第31話 相談役誕生秘話
〜九音view〜
「昔むかしあるところに、溝口くんと坪井くんと秋谷くんがおりました」
え、なにこの導入。
誰かツッコミなさいよと思って見渡すと、会長も内城先輩も微妙に不機嫌な大河先輩を警戒して慎重になっており、私と同じように周囲の顔色をうかがっている。
花音だけはお菓子をくわえてニコニコしながら耳を傾けている。
シュールな光景だ。
「溝口くんは会長で、秋谷くんは会計の二年生でした。二人はひとりだけの一年生で副会長になった坪井くんを立派な次期会長にしようと熱心に教育しました」
「はい、質問です」
恐れを知らない花音が果敢に突撃していく。
「花音くん、発言を許可する」
「その年の生徒会は三人だったんですか? 一年生の勧誘はしなかったんですか?」
「三人で全員だった。勧誘はしなかった」
「今年は勧誘したのに?」
「俺達が一年のときは立候補者が複数人いて普通に選挙活動してたんだ。それもあって勧誘する発想がそもそもなかった」
「ふむ」
「坪井くんは上級生の期待に答え、すくすくと立派な生徒会役員に成長しました」
ナチュラルに茶番が再開する。
「立派になった坪井くんに満足して、三年生になった溝口くんは受験勉強に熱を入れるようになりました」
「先輩は受験勉強に熱は入れなかったんですか?」
「秋谷くんはこの頃に内々定を取ってたからな」
「そんな早くから?」
「就職の決まっていた秋谷くんは、のんびりしながら残りの任期の終わりを指折り待っていました」
私の質問はスルーされた。
「生徒会も実質任期満了の七月のことです。秋谷くんが海外へ高飛びして学校から消えました」
「は?」
「秋谷くんが消えた理由はある日の内定先の社長の冗談でした。夏になったらフランスの方へ得意先を巡回するんだけど研修がてらお前も来るか? という言葉を聞いて、秋谷くんはむしろ連れて行ってくれと飛びついたのでした」
「…………」
ツッコミどころが多くて頭痛がする。
「秋谷くんが学校から消えた頃、それ以上の事件が起きました。なんと坪井くんも消えてしまったのです」
急展開。
「先輩、まさか巻き込んだんじゃ……」
「なわけあるか。転校だよ。家庭の事情」
心外だと言わんばかりに否定された。
「日本にいる溝口くんからそれを聞かされて、秋谷くんは大いに驚きました。次代の大黒柱になるはずだった坪井くんの喪失は全くの予想外でした。しかし、秋谷くんも溝口くんもどうすることもできません。何もできないまま入れ替わるようにたった二人の一年生による次期生徒会が発足しました」
登場人物に会長と内城先輩が加わった。
「二年生が居ないので、本来副会長と書記に立候補していた二人は繰り上げで会長と副会長になりました。しかし彼らは右も左もわかりません。唯一学校に残っていた溝口くんもできる限りサポートしようと気を配ってはいましたが、頻繁な予備校通いと勉強の日々に忙殺されてそれもままならなくなりました」
「思った以上に酷すぎません?」
「言ったでしょ。崩壊寸前だったって」
会長はもはや虚無顔だ。ご愁傷様です……。
「溝口くんが白旗を揚げたので、受験の必要のない秋谷くんが代わって遠隔でサポートを始めました」
「遠隔ってどうやってですか?」
「主にメッセージだけど、オンラインミーティングのサービス使ったりして。先輩いつも眠そうでしたよね」
「時差があるから堪えたぞ。朝起きて最初にやることが生徒会のトラブル対応の毎日はなかなかにストレスだった」
「あのときの先輩にはほんと助けられましたよ。溝口先輩全然身動き取れないし、遠くの先輩の方がよほど頼りになりました」
「溝口はマジで役立たずだったもんな……」
受験勉強とはそこまで大変なのか。
「時は流れて十一月になり、帰国した秋谷くんは本腰を入れて生徒会の手伝いを始めました」
「十一月!? 先輩海外滞在しすぎでは!?」
「まあ、おかげで必修単位を落として留年が確定したんだよなぁ」
留年の理由、それかい。
「それ会社が悪いんじゃないですか?」
「いや、社長はちゃんと、そろそろ帰った方が……って何度か言ってくれてたんだけど、俺が大丈夫だからもうちょい居させてくれって言ってたら加減を誤って……」
「先輩、馬鹿ですか?」
「俺も若かったんだ」
たった一年前の話よね?
