第51話 木犀祭 大会予選
~花音view~
ボウリング勝負ではひと悶着あったけど、その後は普通に木犀祭を遊んで過ごしていた。
ごり押しになってしまったもののボウリング勝負に勝利した私は、先輩にひとつの約束を取り付けた。
――『今日、一度だけ泉美の言葉を真剣に聞いてあげてください』
これが私が先輩にした願い事だった。先輩はこの願いを聞き入れてくれた。
泉美への義理は果たした。あとは彼女の頑張り次第だ。
頑張れ、泉美。
しかしテンパって危うく高い代償を支払いそうになってしまった。
先輩に……その……ブラジャーだなんて。
もう、私なんであんなこと言っちゃったんだろう……!
しかも先輩に指摘されるまで、あげ……あげてもいいなんて思っていただなんて……。
うう……もう忘れよう。
勝ったんだし、結果オーライだし、もうあんなこと言わない。
**
木犀祭一日目もそろそろ終了の時間が近づいてきていた。
先輩と私は大事な目的であるZフィット大会の予選を済ませるべく、予選会場となっている第二視聴覚室へと向かっていた。
「終了ギリギリまで引っ張りましたね」
「有力選手がやりつくした後がよかったからな。後出しジャンケンが許させるんだからそうするよ」
第二視聴覚室に入る。
部屋の中心にはスマートトレーナーが置かれており、黒板には現在のランキングが書かれていた。
昼間はなかなかの盛況ぶりだったらしいが、ほとんどやりつくされたのか今は挑戦者はおらず、担当の木犀祭実行委員の人は暇そうにしていた。
予選の内容は千メートルのタイムトライアル。
この上位八名が明日の本戦トーナメントに参加できる。
「勝山は暫定一位か」
「ですね」
暫定一位は件の勝山先輩で、二位には私と同じクラスの浦野君の名前が書かれていた。
浦野君は体力テストの千五百メートル走で勝山先輩より早いタイムを出した陸上部のエースその人で、下馬評ではこの二人が二強になるだろうと言われていた。
確かに暫定ランキングを見ると、この二人が頭一つ抜けているようだった。
「狙うは一位ですか?」
「いや、決勝まで油断させておきたいからそれはしない。本戦にさえ進めればいいから低めの順位にしたい」
「狙った順位を取りに行くんですか?」
「そうだな。狙いは……」
先輩は壁に掲示されたトーナメント表を見る。
決勝トーナメントは、Aブロックが一位対八位と、四位対五位。Bブロックが二位対七位と、三位対六位という構成だ。
「奴とやり合うのは決勝にしたい。Aブロックは無しだ。Bブロックの中で下半分の順位となると六位か七位が狙い目だな。万が一この後伏兵が来る可能性も考慮すると、マージン取って六位にするか」
「狙い通りいけます?」
「まあガーッっと行って、ゴール前で微調整すればいけるんじゃないかな」
近くで私たちの会話を聞いていた実行委員の担当者が訝しげな顔をしている。
実行委員でZフィット大会を担当している生徒は全員私たちの計画のグルなのだが、先輩の実力を直接は見ていないので半信半疑なのだろう。
担当者の心配をよそに、先輩は勝手知ったる手つきでスマートトレーナーのサドルの高さを自分で調整してから跨る。ハンドルに手を添えると下腕に血管が浮き上がって、それがやけに色っぽく見えた。
(細い腕だけど固そうな筋肉が詰まってて、静脈が押し出されるように浮き出て、ちょっとセクシー……)
血管に目が釘付けになる私をよそに、本人の緊張感は全くない。
「じゃあ、とっとと済ませるか。スタートよろしく」
「は、はい!」
担当の生徒が先輩に促されてタイムトライアルが開始された。
先輩は宣言通り序盤一気に加速し、ゴール前で適度に減速しながら時間を調整してフィニッシュ。結果、先輩は狙い通り六位を確保して予選を終えた。実にあっけなかったが、千メートルタイムトライアルなんて一分少々の短期決戦なので描写する間もない。
「ま、こんなもんでしょ」
「すごいですね……」
担当の生徒が驚嘆している。
本人はとくに疲れた様子もなく余裕の表情だった。先輩、やっぱり格好良いな。
「お疲れ様です先輩。さすがですね」
「あとはこの後に八位とかランク外に落ちないことを祈るだけだな」
タイムトライアルは一人一回だけだ。もし塗り替えられてしまったらご破算になってしまう。
「あと八分で一日目閉会ですから大丈夫ですよ」
「それもそうだな。じゃあ本部に戻るか」
「はい」
私たちは残った担当者に一礼して、第二視聴覚室を後にした。
**
「重松から連絡がありました。先輩は予選六位で通過したようです」
「狙い通りいけたな」
生徒会本部で木犀祭一日目の終了を迎えた私たちは、生徒会役員全員揃って明日に向けてのミーティングをしていた。
重松委員長から予選結果を入手した会長がその結果を報告している。
