第61話 unpublish
~大河view~
「どういうことだよ大河!」
朝食の席で卵かけご飯を食べながらスマホを見ていた大洋が、突然大声を上げた。
「なんのことだよ」
バター醤油ご飯を食べていた俺はしらばっくれて答える。
「ピクシブの絵のことだよ」
「耳が早いな」
「九音君からメッセージが来てて今知った」
彼女からのメッセージは俺にも昨日話を打ち切って以降大量に届いていたが、全て無視して寝た。大洋にまで飛ばしていたとは、無駄に大事にしやがって。
「どうしていきなり非公開にしたんだよ!? せっかく再開したのに」
「ツイッターで〈那イル〉と〈美青ドナ〉の関係に勘付いた奴が見つかった。公になる前に手を打った」
「……誰だ、そいつ」
「知らん。俺は当該のツイートを見てない。九音さんからの情報だ」
普段からエゴサしてるし、昨夜もあの後思いつく限りのワードで検索してみたがわからなかった。おそらく非常にひっそりとした投稿だったのだろう。
「見てないのにある前提でやったのかよ」
「九音さんは見たと言ったし、事実〈那イル〉に辿り着いた。それだけで充分だよ」
「だからって、何も非公開にすることないだろ」
「いや、元々少しでも予兆があったらこうするつもりだった」
〈那イル〉は亡霊だ。〈美青ドナ〉は亡霊に憑りつかれるまでの命だった。
「……新しい絵も、もう発表しないのか」
「ああ、しない」
「ッ…………!」
大洋が何かを言おうとして、しかし卵かけご飯と一緒に飲み込んだ。
きっと咀嚼しきれていない。ご飯も、感情も。
大洋は怒っている。しかし俺はその怒りに応えるつもりはない。
「……どうしても公開してほしいと言ったら、何を望む?」
「何も望まない」
「どうあってもか」
「公開してもいいけど、そのときは〈那イル〉の方をアカウントごと消す」
「…………」
大洋は今度こそ言葉を失い、ややあって、卵かけご飯をかき込んで席を立った。
「俺、今日は先に行くから」
「ああ、行ってらっしゃい」
「…………」
向けられる視線を無視すること数秒。大洋はリビングを出て行った。
ごめんな大洋。時計はもう戻らないんだよ。
大洋が玄関から出ていく音を聞きながら残りの朝食を食べる。
今朝のバター醤油ご飯は、ちょっぴり塩辛かった。
**
昼休み。俺は一年A組の教室で弁当を食べていた。最近はずっとこの教室で食べている。
最初の頃は誰だあの余所者はという視線を感じたものだが、いつの間にかすっかりこのスタイルが定着してしまい、今では奇異の目を向けられることがなくなっていた。むしろ居心地が良いまである。
あの木犀祭の後、自分のクラスでの俺は見下されるようなことはあまり無くなった。その代わり、主に男子を中心に腫れ物のように扱われるようになった。勝山に至っては完全に俺を避けている。というか俺の方からも避けている。あの勝負は遺恨を残しすぎた。もうさっさと卒業したい。
まあ結果として、居心地の悪さはあまり改善されなかった。
「昨日のプリキュレも面白かったですね」
「ああ、キュレパンドラの登場は思わずリアルで叫んじゃったよ」
「え、先輩ってプリキュレ観てるんですか」
隣で驚きの声をあげたのは天空神君こと浦野君だ。
女の子二人に囲まれての食卓に若干いたたまれなさを覚えていた俺は、木犀祭の後からこの面子に浦野君を巻き込んだ。
浦野君にはいつも食事を共にする男友達がいたようだったが、なにやら頑張れよと言われながら送り出されてこちらに加わることになった。おそらく仲間内では彼は想い人のことをカミングアウトしてるのだろうか。頑張れ浦野君。俺からのアシストはセッティングまでだ。
「俺はプリキュレ歴十二年目のベテランだぞ」
「どうしてそんなに? あ、もしかして秋谷さんの影響ですか?」
「あたしは小さい頃は観てたけどとっくの昔に卒業したし。今うちでプリキュレ観てるのは兄貴だけだよ」
「あ、そうなんだ……」
初めは泉美に付き合う形で観ていたプリキュレだが、俺は泉美がプリキュレを卒業しても視聴を継続していた。興味を失った妹を差し置いて小学校高学年になってもプリキュレを観続ける俺を、両親は不思議そうな顔で見ていた。
