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第50話 木星 快楽をもたらす者

~大河view~


 土曜日。とうとう木犀祭(もくせいさい)一日目の当日がやってきた。

 すっかりお祭りムードに模様替えした学校内。生徒会室は生徒会本部と名前を変え、監督役の生徒会役員はここでトラブルに備えることになっている。

 とはいえ小さいトラブルは基本的に木犀祭実行委員が対応するので、生徒会はだいたい暇だ。一人か二人は常駐させるが、他のメンバーは自由行動を許される。


 俺には勝山を倒すという仕事があるので、本部駐在は一日目の午前中だけとなっている。

 というわけで、開会時の生徒会本部には俺と花音さんだけが残っていた。


「いよいよ始まりますね」


「楽しみ?」


「ええ、頑張って準備しましたからね」


「開始早々が本部待機でごめんな」


「いえいえ! その後は見て回れますから!」


 まあ丸二日フリーなのも飽きてしまうと思うので、適度に仕事があったほうがちょうどいいのかもしれない。

 そんな話をしていると、壮大な音楽と共に開会を告げる放送が流れてきた。木犀祭の始まりだ。校内各所で拍手の音が聞こえてくる。


「なんだよこのBGM。『木星』って木犀祭と掛けたのか? もくせい違いだろ」


「私は面白いと思いますよ。木星ならみんな知ってるでしょうし」


 ホルストの組曲『惑星』の中でも『木星』の知名度は圧倒的だ。誰もが聴いたことがあるだろうし、これをオマージュしたJポップも有名だ。ホルストがイギリス人ということもあり、曲名は忘れたがイギリスの愛国賛美歌にも使われている。


「でもかたや星で、かたや木だぞ」


惑星(プラネット)植物(プラント)じゃないですか。バッチリ合ってます」


「…………」


 うふふと笑う花音さん。もしかして彼女のギャグのセンスは親父ギャグレベルなのかもしれない。


「ね、先輩。午後になったら一緒に見て回りましょうよ」


「うん、いいよ。どうせ暇だし、友達もいないし」


 今日はZフィット大会の予選を走る任務があるが、それはギリギリまで待ってからにする。


「嬉しいです。先輩はどこか行きたいところはありますか?」


 パンフレットを開いて横に座ってくる。ほんのりといい香りがして、少しドキリとした。


「どこも例年と似たような感じだな。花音さんは行きたいところある?」


「そうですねー。このクレープ食べてみたいです!」


「クレープいいね。最初はそこで腹ごしらえだ」


「先輩って甘いもの結構好きですよね」


「うん。めっちゃ甘党」


「あはは。九音とそりが合わないわけですね」


「九音さんは甘いの苦手なんだ?」


「まあそんな感じですね」


 ブラックコーヒーを愛飲してるみたいだし、納得ではある。


「大洋も甘いの苦手なんだよな。九音さんは大洋には気を許してるみたいだし、そういうところが相性なのかもなぁ」


「私は甘いもの、好きですよ」


「そっか。俺と一緒だな」


「はい……」


「…………」


「…………」


 なんかお互い照れてしまった。


「あー、クレープの後はどうする?」


「ええと……まあ成り行きで……」


「成り行き……まあフラフラ歩いて回ろうか」


「はい」


 一瞬気まずくなったけど、その後は和やかに昼からの自由時間を待って過ごした。



 **



 お昼になって午後シフトの内城と九音さんにバトンタッチし、俺達はさっそくクレープの屋台に向かった。

 昼ごはん代わりにもかかわらず、俺は甘さに全振りしたメニューをオーダーした。

 出てきたのは「悪魔の」が頭文字に付きそうな感じの見た目をしたクレープだった。生クリームマシマシのスペシャルなやつ。少なくとも大洋だったら絶対に食べないやつだ。


「先輩、それ食べて大丈夫なんですか?」


「大丈夫だけど、なんで?」


「先輩って普段からトレーニングしてますし、脂質が多いのって避けたりしないのかなって」


「今日はチートデーってことで。それに元から太りにくい体質みたいだから、普段もそこまで食事は制限してないよ」


「それは羨ましいですね」


 レース重視なら食事制限は必須だろうけど、俺のメインはロングライドだ。数百キロも走れば数千キロカロリーなんて簡単に燃えていく。俺は元々少食気味なので、食事制限なんてしなくても勝手に痩せていく。ただ、甘いものは別腹だ。これを食ってしまえば夕飯は少なめでも平気だろう。


