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第53話 天王星 魔術師

~大河view~


「秋谷先輩ですよね」


 泉美のステージが終わって体育館を出たところで、聞き覚えの無い声で名前を呼ばれた。

 声の主は整った顔立ちの男子生徒だった。やはり見覚えは無い。


「そうだけど、君は?」


「俺は一年A組の浦野(うらの)須佐(すさ)といいます」


 泉美と花音さんのクラスメイトか。


「浦野須佐君か。変わった名前だね」


須佐之男命(スサノオノミコト)のような英雄に育ってほしいと両親に祈られまして」


「へえ。良い名前だね」


「ありがとうございます」


「泉美のクラスメイトが俺に何か用? というかよく俺がわかったね。大洋もいるのに」


 俺の隣には大洋がいる。二卵性なので瓜二つとまではいかないが、面識のない人間が見分けるのは難しい。もっとも、どちらか片方と一ヶ月も付き合えば見分けるのは容易だ。


「先輩は最近よくうちのクラスへ来ていたので」


「あー……」


 花音さんに半ば強引に昼飯に誘われて以降、鍵を借りに行くたびになし崩しというかそんな感じで教室内に引き込まれては弁当をつついたり、雑談に付き合ったりしていた。そのせいであのクラスに馴染み始めてしまったらしい。それを聞いた隣の大洋も俺に意味深な視線を送ってくる。


「うん、わかった。用件を聞くよ」


「今日のZフィット大会、俺は予選二位で通過しました。先輩とは準決勝で当たります」


「あ、もしかして君が"二強"の陸上部エース君か」


「はい。二強なんてちょっと恥ずかしいですが」


 今大会は勝山と一年生の陸上部エースの二人が優勝候補とされていた。どうやら目の前の彼がエースその人のようだ。勝山に中距離走で勝ったらしいのだからかなりの実力者なのだろう。よく見れば体のシルエットはよく引き締まっている。イケメンだなぁ。


「でも準決勝で当たるかな? 俺は初戦敗退かもよ。予選六位の俺の最初の相手は三位のやつだし」


「謙遜しないでください。先輩が優勝するんでしょう、この大会」


「…………!」


 聞き捨てならない台詞が飛び出してきた。

 俺の実力を知る人間は学校内ではほんの一握りだ。大会関係者には緘口令(かんこうれい)を布いているし、勝山を油断させるために予選も手を抜いた。リーク元はどこだ?


「あ、大丈夫ですよ。秘密なんですよね。俺は言いふらしたりしてませんし、他に知ってる人もいないと思いますから安心してください」


「……どこで知った?」


「秋谷さんと飯山さんが話しているのが聞こえて」


「チッ……あいつら……」


 悲しきかな。リーク元は身内だった。


「いや! ほんと小声でしたし、俺の他に聞こえたやつはいないと思うので、彼女らは悪くないですから!」


「でも君には聞こえていたんだろう?」


「それは……」


 気まずそうに言いよどむ。


「まあいいや。それで? 君は俺が優勝すると思ってるの?」


「はい。準決勝もきっと俺は太刀打ちできないのでしょう。それも手加減された上で」


「ふうん……」


 てっきりイカサマを疑われたりそれでも勝つだとか言われるのかと思ったが、そうではないようだ。それにしてもあいつら、俺のことをどれだけ言ってたんだ。


「ですが先輩、俺と本気で戦ってください! どれだけ差があるのかはわかりませんが、俺は全力でぶつかりたいです!」


 またこのパターンか。


「嫌だと言ったら?」


「嫌でも本気を出してもらいたいんです。必要なら何度だって頭を下げます」


「やめてくれ。君もなんでそこまで必死なんだ?」


「俺は陸上に人生を捧げてきました。スポーツマンの矜持として、半端な試合は望むところではありません。そしてそれ以上に、俺は先輩に認められたい」


「認められたい? 俺に?」


「はい。他ならぬ先輩に」


 なぜ?


