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第60話 パンドラの箱

~九音view~


「あれ、このキャラ」


「なんか見覚えあるわね。再登場?」


 敵の罠に嵌められてピンチに陥っていたプリキュレ達のもとに、モチーフであろう濃紺が印象的な非レギュラーのプリキュレが助っ人に現れた。

 ツイッターでプリキュレのハッシュタグを辿ってみると、一斉に『キュレパンドラきたー!』といった投稿がたくさん寄せられている。

 キュレパンドラ……ちょっとググってみよう。


「六世代前のプリキュレみたいね。私達が観てない頃のか」


 私達のプリキュレ卒業はもう八か九年前だから、その後のシリーズだった。


「ちょっとダークヒーローっぽいビジュアルだね」


「敵だったのが途中で寝返った追加戦士みたいよ」


「なるほど」


 ツイッターでキーワード検索してみると、今日の放送のスクリーンショットや再登場を喜ぶ投稿に混ざって、過去に投稿されていたファンアートなども見つかった。

 さすが大人気タイトルなだけあってか、見応えのあるファンアートが豊富に取り揃えられている。


 ちょっと見入ってしまい、画面を何気なくスクロールしていったときだった。

 妙な既視感を感じたのだ。

 小骨が喉に引っ掛かるような違和感を感じて、それを解消するために通り過ぎた画面を引き返した。

 その小骨は画像付きのこんな投稿だった。


『なんとなくこのキュレパンドラの人っぽく感じるんだよな』


 添えられていた画像はキュレパンドラのファンアートだった。

 気品と威圧感があり、このキャラをよく表現したイラストで惹きこまれるようだった。

 しかしこれが気になったのは目が惹かれたからではない。


 既視感だ。

 この顔のパーツの配置、瞳の彩色の癖、髪の房の細かさ。見覚えがある。


 当該ツイートの投稿主はどこにでもいるアニメファンのようだ。文面からしてもこの人の絵ではない。いわゆるエアリプのようで、独り言の体裁で何かに対する感想を述べている。フォロワー数の少ないアカウントであることとエアリプであるからか、リツイートもリプライもされていないひっそりとした投稿だ。

 投稿自体が古いため、何に対してエアリプしているのかはわからない。でも、この投稿が()()()()()()()ということが私の推論を確信に近づける。それはあのバズり騒動の頃と符合するのだ。

 そして、今この場には超級の鑑定士がいる。反則技を使わせてもらおう。


「ねえ花音。この絵なんだけど」


「ん? なに?」


 スマホの画面を花音に向け、花音はそれを覗き込んだ。


「あれ、先輩の絵だ。シオンちゃん以外の絵って珍しいね。どうしたのこれ?」


 ……(クロ)だ。

 花音ですらそう思うのならもう間違いない。

 画像検索で引用元になったアカウントを探すと、あっけなくそれは見つかった。


「……見つけた」


「見つけたって……ねえ、まさかそれ……」


「やっぱりあったわね」


 そのアカウントは三年前の投稿を最後に更新を停止していた。にもかかわらず、そのフォロワー数は未だ十万を数えた。


「これが先輩の"前世"……」


 ギャラリー欄を埋め尽くす膨大な量のイラストを見る。色とりどりのそれらは、間違いなくこのアカウント主によって描かれたものだろう。


 〈()イル〉

 それが彼のもうひとつの名義だった。


 〈那イル〉の活動開始は六年半前だった。その正体が先輩であるならば、当時中学一年生。件のキュレパンドラの絵はデビューから間もない黎明期のもののようだ。

 活動休止までの三年半で、二百枚以上のイラストを世に送り出している。恐ろしい量産ペースだ。

 そのほぼ全てが二次創作の美少女イラストだった。ほとんど一次創作の〈美青ドナ〉とは異なる。

 絵柄は一貫性があまりなかった。初期の絵と最後期の絵とではずいぶん違う。最後期の絵だったら〈美青ドナ〉と同一人物だとは思わなかっただろう。〈美青ドナ〉の絵柄は〈那イル〉初期のものに近かった。

