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第30話 早割は三文の得

~九音view~


 昨夜、めでたく人生で四冊目の原稿が完成し、目標の早割入稿を達成した。

 午前中に印刷所から入稿チェックの結果が届いたので、これにて脱稿となった。

 早割ということもあって、解放感は格別だった。


 原稿からは解放されたが、私には今日も学校という日常が当たり前のようにある。その学校という日常の中に、生徒会役員信任投票という非日常が混ざり込んでいた。その開票は即日行われ、先ほど結果が出た。


「まさか私が生徒会役員になるだなんてね……」


「九音さんおめでとー。書記だっけ」


 昼休み、軽い調子で話しかけてきたのは泉美さんだ。それを言いにわざわざうちのクラスに来たのか。


「そうね。新生徒会の発足は後期からだけど」


「あと脱稿したって花音から聞いたよ。おめでとー。こっちのほうが九音さん的に嬉しい?」


「そもそも生徒会は嬉しくもなんともないし……あと脱稿の嬉しさは格別よ! 比べ物にならないわ。泉美さんも経験してみない?」


「あたしは別にいっかなー」


 みんな脱稿の悦びを知らないだなんて人生損してるわ。


「今のうちに原稿終わったのは良かったわ。もうテスト期間に入るところだし」


「あ~。ついこの間中間テストが終わったと思ってたのにもう次のテストか~」


 本気で嫌そうな顔をしている。私もその気持ちはわかる。

 テストとテストの間の記憶がほぼ原稿しかない。なんと恐ろしい話だろう。これでまだ原稿が終わっていなかったら悲惨だったかもしれない。早割に間に合わせた自分を褒めてやりたい。

 いや、間に合ったのは大洋さんのおかげでもあるか。本当に感謝しきれない。


「で、用事はこれだけ?」


「や、今のはただの雑談でね。本題は別。兄貴から伝言でね、放課後空いてれば生徒会で集会するんだけどって。どう? 空いてる?」


「まあ脱稿したし、空いてるって伝えておいて」


「りょーかい。じゃねー」


 さっと来てさっと帰る。泉美さんはさっぱりした子だ。

 少し間をおいて花音からメッセージが来た。放課後は新生徒会全員集合で決まったらしい。了解と返信し、午後の授業の準備を始めた。



 **



 放課後、花音と合流して生徒会室へやってきた。


「二人とも、来期生徒会役員当選おめでとう。急に呼び出しちゃって悪いね」


「先輩方も当選おめでとうございます」


 二期目の生徒会長続投が決まった武藤会長と、来期から役職が会計に変わる内城副会長がすでに待っていた。


「まあ今年も出来レースだったもんね」


 歴代でも稀有らしい二年連続会長本人がそう言っては身も蓋もない。


「去年もこんな感じだったんですか?」


 花音が問う。


「去年なんてもっとひどいよ。だって見てよ。現生徒会は正規役員が僕と内城の二人だけだよ。バグってるでしょ」


 言われてみれば確かに、今の生徒会は去年の発足時は一年生だった先輩方二人だけという有様だったわけで、どうみても異常事態だ。


「先輩方、よくこんな状態で機能不全になりませんでしたね……」


「いや、実際崩壊寸前だったけど、まあどうにか乗り切ったよね……」


「ああ……」


 内城先輩まで遠い目をしている。


「そもそもどうしてこんなことに? 上の学年の方はなんでいないんですか?」


「それは――」


「すまん、遅くなった。さすがにみんな来てるか」


 正規役員に遅れて非正規役員である大河先輩が登場した。すかさず花音が挨拶する。


「こんにちは先輩!」


「秋谷先輩遅いっすよ。最後に来るなんて珍しいっすね。いつも会室にいるのに」


「昼間はここにいたんだけど、ちょっと先生に呼び出されてな……って、俺ってそんないつもいるイメージなの?」


「秋谷先輩知らないんすか? 一部の生徒からは『生徒会室のヌシ』って呼ばれてますよ」


「えっ……うそぉ……いやでも間違ってないしな……」


 先輩は嫌そうな顔をしたり真顔になったりして(うな)っている。


「よし、これで全員集合っすね。では改めて、一年生の二人とも当選おめでとう。来期からよろしくお願いします。今日はその親睦会ということで、菓子でもつまんでいってほしい。あ、あと新生徒会用のグループトーク作るから連絡先教えて。一応これが今日の本題だから」


