第54話 木犀祭 決勝トーナメント初戦
~大河view~
俺は一旦観客席側へ戻って舞台を観戦していた。
近くには大洋と、会場内で合流した泉美と双子姉妹がいる。
「今の、どう見る?」
大洋が話しかけてくる。最初の対戦は先ほど終わっていた。もちろん勝山が勝ち上がった。
「平均したPWRは三・五倍ってところだった。顔色を見るに一割はセーブした様子だろうから、実力は予想通りだろうな」
奴が一時間持続可能なPWRは最大でも二・八倍が上限だろう。そこからパワーカーブで逆算すると、三分間の持続可能な上限はおそらく三・九倍だ。ちなみに俺なら三分どころか一時間半以上でも連続で出し続けられる。
「ふーん。手を抜いてきたか」
「おそらく決勝を見据えて体力を温存してるんだろう。いずれにせよ、底は見えた」
俺は踵を返す。
「もう行くのか」
「大河兄、行くの……?」
泉美が不安を隠せていない声で言う。
今日はこれまで一度も泉美に話しかけられていなかった。いや、泉美は俺から話しかけられるのを待っていたのだろうか。
泉美の胸中にはなんとなく気付いていたが、あいにくと俺はそんなにできた兄ではなかった。
「ああ、行ってくる」
「そう……」
泉美の視線を無視して舞台袖へ向かって歩き出す。
少し歩いたところで、誰かに服の裾を引っ張られた。
「先輩、少しだけついて行ってもいいですか」
花音さんだった。俺の体育着の端っこを小さな指で掴んでいる。
「ああ、構わないよ」
「では失礼して」
俺の横に並んで歩きだす。
お互いしばらく無言だったが、先に花音さんが口を開いた。
「泉美の話、聞いてくれましたか」
「まあ、約束だったからな」
「そうですか。ステージも観たんですよね」
「ああ、観たよ」
「感想は言ってあげないのですか」
「…………」
お節介な子だ。友達想いなのはいいが、今回ばかりは俺が困ってしまう。
「言ったほうがいいっていうのは、わかってはいるんだよ。でもさ……」
「でも?」
「恥ずかしいんだよな。あいつと真面目な話をするの。卑怯だよな。あいつは昨日真面目に話してきたのに」
「卑怯ですね」
「う…………」
ぐうの音も出ない。
「どうしますか。今からでも話してあげては」
「いや、もう遅いよ。それにもう答えは出てるんだから、あとは見せてやるだけだよ」
「ちゃんと見せてくれるんですよね?」
「ああ、見せてやる。卑怯なことをした分も上乗せしてやるから、せめて目を離さないでくれるといいな」
「絶対ですからね」
「ああ、任せろ」
「では、ご武運を祈ります」
そう言うと、花音さんは歩みを止めて俺を見送った。
俺は歩みを止めずに進むと、目の前に背の高い金髪男がいた。
「よおパイセン。まさか本当に予選を突破したんだな」
「こんにちは勝山君。準決勝進出おめでとう」
スポーツタオルで軽く汗を拭いながらも余裕の表情をした勝山に、俺はポーカーフェイスで応じる。
「どうやって予選通過した? チートか? 買収でもしたか?」
「まさか。実力だよ」
「フン、まあいい。でも残念だったな。俺と戦う前にあの浦野がいるぞ」
「彼ってそんなに強いの?」
「俺なら勝てるが、パイセンには厳しいんじゃねえの?」
「千五百で負けてるのに自信あるんだねぇ」
「ッ……」
舌打ちが聞こえてきた。アンガーコントロールが甘いよ君。
「まあ決勝に上がれるように頑張るよ。勝山君も頑張ってね」
「俺は頑張る必要なんてない。パイセンには俺が決勝で浦野をボコるとこを見せてやるから楽しみにしてな」
そのまま勝山は観客席の方へと消えていった。無駄に挑発しすぎたか? まあいいか。
「先輩」
「ん?」
振り向けば、先ほど別れたと思った花音さんがまだ残っていた。今のやり取りを見られていたのかもしれない。
「あんな人はシュムイレです。気にしないでください」
「シュムイレ?」
何のことかわからなかったが、俺の疑問に答えるように花音さんは鼻歌を歌い出した。
しばらく聴いていると何が言いたいのか理解したので、俺も鼻歌でアンサンブルする。
『サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ』
ムソルグスキー『展覧会の絵』の中の一曲だ。裕福で傲慢な男サムエルと、貧しく卑屈な男シュムイレの会話を表現したというもので、威圧的な低い音と泣き声のような高い音とが混ざり合う。
「あいつがシュムイレなら、俺はサムエル?」