 確かめなければならないことだらけだった。



 **



『(九音)先輩、那イルですよね』


 夜、私は先輩へメッセージを飛ばした。

 なかなか既読が付かなかったが、だいぶ経ってから返信が来た。


『(大河)泉美か大洋が言ったのか』


 否定されなかった。やはり〈那イル〉は先輩で間違いなかった。

 泉美や大洋さんにも先輩の前世を問い質したことがあったが、二人とも無いの一点張りだった。やはり口止めされていたのか。


『(九音)いいえ。ツイッターでそういう投稿を見かけたので』


『(大河)なるほど』


『(九音)先輩、やっぱり神絵師だったんですね』


 三年も止まったままのアカウントにまだ十万ものフォロワーが残っている。最盛期は一体どれほどだったのだろうか。


『(大河)神ならとっくに死んだよ』


『(九音)死んでなんていない。美青ドナとして蘇っているわ』


『(大河)あれは自転車小僧の底辺絵師だよ』


『(九音)そんなの詭弁じゃないですか』


 名義(のれん)を変えたところで中の人は同じなのだ。


『(大河)詭弁じゃない。那イルだって神絵師じゃなかった』


『(九音)それは私に対する当てつけですか』


 今の私のフォロワー数は八万六千。普段私のことを神絵師だと言いながら、〈那イル〉はそれ以上のフォロワー数を持っていた。


『(九音)たったの八万そこそこのフォロワー数で神絵師を気取っていた私のことを、どうせ先輩は嘲笑っていたのでしょう』


『(大河)そんなことはない。まず俺には人の上位に立って愉しむ趣味はない。勝山とやりあっていたときの俺から愉悦は感じたか?』


『(九音)いえ』


 あのときの先輩は不気味なほど感情が見えなかった。勝利の喜びも優越感も達成感も、なにもかもそこには無かった。


『(大河)それに俺はお前が神絵師に相応しいと思っている。八万という数字はまだ増加中の過渡的なものにすぎないし、お前の技量はフォロワー数で比べるものじゃない』


 メッセージの入力欄でバーが点滅している。返答に困るコメントに、私は何も入力できない。


『(大河)那イルのことは忘れろ。あれはもう墓石みたいなアカウントだ』


 どうして。

 聞きたいことが山ほどある。口からならいくらでも出そうだが、それを文章にすることができなかった。


『(大河)じゃあ俺は寝るから』


 指の動きが止まっているうちに、先輩は話を打ち切ってしまった。

 まあいい。明日になれば学校がある。そこで問い詰めることにする。


 ピクシブを開いて〈那イル〉のアカウントにアクセスする。

 投稿数もブックマーク数も舌を巻くレベルだ。これが神絵師でないのなら何なのだ。

 美麗な絵が並ぶ。先輩はこれらを墓石と言った。ネガティブな表現だ。

 投稿を断った三年前、先輩に一体何があったのだろうか。これらの絵が災いになったのだろうか。


 しかし彼は絵をやめた訳ではない。〈美青ドナ〉の方で細々と続けている。少なくともあちらの絵は墓石ではないはずだ。ならば〈美青ドナ〉の絵は何だろうか。彼にとって希望になるものだろうか。

 花音は〈美青ドナ〉の絵に導かれた。それは間違いなく良いもののはずなのだ。


「〈美青ドナ〉の絵か……」


 〈那イル〉と〈美青ドナ〉、何が違うんだろう。

 見比べようとして、気がついた。


「え……?」


 〈美青ドナ〉のピクシブアカウントで公開されていたイラストが閲覧できなくなっていた。

 最近までは普通に見られたはずだ。まさかさっきのやり取りの直後に非公開にしたのか。


「どうしてこんなことを……」


 パンドラの箱は閉じられてしまった。よりにもよって、希望(エルピス)をもたらしていたほうの箱を。

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