 確かにこれからの活動のためにグループトークは必要だ。

 やらなきゃいけないことは先に済ませようということで、皆でメッセージアプリのアカウントを登録し合った。

 私の連絡先に新しく『秋谷大河』という名前が増え、『秋谷大洋』の名前と並んで表示される。だんだん秋谷兄弟に乗っ取られてきてるわね……。泉美さんが増えるのも時間の問題か。というか今日なんてわざわざ足を運ばせちゃったし、今度連絡先交換しようかしら。


 無事グループトークができたところで残りは談話となった。


「俺ちょっとこれ描きながらでいいか?」


 大河先輩がクロッキー帳を取り出して言う。


「あ! 原稿ですね。先輩は私たちのことは気にせず進めててくださいね」


「いや、耳と口は動くから話しかけてくれていいよ」


「新刊もアナログで描いてるんですか?」


「原稿はデジタルだけど出先じゃ作業できないから、アナログでもできる下書きだけここでやらせてもらう」


 タブレットPCでも持ってればいろいろできたんだけどと残念そうに言う。

 こうして原稿と格闘中の人間を生で見ると、脱稿済みの身の優越感を覚える。うふふ。今の私は無敵よ。

 しかし同時に応援したくなる気持ちも湧くのだから不思議だ。これは戦友意識だろうか。クリエイターとしての共感なのか。

 ……なんだか複雑な気持ちだ。


「秋谷先輩と飯山さんたち仲良いっすよね……。僕なんか先輩がどんな絵を描いてるのかすら知らないのに。ねえ、先輩の絵ってどんな感じなんすか? 見せてくださいよ!」


「お前には見せない」


「ズルいっすよ! えこひいき反対! かわいい後輩は平等に扱ってくれませんか!?」


「カゎ……いイ……?」


「先輩、そのイントネーションキモいっす」


「やかましい。お前らは俺のことなんて放っておいてくれ。ほら、親睦会だろ。生徒会のQ&Aでもやってろよ」


 先輩は投げやりに話をぶった切る。原稿に集中したいのだろう。帰ればいいのに律儀な人だ。

 とりあえず気になってた話を聞いてみよう。


「Q&Aと言えば、さっきの話の続きが聞きたいんですけど。生徒会が崩壊寸前だったっていう……」


「あー。秋谷先輩の乱入のせいで途切れちゃった話ね」


「何? 俺が悪いの?」


「間が悪いっす」


「そうか。それはすまんな」


「…………」


 顔を原稿に向けて固定しながら抑揚もなく言う。

 まあ言い掛かりみたいなクレームだったしどちらも気にしたら負けだ。


 口は動かしつつも、原稿を進める先輩から感じる熱は本物だ。百戦錬磨の武者のようなその姿は、間違いなく修羅場慣れしている。前回の冬コミが初参加ではないのは明らかだ。

 本当にこの男はいったい何者なのか……。


「去年のことを思い出すと懐かしいなぁ……。当選してから生徒会室に集まったら、僕と内城と溝口(みぞぐち)会長しかいなかったんだよな」


「溝口先輩、元気にしてますかね……」


 内城先輩まで遠い目をして言う。溝口先輩って誰?


「溝口ってのは武藤の前の生徒会長だ。俺の元同期。ちなみにそのときの俺は会計だった」


「先輩と同期ってことは、今は大学生ですか?」


「そうだな。たしか関西の方の大学に行ったはず」


「そうなんですね。……あれ? なんで会長たちが集まったときに先輩いないんですか? ていうか副会長は誰ですか?」


「あー、それはだな。ん……順を追って説明しないとこれ伝わんないな……。武藤、説明」


「え!? いや僕が生徒会に入ってからの話ならできますけど、それ以前のことは知らないっすよ。先輩が説明してくださいよー」


「チッ……」


「先輩機嫌悪いです?」


「うぜえ」


「やばい。ここまで怖い先輩は久しぶりだ……」


 さすがの大河先輩でも原稿中はピリピリするらしい。圧を前にして武藤会長も顔が引きつっている。


「私も先輩からお話聞いてみたいです」


 それまでポリポリとチョコレート菓子を()んでいた花音も会長側に加勢した。

 ずっと原稿に固定されていた先輩の目が、ちらりと花音の方へ向く。

 先輩はしばらく無言で固まり、頬杖をつき、頭を掻いてから短くため息をつき、観念したように口を開いた。


「……わかった。俺から話してやる」


 この人、花音には甘いわよね。


 それでもなおペンは止めず、先輩は語り始める。


「そうだな……まずは二年前、俺が二年生の今ぐらいの時期からのことを話そうか――」


【筆者注】

筆者、生徒会未経験者につき現実感ゼロパーセントのフィクション生徒会です。

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