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第41話 ホルスト/組曲『惑星』火星 戦争をもたらす者

~大河view~


 俺が脅されると言ったら全員から驚かれてしまった。なぜそんな反応をされるのか。


「まあみんな困ってるみたいだし、俺の残り短い学校生活の肩身が狭くなるだけだからやってもいいけど」


「いやいやいや! どうして先輩まで脅されるような立場になるんすか!?」


「そうですよ! 先輩はスキーも上手いじゃないですか!」


「いや、俺のスキーの腕前なんて誰も知らないし、きっと運動音痴扱いされてるし」


「は?」


 驚かれた。まあこれについて驚かれるのはしょうがない。


「自転車で何百キロも走る体力化け物の先輩が運動音痴って冗談ですよね?」


「五月に体育祭があっただろ?」


 体育祭。五月開催はちょっと早いけど、俺達の学校ではクラスの結束を高める意味合いもあってこの時期に実施されている。


「ありましたね」


「体育祭のとき、俺はいつの間にかバレーボールに編成されていて、そこで大活躍したんだ。逆の意味で」


「逆の意味で……」


「俺、球技は全部苦手なんだよなぁ。ボールを操るセンスってやつが欠如してるんだと思う」


 サッカーをすればリフティングなんて三回か四回が限度だし、バスケをすればトラベリングの連発。バレーボールとか論外だった。というかチームプレーも苦手だ。


「なんで無難な競技に参加しなかったんですか?」


「体育の授業サボってたら空席に入れられてたんだよ」


「先輩、体育までサボってるんですか……」


「いいだろ別に」


 うちのクラスの男子生徒は奇数人だ。ペアを作るとき必ず一人余るので、俺がデフォでいないほうが平和的に機能する。


「でも運動音痴扱いされてるからって、他にも先輩の凄いところはいっぱいありますよね? 就職は決まってるし、生徒会はずっと続けてるし、国家試験の勉強までしてるし、絵も上手いですし」


「うちみたいな進学校で就職組なんて偉くもなんともないし、今の三年は生徒会と無縁の世代だから俺のことなんて知らないし、留年生でサボり魔の俺は勉強もできないと思われてるだろうし、絵なんてあいつらの前では一度も描いてない」


「…………」


 絵を描いて見せていないという言葉に、九音さんが冷たい視線を送ってくる。


「でも……先輩は最年長じゃないですか」


「落ちこぼれ生徒に対して年齢なんて関係ないよ」


「…………」


 初めの頃は珍しい留年生ということで距離感を測りかねる様子のクラスメイトだったが、すぐにサボりがちになり体育祭で顰蹙(ひんしゅく)を買った俺は空気扱いされるようになっていた。受験の競争相手が減ってありがたがられてるかもしれないし、学業面では勝山よりずっと不真面目な俺は邪険に思われているかもしれない。そんな状態で半年経った今、俺のことを年上として敬うクラスメイトはきっといないだろう。


「まあ俺にとってはどうでもいいことだし、お前らも気にするな」


「…………ないです」


「ん?」


「どうでもよくなんてないです!」


 花音さんが俺のことを睨みつけて言う。


「私たちの都合で先輩に肩身の狭い思いをさせるなんて、絶対にダメです!」


「そうっすよ! そもそも先輩がそんな不当な扱いを受けてるだなんて、生徒会長の僕が看過できません!」


 武藤まで何を言い出すんだ……。


「お前らも気にするなって言っただろ。ほとんど俺の自業自得なんだよ」


「いいえ先輩、さすがに限度ってものがあります。先輩が嫌と言っても、この僕が会長権限で先輩の凄いところを全校生徒に喧伝したっていいです!」


「やめろ馬鹿。んなことしたら殴ってでも止めるわ」


「でも先輩、僕は悔しいですよ……」


「だから気にすんなって」


「僕が生徒会で右も左もわからないのに会長なんて責任を負うことになって、もう辞めてやりたいと思っていたときに一番助けてくれたのが先輩なんです。海外で仕事してて、時差だってあって。しかも僕は要領が悪いから溝口先輩だって匙を投げたのに、先輩は最後まで見捨てないでいてくれました。先輩は凄いんです。頭だって良いしなんでも器用にできるのに、何で誰も知らないんですか……」