「オペレーション・ざまあ系、上手くいきそうっすか?」
「そのダサい作戦名はさておき、シナリオ通りにやってやるから心配すんな」
「信じてますからね先輩。僕は明日丸一日ここから動けないんで先輩の勇姿を拝めないのが残念っすけど、応援してますから!」
「はいはい」
会長は明日一日拘束される代わりに、今日は丸一日フリーだった。付き合いたてホヤホヤだという彼女さんとの木犀祭を楽しんできてほしいという、私たち役員一同からの粋な計らいだった。
「先輩そんな投げやりに言わないでくださいよ。ああでも先輩がバチバチやるとこ見たかった。内城、動画撮ってきてくれないか!?」
「わかった」
「ええー……俺動画撮られるの?」
嫌そうにしていた先輩だが、結局二年生二人に押し切られて了承していた。
その後は今日あったことの連絡事項や明日の段取りを確認していった。
「では今日のところはこれで解散。明日も頑張ろう!」
会長の締めの言葉で私たち生徒会役員の木犀祭一日目も終了となった。
**
夜。私と九音は今月から始まった秋アニメを観ていた。
「やっぱ違和感あるわよねぇ」
「何が?」
「このアニメの双子」
今観ているのはよくあるラブコメで、登場人物の中に双子のヒロインがいた。
「どうしてアニメの双子の妹って、姉のことを『お姉ちゃん』って呼ぶのかしらね」
「どうしてだろうね」
私たち双子はお互いのことを名前で呼び合うが、フィクション作品では妹がお姉ちゃん呼びするパターンが圧倒的に多い。
「先輩兄弟も名前呼びでしょ。こっちのほうが普通よね?」
「うーん。実際他の双子がどうしてるのかわかんないけど、名前呼びの方が多数派だと思う」
「シナリオライターは双子素人なのかしら」
双子素人とは。
「例えばキャラクターの関係を視聴者に示したいとか。どっちが姉で、どっちが妹か」
「それって重要?」
「重要じゃない気がする」
でもそう思ってしまうのは私自身が双子だからだろうか。物語によっては、姉と妹という上下関係を用いて話を盛り上げることもあるにはあるのだろうが、それならば双子でなくてもいいのではと思ってしまう。
私たち双子は両親から平等に扱われて育った。
子供の頃は、服は同じものか色違い。おやつは半分こ。おもちゃは一人一つずつ。一つしかないものは替わりばんこ。お姉ちゃんなんだからとか、妹なんだからとか言われたことは全然ない。私たち自身も自分が姉だとか妹だとかという意識は希薄だ。ただの肩書程度にしか感じていない。
もし九音が私のことをお姉ちゃんと呼んでいたら? 全然想像できない。
そんな思案に耽っていたら、九音がこんなことを聞いてきた。
「花音はもし私から『お姉ちゃん』って呼ばれたらどう思う? ねえ、お姉ちゃん?」
「え……なんかキモい」
「だよね。私も言ってて思った」
お互い考えることも感じることも同じだったようだ。
「花音はさ、私に対して妹のくせに生意気だって思ったことはある?」
「ないよ」
「……そっか」
何か思うところがあるような反応だ。
「どうしたの?」
「思えば私、花音のことを姉として敬ったことなかったなって。ちょっと気になって」
「なにそれ、どうでもいいでしょ。あ、でも……」
「……でも、何?」
「私なんかが姉でいいのかなって思ったことは、ある」
「…………」
ほんの二十分先にこの世に生を受けたというだけで、私は長女になった。
たったそれだけだ。私が何か努力したわけでもないし、秀でていたわけでもない。ただの順番だ。
それだけで私は"姉"になった。ズルをしたような気持ちがほんの少しだけ胸の内にあった。
"姉"なのに、姉としての態度も責任感も見せてこなかった。いや、見せられなかった。だって私たちは同じなんだから。
今夜、きっと先輩は"兄"として"妹"の泉美と向き合っているはず。それは私にはできなかったことだし、これから先もしてあげられそうにないことだった。
「私たちは双子よ」
「うん」
「姉とか妹とか、どうでもいい」
「そうだね」
「ずっと一緒に暮らしてきた。同じように育てられて、同じものを食べて、一緒の学校に通い続けてる。花音は私の一部だし、私は花音の一部」
九音は私の一部だし、私は九音の一部。ゆえに双子はお互いを"片割れ"とも呼ぶ。
「かっこいいこと言うね。私の片割れ」
「誰に影響されたのかしらね」
ふふっと笑い合う。
「双子って良いよね」
「うん、良かった」
どっちが上とかどっちが下とか関係ない。同い年で同じ半生を歩み、血を分かち合った唯一無二の隣人と在れることこそが双子の特権だった。
「でもこのアニメの双子はダメだね」
「そうね。双子の解像度が低すぎるわ」
その後も私たちはアニメにダメ出ししながら夜を過ごしていった。
【筆者注】
双子って良いよね。