「プリキュレはいいぞ。プリキュレは道徳の教科書だ。君も観ると良い」
「あ、はい。考えてみます」
「兄貴の言葉は真に受けなくていいから」
「泉美、俺の布教活動を妨害しないでくれないか」
「そうだよ泉美。プリキュレはいいお話なんだから」
「ああ、花音が兄貴の軍門に堕ちてた……」
花音さんはいつもと変わり無く俺との会話に乗ってくる。
昨夜の一件は九音さんを通じて間違いなく耳に入っているはずだが、全く触れてこない。この場に泉美や浦野君がいるからだろうか。しかしメッセージも何もないし、本当に気にしていないのかもしれない。
こんな風に和やかに食事をしているときだった。
「先輩」
唐突に花音さんに似た声が別の方向から聞こえてきた。声のする方向を見れば、九音さんが仁王立ちしていた。
「放課後、生徒会室に必ず来てください」
有無を言わせない言い方だった。
「今日は生徒会活動は無いはずだが」
「別件です。わかってますよね?」
別件ね。わかってますよ、ええ。
「そんなことを言うためにわざわざここへ?」
「だったら既読スルーしないでくれませんか!?」
「ああ……悪い」
最初は興味深そうにこちらを窺っていた教室内の生徒達だが、不穏な雰囲気を察して見て見ぬふりをしていた。
「とういうことで来てくださいね」
「わかった、行くから。とりあえず今は退いてくれ」
「約束ですよ」
一応は納得したのか、九音さんは教室から出て行った。
やれやれ、もう平和に解決しそうに無いなこれは。
「先輩、行くんですか?」
「まあ、さすがにこれを反故にしたら後々面倒になるからな」
「なら私も行きます」
花音さんが同行を申し出た。タイマンはちょっとしんどそうだったから助かる。
「先輩、飯山さんの妹と喧嘩してるんですか?」
浦野君が恐る恐るといった感じで問いかけてくる。
「ちょっと音楽性の違いで」
「音楽やるんですか?」
「いや、それは冗談だから。音楽関係ないけどまあ、いろいろあって」
「……修羅場?」
「何考えてるの君。全然違うから」
「すみません……」
ちょっと強めに否定したら普通に謝られた。
さて、放課後か。厄介事とはいえ、こうなった以上避けては通れぬか……。
**
「お待たせしました」
午後の授業をサボって生徒会室に居座っていた俺のもとへ双子姉妹がやって来た。もう放課後か。
「いらっしゃい。何か飲む?」
「今日のところは結構です。それより話してもらいますよ」
「一杯淹れさせろ。長くなりそうだからな」
「話してくれるんですね?」
「ああ」
「……ブラックで」
「はいよ。花音さんはホットミルクでいい?」
「はい」
俺はご注文の品を用意して各々に配膳する。俺は自分用のホットミルクにガムシロップを垂らしてかき混ぜる。甘いミルクの香りが広がり鼻腔をくすぐる。
「どうしてイラストを非公開にしたんですか」
九音さんはコーヒーに口を付けずに切り出してきた。
「あのイラストが〈那イル〉と紐付けされると迷惑だから先手を打った。それだけ」
「それだけって……意味がわかりません。何が問題なんですか」
「〈那イル〉は死んでる。死人に憑りつかれたら〈美青ドナ〉もすぐに冥界へ取り込まれる。死に至る病から隔離したまでだ」
「〈那イル〉が死んでるってどういう意味ですか。〈那イル〉の絵、昨日全部見ました。いくつかは見覚えもある……昔習作にしたこともある絵がありました。あれらが墓石だなんてあんまりな言い方です」
「ははは。神絵師様の習作に使われていただなんて光栄だな」
「話を逸らさないでください。〈那イル〉に一体何があったんですか。どうして死んだなんて言うんですか」
「知りたいか?」
「話してくれるまで帰りませんし、帰らせません」
強い口調と視線だ。まるで凶器のようだ。
痛い。古傷を抉るのはやめてくれ。しかし、後輩の前で泣き言をもらせないのは辛いところだ。
痛みを誤魔化すようにホットミルクを口に含む。温かで優しい甘みが喉をコーティングしていくように通過する。少し落ち着く。
「教えてやるよ。〈那イル〉のことを」
今から話すことを聞いて、彼女は何を思うだろうか。何と言われるだろうか。
せめてお手柔らかに頼むよ。
「話は〈那イル〉誕生前、俺が小学生だった頃に遡る――」