「…………」


 どうしてそんなに悔しそうな顔してるんだよ。俺なんて本当に大したことない人間なんだぞ。最終学歴が高卒になるであろう一般人だ。一年生からあんな状態の生徒会で会長やってきたお前のほうがすげえだろ。


「僕達はそんな先輩が好きでここまで付いて来たんです。先輩の名誉回復を僕達にやらせてください!」


「なんだよお前ホモかよ……」


「真面目な話してるのに茶化さないでくれません!? 僕はノンケっすよ! この夏に彼女だってできましたし!」


「えっ、なにそれ初耳なんだけど。相手は誰?」


「クラスメイトです!」


「そうか、それはおめでとう」


「ありがとうございます……って話を逸らさないでください! 僕の彼女のことは今はいいんです!」


 バンバンと机を叩いて抗議の姿勢を示してくる。落ち着け。


「もうスキー合宿の問題以上にこっちの方が重要です。と言うか先輩の名誉さえ回復させればスキー合宿の問題も円満に解決します。先輩がやるなと言ってもやらせてもらいますからね」


「俺も同じです。先輩」


 寡黙な内城まで同調する。


「先輩……」


 花音さんが懇願するように目で訴えてくる。隣の九音さんは何も言わないが、怒気を含んだ鋭い視線で突き刺してくる。

 四人から向けられる強い意志に挟撃され、俺は抵抗手段を失った。


「……降参だ。好きにしてくれ。でもあんまり恥ずかしくない方法で頼む」


 ワア!と歓声が沸く。なんだよ。俺が悪者みたいじゃん。


「で、どうやってやるつもりだ? その名誉回復とやらを」


「だから僕が全校生徒の前で喧伝して……」


「却下だ! ぶん殴るぞ」


「冗談ですって」


「はい! 私に案があります!」


「はい、花音さん」


 自信満々に挙手する花音さんに、武藤が期待のまなざしで答えを促す。


「木犀祭で競技を企画しましょう。そこで先輩がその勝山って人を倒すんです!」


「いいねえ! 採用!」


「おい」


 俺が勝山を倒すの、既定路線なの?


「木犀祭で何するつもりだ。というかどうやって勝山の野郎を土俵に引き込むんだよ」


「それは今から考えましょう!」


「木犀祭のことを決めるなら実行委員も巻き込もう。実行委員長は僕と親交があるからすぐ呼んでくるよ。先輩、ちょっと待っててくださいよ!」


「なら私も泉美を連れて来ようかしら。彼女も実行委員だし」


 武藤に続くように九音さんまで出て行ってしまった。

 ちょっと展開が早すぎてついていけない。


「ったく、大事(おおごと)にするつもりかよお前らは……」


「先輩、これは戦争ですよ。負けられない戦いがここにあるんです」


 花音さんは鼻歌を歌い始める。

 ダダダダン ダンダダダン ダダダダン ダンダダダン


 聞き覚えのある重いフレーズだ。これは弦楽パートか。なら俺は管楽器パートだな。

 俺も鼻歌で合わせる。


 コミケ帰りに『動物の謝肉祭』でやってから、鼻歌による即興のアンサンブルが俺と花音さんとの間でマイブームになっている。

 だいたいいつも花音さんが先に歌い出して、俺がそれに合わせる。わかりやすくメジャーな曲を選んでるそうだが、たまに知らない曲が来ると応えられず、それに対して花音さんは「大丈夫ですよ!」とは言うものの若干寂しそうな顔をするので、最近の俺はクラシック曲を聴き漁っている。クラシックは元から好きだから苦ではない。


 今日の曲はホルストの組曲『惑星』の第一曲、『火星』だ。

 組曲『惑星』と言えば第四曲の『木星』が圧倒的な知名度を誇るが、他の曲もバラエティーに富んでいて面白いので、聴かなければ損だ。

 この『惑星』シリーズには各曲に副題が付けられていて、『火星』の場合は『戦争をもたらす者』となっている。花音さんなりの闘志を表現したのだろう。


(戦争か……)


 なんで俺も巻き込まれてるんだろうなぁ……。

 心の中で愚痴るも、地声がソプラノな花音さんが頑張って低く歌おうとする様子に、俺はひそかに和んでいた。


【筆者注】

組曲惑星全曲、気合で話に組み込みます! ちなみに筆者は火星と土星が好きです。

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