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第49話 あたしにベースを教えてくれ!三回目

~花音view~


 木犀祭が一週間後に迫り、諸々の準備が佳境を迎えていた。

 そんな中の日曜日、私は最後の追い込みをしたいと泣きついてきた泉美のベース練習に付き合うため秋谷家にやってきていた。


 はじめの頃はへたっぴだった泉美のベースも、部活の先輩の指導の賜物か、はたまた本人の努力かわからないけどなかなか様になってきていた。私が付き合う理由、あっただろうか。


「ほんとありがと花音。マジ感謝」


「もう私が教えるまでもなさそうだけど」


「えー、あるよ全然ある。なんていうか、どう失敗したのかがわかりやすい」


「そういうもの?」


「うん。なんかねー、論理的にわかる感じ」


 今まで感覚的に教えられていたのだろうか。雑すぎない?


「まあでも、このぶんなら木犀祭の本番は大丈夫だと思うよ」


「できるかな?」


「できるよ。最後は泉美次第だけどね」


「花音は優しいけど厳しいよね」


 泉美は片付けを始めた。私もそれに(なら)って片付けを始める。

 お互いしばらく無言で自分のことをやっていると、泉美がぽつりとつぶやくように口を開いた。


「ねえ、花音はさ、兄貴が来週本気で戦うと思う?」


「たぶん手加減するんじゃないかな」


「だよね。あたしもそう思う」


 先輩は慎重な人だ。圧勝劇はその後の余波を考えると避けるべきと考えるだろう。


「花音は兄貴に本気を出してほしいって思わない?」


「私は、先輩が勝てばなんでもいいと思うけど」


「……そっか。花音もそっちなんだね」


 そっちとはどう意味だろう。


「うちの兄二人ってさ、昔から凄かったんだ。器用で、頭もよくて。あたしはそれにずっと振り回されてた」


「うん?」


「ねえ、ちょっとあたしのおセンチな話、聞いてくれない?」


 おどけた言葉と裏腹に、彼女の眼は真剣だった。


「聞かせてほしいな」


「ありがと。まあそんなに長い話じゃないんだけどね」


 彼女がぽつぽつと話し始めたことは、とくに意外なものではなかった。



 **



 あたしは昔お兄ちゃんっ子だった。

 兄が通うスイミングスクールには付いて行ったし、兄からのお下がりの服は喜んで着た。男の子ものでも平気だった。お下がりなんて着なくなった今でも、私服にメンズ服を選ぶのはその名残だろうか。


 兄達のやることはなんでも真似して遊んだ。大河兄と一緒にお絵描きした。洋兄と一緒に折り紙を折った。夏休みの自由研究は同じことをやった。その全部で兄二人はあたしより上手くやった。お兄ちゃんなんだから上手くできるのは当然だと、そのときは思っていた。


 歳が三つ離れてたから、中学には入れ替わりで入学した。

 兄二人を担任していた教諭達は新一年生のあたしの学年の担任になった。先生達からは「あの秋谷兄弟の妹」として通りが良かった。

 最初は気分が良かった。自分が褒められているような気分になったからだ。


 それが反転していったのは、最初の定期テスト明けからだった。

 ――妹はそれほどでもないんだな。

 それはテスト返却の際の数学教師のひと言だった。

 小声だったし、悪気はないつぶやきだったのかもしれない。それでもあたしの心にはアイスピックで突き刺すようなひと言だった。

 兄二人はどちらも理数系の成績が優秀だった。あたしもきっとそうだと思われていたのだろう。そして現実はそうではなかったのだ。


 もう兄二人は卒業していった後の学校なのに、兄二人の爪痕は色濃く残っていた。

 美術の授業では、作例として大河兄の絵が堂々と掲示されていた。クラスメイトの皆はまるで参考にならないといった目で感心していた。

 技術家庭の授業では、洋兄の作った木工作品が教室に残されていた。同じものを作っていたはずなのに、明らかに違う仕上がりに溜息しか出なかった。

 前まではあれはあたしの兄貴のやつだよと自慢していたのに、そのときにはもう萎えてしまった。


 何をやっても兄を超えられない現実が、あたしに劣等感を植え付けた。

 兄達がやらかなったものにも手あたり次第に手を出した。それらはことごとく続かなかった。何をやっても中途半端。それでも何もせずにはいられなくて、今だって軽音楽部に飛び込んでみたりしているのが滑稽だった。


 あたしの高校入学前、大河兄が留年した。

 入れ替わりで西園高校に入るはずだったのに、一年だけ学び舎を共にすることになった。

 プレッシャーになった。

 また比べられるのか。しかも直接比べられるかもしれない。

 しかし、そんな不安は逆に裏切られることになる。

 学校には兄の爪痕どころか、今ここにいる兄の存在感すら無かった。

 体育祭では年下の同級生からぞんざいに扱われていた。

 中学で受けたものを遥かに上回る衝撃だった。


 家で見る大河兄は、高校になってから自転車まで始めて海外まで働きに行って更に雲の上の人になっていたのに、学校で見る大河兄は霞のように半透明で、まるで幽霊の様だった。


 悔しかった。

 でも当の本人がまるで気にした素振りをしないものだから、あたしもそれに合わせた。気にしないようにして、やがて現実を受け入れた。



 **



「受け入れたはずだったのに、諦められなくなった。みんなに大河兄を認めさせるなら今しかない」


「…………」


 泉美の言葉には激情がこもっていた。普段見せる軽い態度は微塵も残っていなかった。


「大河兄はすごいんだよ。昔は勘弁してくれって思ってたけど、そうじゃなくなった大河兄を見てるのは辛いんだよ。あたしまで否定された気持ちになる。あたしに自慢させてよ。大河兄は最強なんだって」