「もちろんです」
「俺は太ってないんだけど」
サムエルは肥満だ。
「そうじゃありませんよ。強者です」
「冗談だよ。まあそうだな。あんなやつは弱者だ」
傍から見れば俺のほうがシュムイレに見えるんだろうけどな。
「頑張ってきてください」
「ああ、ありがとう」
今度こそ花音さんは戻って行った。
安心してくれ。俺は全然大丈夫だ。
サムエルはシュムイレの叫び声なんて意に介さないのだから。
~大洋view~
「始まりますね」
花音君がつぶやく。
舞台中央に二台並べられたスマートトレーナーには大河と、予選三位だったというバドミントン部の二年生が乗り込んで準備をしている。
大河はサドルとハンドルを自分にベストな位置に変更し、靴をペダルにトークリップでキツく固定していた。いつもならビンディングペダルで固定するのだが、今大会では普通の靴でも固定できるようにストラップで締められるトークリップ式にされているようだ。
舞台後方には巨大なスクリーンが広げられて、プロジェクターでZフィットの画面が映し出されている。画面上には自転車に乗ったアバターが二人整然と構えており、スタートの態勢に入っている。
照明が落とされスポットライトがライダーに集まる。無駄に演出が凝っている。
『両選手準備が整ったようです! それでは試合を開始しましょう! スリーカウントで参ります!』
「覇ッ!」「…………」
気合の入った声で喝を入れる対戦相手と対照的に、大河は無表情のままだ。
さて、あいつは何を見せてくるだろうか。
『スリー! ツー! ワン! スタート!』
両者一斉にスタートダッシュをかける。体育館全体がまるでゲームセンターのようにカラフルな照明効果で彩られる中、スクリーン上のアバターが同時に飛び出していく。
画面上にはリアルタイムのパワーが表示されている。瞬間的にはPWRが十倍に達するが、トップスピードに乗ったところからは下落して巡航ペースに落ちついていく。
パワーは両者とも三・五倍を示した。僅かに相手選手が前に出ている。
「先輩が後ろ……?」
九音君が不思議そうに言う。
大河は相手選手の真後ろに縋りつくようにしている。いわゆるツキイチというやつだ。
実走の場合なら空気抵抗を減らして楽ができるポジションだが、今回はバーチャル走なのでその恩恵は無い。
ただし、相手にプレッシャーは与えられる。
「先輩、なんか辛そうに見えますけど大丈夫なんですか?」
「体の動きがブレてます」
双子姉妹が言う通り、大河は必死の形相でペダルを荒々しく回し、息も荒くなっている。
「あれは仮病だな」
「仮病?」
「ハッタリなり何なりで相手を騙すやり方だ。あいつはまだ実力隠しておくつもりだな」
「大河兄……」
泉美がか細い声を漏らす。
「別にあいつが完全に手を抜いてるわけじゃない。駆け引きは自転車レースの一部だ。心理戦も駆使して決勝に備えてるんだと思えよ」
「…………」
瞬きもせずに真っ直ぐ前を見つめる泉美と双子姉妹。
彼女らの視線の先でレースは動き続ける。五パーセント前後の登り勾配を模したコースをバーチャルライダーが駆け上がっていく。その勾配に応じて再現された負荷が両者のペダルに掛かっているはずだ。
「相手がペースアップした!」
苦しそう振る舞う大河を見てチャンスと思ったのか、あるいは格下と見ていた相手に拮抗されて焦ったのか、相手選手はスピードを上げた。しかし大河もそれに合わせる。
スピードはすぐに戻り、二人の位置関係は変わらない。このままギリギリまでツキイチで行くつもりか。
不発に終わったアタックの影響か、じわじわとペースが落ちていく。相手はキツそうだ。
『残り三十秒!』
接戦のままゴールスプリント勝負にもつれ込むという展開にギャラリーが盛り上がる。
しばらく睨み合い状態だったが、ここで相手選手が先に仕掛けた。が、体力の限界が近いのかキレがない。
決め手に欠ける相手を大河のゴールスプリントが襲い、そのまま差し切ってタイムアップを迎えた。
『勝負あり! 激しい接戦をギリギリで征したのは秋谷選手ー!』
「勝ったな」
「勝ちましたね」
迫熱したバトルに観客は大盛り上がりだが、根っからの大河サイドである身内組の反応は淡白だった。泉美に至っては無言である。
戦いを終えた両者は肩で息をするほどの様子だったが、大河の方はほとんど汗をかいていなかった。
【筆者注】
朗報:章タイトルの回収に成功。




