけてくれる味方になる。
ありったけの想いを込めて原稿を描く。それを彼女へ捧げるのだ。もしこの想いが届けば最高だし、届かなかったら…………まあ、荒川に投げ捨てるか……。
「よし! そうと決まればこのプロットは捨てる!」
この同人誌は恋文として再構成する。今描いている下書きだけは生かして、他は練り直そう。
残り一ヶ月、かなりのタイトスケジュールになるが、やってみせる。
「今夜は長くなるぞ」
夜が更けていく中、俺は人生を賭けて机にかじりついた。