「しかしこれ、模擬店のくせに案外美味いな」


「くせにとか言っちゃダメですよ。でも美味しいですね」


 苦笑しながらも同意してくれる。


「やっぱり生クリームがたっぷり入ってれば素人が作っても美味くなるんだよな」


「ですね。反則技です」


 二人並んでもふもふとクレープを食べる。

 生クリームで膨れ上がったクレープを小さな口で一生懸命食べる花音さんは、ちょっと可愛らしかった。


「ああほら、鼻の頭に生クリームが付いちゃってるよ」


 ポケットティッシュを使って拭ってやる。

 すると、花音さんは名残惜しそうに俺の方を見てきた。


「先輩は指で取って自分で食べるやつ、しないんですね」


「いやしないだろ普通」


 あんなのラブコメだけだろ。


「……ですよね。先輩は紳士ですから」


「ああ、俺は紳士だぞ」


「…………」


 なぜか花音さんはジト目になってしまった。

 そんな目で見ないでくれよ。

 特に君相手にそんな事するのは俺が恥ずかしすぎて無理だって。



 **



 クレープを食べた後は適当に練り歩いて、道中で気になった出し物を冷やかして回っていた。

 花音さんのほうからあれが見たいと言ったり、俺の方からあそこに寄りたいと提案し合いながら何軒か首を突っ込んでいった後、花音さんがこんな提案をしてきた。


「先輩、あれで勝負しませんか?」


 花音さんが指差す先にあったのはボウリングだった。


「俺、球技はボウリングも含めて苦手なんだけど」


「私もあんまり上手くないですから、いい勝負になると思いますよ」


「まあいいけど。よし、やろうか」


 ボウリングをやっている教室へ向かおうと歩き出したところで、服の裾を掴まれた。

 振り返ると小悪魔みたいな笑みを浮かべた花音さんがいた。


「ねえ先輩、せっかくなので賭けをしませんか?」


「賭け?」


「勝負ですから」


 危険な香りがする。探りを入れてみるか。


「何がお望み?」


「私が勝ったら、私のお願いをひとつ聞いてください」


「なんか嫌な予感がするんだけど、どんなお願い?」


「それはそうなってからのお楽しみです」


「えー……」


「別に変なお願いはしませんから」


「本当に?」


「本当ですってー」


 すごく怪しい。しかし彼女は常識人だから、俺が本当に困るようなお願いはしないかもしれない。

 でも一体何をさせるつもりだ?


「やっぱ怖いんだけど」


「怖くないですから。やりましょうよ先輩」


「うーん……」


「せ、先輩が勝ったらいいものあげますよ!」


「いいもの?」


「ええと、その、んー……」


 悩み始めた。何も考えてなかったやつだなこれ。そこまでして引き留めたいか。


「そうだ! ブラジャーを差し上げます!」


「んんん!?」


 突然何言い出すのこの子!?


「いや、それマジで言ってる?」


「ま、マジです……! 作画資料に欲しいんですよね!? これで勝負してくれませんか!?」


「え、や、その……」


「先輩……!」


 突拍子もないことを言い出したが、顔は真剣そのものだ。

 絶対に勝負のテーブルに着かせるという必死さを感じる。

 そこまで本気を見せられたらしょうがないし、なんかもうさっさと収拾を付けないと駄目な気がしてきた。ええい……!


「ああもうわかった! だったら俺が勝ったらウ◯ナナクールの四千円ぐらいの3/4カップブラを貰うからな! いざ尋常に勝負だ!」


「なんで男性の先輩がブランド名とか価格帯とか種類まで知ってるんですか!? というか私そんなブラ持ってませんから!」


「いや別に買ってくれるわけだから持ってないものでも大丈夫じゃん」


「え……? あっ……」


「えっ……もしかして、くれるのって古着……?」


 みるみるうちに花音さんの顔が赤くなっていく。


「そ、そ、そんなわけないじゃないですか! 着古しのブラなんて絶対あげませんから! なに勘違いしてるんですかぁ!」


「…………」


 ポカポカと殴って抗議される。

 俺は何も悪い事をしてないと思うんだが、なんかもう何を言っても藪蛇になってしまいそうで黙り込むことしかできなかった。


「も、もう行きますよ先輩! 勝負です勝負!」


「あ、はい」


 その後、上の空になってしまった俺はボウリング勝負に大差で負けた。

 もう精神攻撃だろこれ。


【筆者注】

ウ◯ナナクールの四千円ぐらいの3/4カップブラを買ってくれる後輩が欲しかっただけの人生だった。

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