「秋谷くんは本腰入れて生徒会の手伝いを始めましたが、それでも状況はなかなか改善しませんでした。もう部外者になっていた秋谷くんには書類の決裁などの権限がないからです。仕事は溜まっていく一方です。とうとうブチギレた一年生の二人は臨時で生徒総会をブチ上げ、電光石火の早業で秋谷くんへの権限付与を正式に認めさせました。相談役誕生の瞬間です」
「よくそんなことできましたね会長。全校生徒の支持を得るなんて簡単じゃないのでは?」
「当時の一年生達は日に日にやつれていく僕らを見ていたのと、他学年にも生徒会業務が滞ってるせいでフラストレーションが溜まってる生徒が多かったみたいだから意外と結託できたんだよ」
「こうしてようやく仕事が回り出し、現生徒会はどうにかこうにか今日この日を迎えることができました。めでたしめでたし」
「思えば長い道のりだった……」
なぜか会長が感極まっている。
「まあそんなわけで現生徒会はガタガタだったんだが、君たち一年生は安心していい。修羅場を潜り抜けた先輩らが続投されるんだ」
「秋谷先輩もいますしね」
「俺はそろそろカウントから外してほしいんだけど」
「そんなこと言うと相談役を降ろして生徒会室出禁にしますよ」
「……俺で良ければ頼ってくれて構わん」
生徒会室のヌシと言うより寄生虫よねこれは。
「九音さん失礼なこと考えてない?」
「このポテチ美味しいわね」
「おい」
「美味しいねこれ。すごい後惹く。なんてポテチかな」
先輩を無視して花音とポテトチップをつつく。塩味に加えてスパイシーな味付けが絶妙で手が止まらない。なにこれ。パーティー開けされててパッケージが見えない。
「下仁田ネギチップスだ。俺からの差し入れだよ」
「どこで売ってるんですか?」
「群馬県限定だからこの辺じゃ買えないよ」
「そうですかー……」
微妙に残念そうな顔をする花音。でも食べすぎると太りそうだから、こんなの気軽に買えないほうが私は助かるわ。
「そんなわけで新生徒会は後期から始動だからよろしくね。さしあたっては特に何もないから、まずはお互い期末テストを頑張ろう」
「九音は原稿終わったし、今回はちゃんとテスト勉強に時間使えるね」
「ほんとね。やっと私の真の実力を発揮できるわ」
「いつもこれだといいのに。入試のときも慌てずにすんだよ?」
「蒸し返さないでよ花音」
結果オーライだからもう忘れさせてほしい。
「で、そこの原稿の終わってない先輩はテスト大丈夫なんですか?」
「俺? 受ける必要ない科目のテストはスキップするし、必要のある科目は授業受けて二年目だから付け焼刃でもどうにかなると思う」
というわけで俺はこっちだと、それきり口をつぐんで原稿にしがみついた。
強い集中力でペンを動かしている。
「似てるね、九音と」
原稿と向き合う先輩を見ながら花音が言う。
「なに気持ち悪いこと言うのよ花音」
「絵を描いてるときの目はそっくり。キャンバスの中の別の世界を彫り進めていく特別な目」
「…………」
ポテチをかじる。パリっと軽い音がする。
「同じ目を持ってるのに、見えているものはまるで別物」
口の中を塩味が刺激する。
なんてことを言うのか、この子は。
自らの絵と向き合う先輩の目。彼の目を見て思うところがあったのは私もなのだ。
似ている。楽器を構え、楽譜を見ているときの花音の目と。
そしてきっと、彼と彼女は同じものが見えているのかもしれないと――
気がつけば、ポテチはもうなくなっていた。
【筆者注】
久しく食べてないのでネギチップ食べたいです。




