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第27話 神絵師イクス

~九音view~


「そういえば〈有栖(ありす)ルナ〉はいつだったかの配信で、ママ(イクス)とは同い年って言ってたけど」


 大洋さんが問いを投げてくる。


「大洋さん、〈有栖ルナ〉の配信観てるんですね。ありがとうございます。彼女は私の幼馴染みなんですよ」


「なんだと……。〈有栖ルナ〉がこんな身近にいるだなんて……」


「ちなみに彼女は高嶋高校に通ってますよ」


「マジか! めっちゃ近所じゃん!」


 大洋さんが言った通り〈有栖ルナ〉はかなり前にママである私と同い年であることを公言している。そして私が三月にちょっとテンションが上がってうっかりツイッターで『中学卒業しました!』なんてツイートをしてしまったせいで、一部の鋭い人が〈有栖ルナ〉が元中学生で現高校生のVTuberであると気がつき話題になってしまった。あのときは本人から怒られたけど、登録者数が大幅に増えたということでお許しをもらった。


 そのときは私の方も大変で、〈イクス〉という絵師がまさか今まで中学生だったなんてと方々で話題にされてしまった。怪我の功名か私のフォロワーも一気に増えたので、今は開き直って女子高生イラストレーターを売りにしている。


「〈イクス〉は商業活動はしてないんだっけ?」


「商業のオファーはいくつか頂いてますし、受けてみたいと思うんですけど、父から止められているんです。せめて高校を卒業してからにするようにと」


 私としてはすぐにでも商業をやってみたいんだけど。商業活動ができれば今よりもっと知名度が上げられるのに。


「それはお父さんが正しいよ。学業と両立させながら仕事するだなんて中途半端にしかならない」


 大河先輩の言葉にムッとする。私はそんなこと無いと思う。


「そんなの、やってみないと分からないと思います」


「そうかもしれないな。でも商業に入るってことは、専業で三百六十五日描いてるような連中と同じ土俵で戦うってことなんだぞ」


 冗談のようで冗談じゃない例えだ。雲の上にいる超級の神絵師には仕事の息抜きと言っては趣味絵を描き下して、本当に毎日のようにイラストを量産している人が普通にいる。


「そのときは中退すればいいだけよ」


「親不孝なこと言うなよ。そんなに急ぐ必要はないだろ」


「それはわかってるわよ。だから私も父の言に従っているんです」


 商業の仕事の相談をしたとき、お父さんからも似たようなことを説得された。一応納得はしたし、こうしてアマチュアのまま活動している。


「それにしても商業活動もエロも無しでフォロワー数八万人はなかなかの数字だな……」


 先輩がスマホを見ながら言う。たぶん私のアカウントを覗いているのだろう。


「私の努力の結晶ですから。でもまだまだこれからよ」


 ここまで来るのにどれだけ苦労したことか。次は目指せ十万だ。


「まあ頑張れよ。……大洋、もういいか?」


「ん、パソコンはどうにかなったっぽいし、もういいか」


 そう言って荷物をまとめ始める。


「あの、大洋さん。これ……」


 私は大洋さんに一万円札を差し出す。


「ん? ああ、ちょっと待って」


 大洋さんは財布を取り出し、千円札を数枚と小銭、レシートを取り出して私の方へ差し出してきた。


「はい、おつり」


「いえ、それは受け取ってください。修理費です」


「要らないよ。パーツ代だけで充分だから」


「本当にいいですから。私、これでもそこそこお金持ちなんですよ」


「……なら、端数は受け取っておくから、札は持って行ってくれ」


 強引にお札を押し付けられてしまった。小銭だけでも受け取ってもらえただけ良しとしよう。


「大河」


「ん?」


「持ってけ」


 あろうことか、大洋さんは小銭をそのまま大河先輩へ横流しした。


「ちょっと大洋さん!? どうしてそんなことするのよ!?」


「俺の金をどうしようが自由だろと言いたいところだけど、もっと説得力のある説明をしておくか」


 大洋さんは私の正面を向いて、私に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「まず俺にとって今回のことは、下校ついでに寄り道しただけだし特に用事もなかった。でも大河にとっては違う。大河は下校済みで、今日は原稿にかかり切りになる予定だったところを俺が依頼して呼び出した。その拘束時間の分は対価を支払う義務がある。そういうことだ」


「…………」


 正論だ。反論の余地がない。

 しかし大洋さんの取り分を全て持っていって何も言わずに懐に収める先輩の態度は、仮にも兄としてどうなのか。

 ジト目で睨みつける。

 先輩は私の視線の意味に気づいたのか、手の中の小銭に視線を落として何か考え込むような顔をする。しかし次の瞬間には悪そうな顔を浮かべて、こちらに小銭を見せつけるようにしてくる。


「あーあ。せっかく神絵師様に貸しを作ったと思ったのに、一瞬でチャラになっちまったなぁ」


 やられた。


 今度こそ私は何も言えなくなった。

 こんな男に貸しなんて作らせたくない。だから今ここでお金を戻せなんて言うことができない。


 私が黙り込んでしまうと、それを見た大河先輩は荷物を手にして立ち上がった。


「大洋、帰るか」


「そうだな。ああ、ちょっと待って」


 先に玄関へ向かう大河先輩を置いて、大洋さんが私に近づいてくる。


「たぶん大丈夫だと思うけど、もしまたパソコンに異常があったときのために連絡先教えてくれる?」


「あ、はい。ええと……」


 言われるままにスマホを取り出し、メッセージアプリのアカウントを教え合う。


「大洋、まだかー?」


「今行く! ……じゃあ失礼するよ」


「はい……。あの、今日は本当にありがとうございました! もうダメかと思ったので、助かりました」


「どういたしまして。今のうちにバックアップ取っておきなよ」


 そう言い残して、大洋さんは先輩と共に帰って行った。


「お人好しだよね、先輩たち」


 花音が玄関の方を見つめて言う。


「大洋さんはね」


「何言ってるの。先輩もだよ。大事な時間を二時間以上も拘束されたのに、たった数百円で手打ちにするわけないよ普通は」


「……わかってるわよ」


 時給に換算したら二束三文だ。そんなこと言われるまでもなくわかっている。それにきっと、あのセリフはその場の思い付きで言っているだけで、そもそも貸しだなんて考えていなかったかもしれない。

 そういうところが余計にモヤモヤする。


「よかったね、パソコン直って」


「うん……」


 メッセージアプリに新しく追加された名前を眺める。この名前が表示されてるだけで心強く感じる。


「九音にとって大洋さんが英雄ポロネーズだね」


「ちょっ、なによそれ!」


「さあね~」


 花音は涼しい顔でショパンを演奏し始める。しかも変なアレンジ付きで。からかってるつもりなのか。

 何か言ってやりたいが、こうなった花音は何を言っても無駄に終わる。


 私はいろいろ諦めて、とりあえずデータのバックアップを取ることから始めることにした。


【筆者注】

ヒーロー役の大河と対立させる立場の九音が嫌な子にならにようにするために書き方に気を遣う……。九音もいい子だと思ってもらえるように頑張ります。

しかし大河と九音には美の価値観で激論を交わさせるつもりなんですけど、なかなか機会が来ないですね。まあいずれ来ますが。

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