「用件はそれだけです。どうかよろしくお願いします」


 一礼して彼は去って行った。俺は少しだけ呆然としてしまった。


「なんかすごい変わった奴だったな」


「大洋もそう思うか?」


「あれだけ人間できてるイケメン君な上にお前に対して過剰にへりくだってるというか、そのくせ意見をストレートにぶつけてきたり。本当にお前ら面識無いんだよな?」


「そうだけど」


 いろいろ引っかかるし、次に会ったらまた話でもするか。


「しかし贅沢な名前だったな」


「どうした、急に湯〇婆みたいなこと言い出して」


「だって二柱の神を名前に宿してるだろ」


「ん? スサノオだけじゃないのか?」


「浦野須佐だったろ。ギリシャ神話の天空神ウラノスだ」


「なるほど。それは強いな」


 ヤマタノオロチを討った英雄神と原初の神々の王。欲張りセットだ。


「で? 準決勝は本気でやるのか?」


「まさか。泉美との約束は決勝戦の話だ」


「お前も罪作りなやつだな……」


「俺にも都合があるんだよ」


 あきれられても困る。俺には俺のやり方があるんだ。

 それにしてもウラノスか。天王星だな。

 組曲『惑星』の第六曲『天王星』の副題は魔術師。一説によると、世界的に有名な古いアニメ映画でおなじみのデュカス作曲『魔法使いの弟子』をオマージュしたものと言われており、オマージュ元と同様にマジカルな雰囲気の曲だ。

 果たして彼は強大な魔術師か、それとも魔法使いの弟子にすぎないのか。正体は準決勝の場で見せてもらうとする。



 **



『皆様お待たせしました! これより木犀祭の大トリを飾る、Zフィット大会決勝トーナメントを開始します!』


 満員御礼の体育館に歓声が響き渡る。マイクを持って壇上にいる司会は、木犀祭実行委員から選抜された女子生徒だ。やけに場慣れしているし、口が達者なのか盛り上げ上手である。軽妙なトークを織り交ぜながらZフィットのシステムやルールを説明している。


 千メートルタイムトライアルだった予選と違い、本戦のルールは三分耐久走の一対一で、決勝のみ二十分間の耐久勝負だ。

 企画会議の場で俺は一律五分間走でいいのではと言ったが、他の奴らが勝山をたっぷり晒し上げたいと言い出してこうなってしまった。あいつらえげつないぞ。


『それでは予選を勝ち抜いた八人の代表選手を紹介します!』


 俺を含めた予選突破の八名が舞台上に並ぶ。


『一人目は予選八位! バスケ部三年の大久保(おおくぼ)正晴(まさはる)選手! 体重は七十七キロです!』


 大々的に体重が発表された。このZフィット大会は男子限定なのだが、その理由がこれだ。

 本戦は起伏のあるバーチャルコースでの戦いのため、出力体重比(パワーウエイトレシオ)での勝負とされた。よって厳正なる体重測定を行い、こうして試合前に発表する形式となった。

 体重という思春期女子にとってトップクラスにデリケートな情報を扱うことは難しいため、男子のみに限定された。


 大久保と紹介された生徒はバスケ部のユニフォームであろう服装をしていた。周りを見れば、各々が所属している部活にゆかりのある格好をしている。なに? そういう場なの? 俺はといえば一人だけ体育着で浮いている。


『三人目は予選六位! この中で唯一帰宅部の三年生、秋谷大河選手! 体重はメンバー最軽量の五十二キロです!』


 会場内が、おおぉとざわめく。よく見ると一部の女生徒が悲壮な顔をしている。

 俺の体重は高校生女子の平均体重にほど近い。乙女のプライドを不可抗力で砕いてしまったかもしれない。

 泉美も俺の体重だけは超してはならぬと言って、俺の体重に接近するとダイエットを始めるサイクルを繰り返している。あいつの身長を考慮すれば例え五十二キロでも標準以下なんだけど、俺のせいで気の毒なことである。すまんな、我が妹よ。


『そして注目の選手です! 一年生ながら陸上部期待のエース! 予選も一位と僅差の二位で通過した浦野須佐選手です! 体重は六十三キロ!』


 歓声に対し浦野君が手を挙げて笑顔で応える。さすが二強の一角は人気が高い。


『最後は優勝候補ナンバーワン! サッカー部を強豪に押し上げた名将であり、予選もトップ通過しその実力を証明しました! 三年の勝山京治選手! 体重は六十八キロ!』


 今日一番の歓声が湧いた。

 七番の背番号を誇らしげに掲げたユニフォームを身に纏い、不敵な笑みを浮かべている。


『以上、選手紹介でした! それでは時間も押してるのでさっそく一回戦へ参りましょう! 勝山選手と大久保選手は準備をお願いします!』


 最初の対戦は予選一位対八位。結果は見えているが勝山はどう出るだろうか。お手並み拝見といこう。


【筆者注】

勝山:180cm 68kg BMI21.0

浦野:175cm 63kg BMI20.6

大河:164cm 52kg BMI19.3


西園高校に自転車部はありません。


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