第58話 ヴェルディ/アイーダ『凱旋行進曲』
~大河view~
演奏が終わった。いや、『四分三十三秒』の演奏だなんて茶番に等しいのだが、とりあえず終演した。
もう体力はすっからかんだった。酸欠で視界はぼやけ、もう周りの声を聞き取る気力もない。
つーか今更だけどあいつに向かって言った呪詛が痛てえなぁ。あれ幾分か俺にもブーメランなんだよな。実体験からくる教訓ってやつ? 人を呪わばなんとやらか。頭に血が上って黒歴史を増やしちまったな……。
ハンドルにもたれかかってゲッソリしていると、一本のペットボトルが投げ込まれて足元に転がってきた。
俺は急いで靴を固定するストラップを外し、転がり落ちるように降車してペットボトルの水を一気飲みした。マジで生き返る。誰だこれを恵んでくれた神は、と思って辺りを見渡してみると、大洋が手を挙げていた。さすがだぜ兄弟。
『優勝は秋谷大河選手! 圧倒的な勝利でした! 皆様、盛大な拍手をお贈りください!』
水を飲んだら落ち着いてきたので立ち上がって辺りを見渡す。
やかましい拍手を聞き流しながら横を見る。
勝山はストラップを外す余裕もないのか、靴ごと脱いで降車した。が、その瞬間に脚が攣ったらしく無様に崩れ落ちた。
その様に見かねたのか、客席から仏頂面の女生徒がやってきて介抱を始めた。彼女が例の女マネか? お熱いことで。
「なあ、そこの彼女さん。ここにいていいのは勝者だけだ。さっさとそいつを連れ帰ってくれ」
「…………」
なにか言いたげにしていたが、女生徒は勝山に肩を貸して去って行った。……っておい、ペダルに靴が残ってるぞ。まあいいか。忘れ物として実行委員に預けよう。
『優勝した秋谷選手には最新のフルワイヤレスイヤホンが贈られます! おめでとうございます! それでは今のお気持ちを!』
マイクを差向けられる。さて、もうひと仕事するか。
「皆様応援ありがとうございました。おかげでこうして優勝することができました。しかし、ちょっとやりしぎてしまったようです。もっといい勝負になると思っていたのですが、蓋を開けてみれば自分はオープン参加のエキシビジョンで出場するのが妥当だったと思います」
もっといい勝負になるとは全く思っていなかったが。なんか今日は嘘ついてばっかりで嫌になるな。
「なので、俺はこの賞品を受け取るべきではないと思いました。そこで、俺が今日戦った中で最も手強かったライバルへこれを贈りたいと思います。一年A組の浦野君! 壇上へ来てください!」
突然指名された浦野君が驚きの表情をする。
「えっ? あ、はい!」
彼は小走りでこちらへとやって来た。戸惑う様子が手に取るようにわかる。
俺は構わず彼の目を見て言うべきことを言う。
「君は俺が強敵であることを知りながらも果敢に立ち向かい、限界まで追い込む不屈の闘志を見せてくれました。そんな君に対して不誠実な走りをしてしまったことを謝罪したい。今日の真の勝者は君だ! イヤホンは君が受け取ってくれ!」
「何を言い出すんですか先輩! 受け取れませんよ!」
「いや、君にこそ受け取ってもらいたい。観客の皆様、彼のスポーツマンシップを讃えて盛大な拍手を!」
暖かな拍手が沸き起こる。観客を煽動して断りづらい空気を作り、無理やり受け取らせる。
これでイヤホンを正式に手放せた。
俺が生徒会関係者であることを知らない生徒は多いが、公にされていることだ。そしてこのZフィット大会は生徒会と実行委員会の合同企画である。
ちょっと勘のいい生徒ならそれに気がついてこう思うだろう。生徒会は賞品を横領したと。
俺が最後まで僅差の接戦を演じきれば弁明の余地があっただろうが、完全な圧勝劇を披露してしまった。実際八百長まがいの出来レースだったし、横領の下心もあったので非常にマズい。
なので、美談にして生徒会に関係の無い浦野君に可燃物を押し付けてしまえという訳だ。
「あの……先輩、本当に俺が貰っちゃって良かったんですか?」
「いいっていいって。遠慮せず持って帰ってくれ。それに君が凄いと思ったのは本心だから」
「あ、ありがとうございます!」
「ああ、それと……」
俺は浦野君の耳元に近づき、小声で伝える。
「泉美のことだけど、あいつって自分自身に自信が無いっていうか、成功体験の少ないやつでさ。たぶん俺達兄のせいなんだろうけど……でも俺達じゃもうどうしようもできなくて。だから君みたいな凄い人があいつを認めてやってくれたらあいつにとって良いことになると思うし、振り向いてくれるかもしれない。だからまあ、なんだ。頑張ってね」
「先輩……」
「はいじゃあおしまい! 司会さん締めちゃって! もう時間ないよ!」