「先輩が最強だって知ってる人は少なからずいるよ。私だって知ってる。それじゃ駄目なの? また先輩が高い壁になって、そのとき泉美は傷つかないの?」


「あたしはもう傷つかない。そんなことよりもっと大事なことがある。年下になめられて生徒会室に閉じこもってる大河兄は大河兄じゃない。昔の大河兄を返してほしいの」


「だから本気を出してほしいの? そのあと大変なことになったら困るのは先輩だよ」


「大河兄が本気を出せばきっとその後の余波だって消し飛ばしちゃうぐらいやってくれるよ。むしろ下手に手加減したほうが話がややこしくなるかもしれない。絶対本気でやったほうがいい」


 それは一理あるかもしれない。しかしどうなるにせよ未来は神のみぞ知ることなのだし、全ては先輩の選択次第なのだ。


「だったら、先輩に真剣にお願いしてみたら?」


「無理だよ。あたしは普段あんな調子だから、きっとあしらわれちゃう。でも……でも花音なら!」


 大きな声を発した彼女の顔は必死で、しかし悔しげに歪んでいた。


「花音からお願いしたら、きっと大河兄も聞いてくれると思う。大河兄と同じ気高い心を持ってる花音なら……。ねえお願い! 花音が大河兄を説得して! 本気でやってって。最強を証明してって!」


「……ねえ、泉美」


「お願いだから……」


「泉美、そのお願いは泉美がしないと駄目だよ」


「そんな……無理だよ……」


「無理じゃないよ。だって泉美は妹でしょ」


「…………」


 妹は特権階級なんだよ。無条件に兄に甘えたっていい。そして先輩にはそれに応える甲斐性がある。


「兄妹なら、ちゃんと届くよ。本気を出してほしいなら、泉美も本気でぶつかろうよ」


「…………あたしの、本気」


「いままで頑張ってきたこと、見せてあげなよ。この半年間、ベースだって頑張ってきたでしょ」


「……うん」


「泉美が頑張るなら、私も少しだけ力を貸すから。泉美の話を真剣に聞いてって私が先輩にお願いするよ」


「お願いしてくれるの?」


「うん。そこから先は泉美が頑張らないといけないけどね」


「……花音ってやっぱり、優しくて厳しいね」


「そうかな」


 泉美は返事の代わりに、小さく微笑んでいた。

 彼女は頑張る覚悟を決めたようだ。

 泣きそうだった泉美の顔に笑顔が戻って、私は安堵を覚えた。

 落ち着いた泉美は目を細めて、まるで夢を語るように私に言った。


「ねえ、花音ってさ。大河兄のこと好きでしょ」


「うん。好きだよ」


 泉美の言葉は不意討ちだった。

 それなのに私はよどみなく答えを口にした。私はそんな自分自身に驚いてしまった。


「そっか……私、先輩に恋してたんだ……」


 自覚なんてなかった。

 泉美の言葉のせいで、私は私の気持ちを掘り起こされてしまった。

 そう思うと、今更になって羞恥心が湧きだしてきた。恥ずかしくて目蓋がぷるぷる震えてくる。


「ああ……花音が可愛すぎてつらい。ここで恋心を自覚するとか、まさかの反応すぎでしょ……」


「からかわないでよ泉美……」


 泉美が心臓を押さえてうずくまっている。ちょっと恥ずかしすぎるからやめてほしい。


「ごめん。そういうつもりはなかったんだけど可愛すぎて無理だった。だってとっくに恋してたんだと思ってたし。本当にお似合いだから、そうと聞けてあたしは嬉しいよ」


「お似合い?」


「お似合いだよ。大河兄ってさ、気取らないじゃん。せっかく絵を描いても大切にしまい込んでばっかりで、なかなか見せてくれない。なんかさー、花音のヴァイオリンとそっくりだよね」


「…………」


「本気を出そうとしない大河兄の気持ちに一人だけ寄り添ってたのも花音だし。あたしには理解できなかったけど、きっと花音は大河兄と心を通じ合わせられる数少ない心の持ち主なんだよ」


 そう言われるだけで嬉しくなってしまう。顔が熱くなる。もう勘弁してほしい。


「だからまあ、上手くいくといいねー」


「……上手くいくかな」


「きっといくよ~。心の相性バッチリなんだから寝て待ってても果報が届きそう」


「でも私……」


 自分の胸に手を当てる。私の小さい手でも収まるささやかなふくらみだ。

 目の前にいる泉美の立派なそれと比べると、悲しくなるほどだった。


「んん~? 花音もスタイル気にするんだ。意外だな~」


 そう言いながら自前のたわわな果実をぽよんぽよんと揺さぶる。


「目に毒だからやめてよもう」


「ごめんごめん。でも全然気にする必要無いから」


「本当に?」


「ほんとほんと。だって花音ってシオンちゃんとそっくりじゃん」


「それが?」


「シオンちゃんって大河兄の性癖全部盛りだから。あれが兄貴の理想体型だから。つまり花音のスタイルは心の相性以上に勝利条件を満たしてるんだよ。むしろこれ以上成長しないのを祈ったほうがいいよ」


 私はいよいよ赤面を隠せなくなった。


【筆者注】

っしゃあ!恋バナさせてやったぞ!

あ、でもラブコメは助走期間だからもうちょっと待ってて。

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