『え、あ、はい! それでは以上をもちましてZフィット大会を終了します! ありがとうございました!』
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「やっぱ先輩はすげえっす! 感動ですッ!」
「うるせえよ武藤。いい加減リピートやめろよイジメか」
木犀祭は成功裏に閉会した。今は後片付けとして生徒会一同で生徒会室にたむろっている。
自分たちの片付けは終わっているが、監督役として実行委員会からの完了報告を受けるまで待機となっている。ちなみにスマトレは大洋がクルマを回して回収してくれた。
そして武藤は内城が撮影した俺の動画を何度も再生しては気色悪い感想をぶつけてくる。当てつけにしか感じない。
「でも前哨戦で啖呵を切るところとか、あと本気で走る前の口上とか痺れます! 最高っす!」
「そこ一番消したい黒歴史なんだけど。もうそのスマホ叩き割っていい?」
隣の内城が首を全力で横に振っている。一応お前も共犯者だからな。容赦しないぞ。
「でもイヤホンあげちゃって本当に良かったんですか?」
「だからさっき説明したろ。あれはもう生徒会にとって爆弾なんだよ。あれでいいんだ」
本当はよくない。めっちゃ欲しかったよ俺の四万円のイヤホン。
「そしたら先輩は骨折り損のくたびれ儲けです。さすがに四万円のは無理っすけど、俺の小遣いからできるだけ良いイヤホン買いますよ!」
「やめろよ。後輩から高級品を巻き上げるだなんて嫌だよ俺は」
「それだと俺は先輩になにもしてあげられません」
「その動画を消してくれたら嬉しいんだけど」
「いえそれは無理です」
俺は盛大に舌打ちした。
「まあまあ先輩、今日は許してあげましょうよ」
「いいかい花音さん。遺憾の意は適度に表明しておかないと相手はつけあがるんだよ」
「まああれだけ頑張ってくれた先輩がタダ働きなのはかわいそうですし、私が先輩にいつものご褒美を差し上げますよ」
「いつもの?」
武藤が疑問符を投げる。
俺も何のことかと思ったが、思い当たる節は一つしかない。
まさかと思ったが、そのまさかで花音さんは部屋の死角になるところからヴァイオリンケースを取り出してきた。
「それを学校に持ってきていたなんて……」
学校ではヴァイオリンが弾けることを伏せている花音さんが、これを持参してくるなんて思わなかった。
「幻の花音さんのヴァイオリンが聴けるだなんて……」
武藤がそう言うのも無理はない。二年生組は花音さんがヴァイオリン弾きであることは知っているものの、演奏は一度も聴いていない。もはや幻扱いである。
彼女はさっさと準備を整え、簡単に音の調子を確認してから姿勢を正した。
「先輩、今日は本当にお疲れさまでした。私たちの問題を解決してくれて、そして泉美の約束を守ってくれて、本当に感謝しています。全て先輩でなければできないことでした。こうして応援することしかできない不甲斐ない後輩で申し訳ありませんでしたが、せめて労わせてください」
花音さんが深く礼をし、それに続くように他の生徒会メンバーも頭を下げた。
「先輩の今日の勝利に、この曲を贈ります」
そうして、彼女のヴァイオリンは高らかに勝鬨の音を響かせた。
アイーダ『凱旋行進曲』
アイーダというオペラ曲の中で最も有名な一部分だ。サッカーの応援歌としても有名だろう。
この曲ではこれを吹く専用の、アイーダ・トランペットという管がほぼ一直線のトランペットを用いて演奏されるが、その印象的なファンファーレをヴァイオリンで奏でている。
この凱旋行進曲の節は、エチオピア軍を退けたエジプト将軍ラダメスが軍勢を率いて凱旋する場面である。
勇ましい祖国の英雄を讃えるにふさわしい気高い音だが、俺にはもったいないな。
「先輩」
「ん?」
ヴァイオリンを弾く手を止めずに話しかけられる。
「今日まで、星が躍るような日々でしたね」
「星か」
ナイルのデルタを治める偉大なファラオに
祝典の賛歌を捧げよう
月桂樹や蓮の花で編まれた月桂冠を
勝利者たちの頭上へ
優美に満ちた多くの花々を
勇士たちの道具に覆いかけましょう
踊りましょう エジプトの娘たちよ
神聖なる輪舞を
太陽の周りを天空の多くの星々が躍るかのように
「ええ、とても綺麗な星々です」
いと高き審判者がもたらした勝利にまなざしを向けよ
神々への感謝を捧げるのだ この喜ばしい日に
太陽の周りを天空の多くの星々が躍るかのように
【筆者注】
第六章、完。
ようやくメインプロットの半分が終わりました!(え、まだ半分?)
組曲惑星シリーズはこの章までに海王星だけ書ききれなかった……。追い追いねじ込みます。いまのところネタが無いけど。海王星って星としても曲も副題もストーリーに絡めづらくて鬼門。




