第17話 あたしにベースを教えてくれ!二回目
~花音view~
土曜日の昼下がり、私は泉美に『ベースの練習に付き合って!』と乞われて再び秋谷家を訪れていた。教えられることがあるかは別として、防音室が使えるのはありがたい。ちなみに九音は家で原稿をしているので私一人だ。
乗ってきた原付を敷地内に停めさせてもらって、泉美の案内で敷居を跨がせてもらう。
今日の秋谷さんちは泉美と大洋さんとご両親がご在宅だった。大河先輩だけがお留守だ。
先輩はこの休日も自転車で走り回っているらしい。ツイッターを見ると『試走』とやらをしに行くと投稿されていたが、これは何なのだろうか。
「泉美、先輩がやってる『試走』って何の試走か知ってる?」
ベースをアンプに繋げている泉美に問いかける。
「大河兄が今日試走してること聞いてたんだ。そのとき聞かなかったの?」
「ううん。ツイッターで言ってて、でも何のことだかわかんなくて」
「そういえば相互フォローしてたんだったね」
「泉美は先輩のツイート、見てないの?」
「あたしはインスタがメインだから」
「ああ……」
村が違う、ということらしい。
「試走っていうのは『ブルベ』のコース試走のことなんだけど……あたしブルベの説明とかできないから、大河兄が帰ってきたら直接本人から聞いて。たぶんあと……ちょっと待って」
スマホで何やら確認している。何を見ているんだろう。
「うーん、これならあと二、三時間ぐらいすれば帰ってくるかなぁ。まあそれまで練習よろしくね」
「何度も言ってるけど、ろくな指導はできないからね?」
「そんなこと言って~。もうタブ譜も読めるんでしょ。花音は優しいな~」
「普段からオーケストラ総譜も読んでるし、すぐ覚えられたよ」
「そのスコア? って何?」
「オーケストラの全部の楽器のパート譜がまとめて載ってる楽譜。主に指揮者用だね」
「へー。花音って指揮者目指してるの?」
「ううん。別に」
「じゃあなんで普段から読んでるの?」
「愛読書みたいな」
「楽譜が読書……? あのオタマジャクシの群れみたいな記号の列が……?」
信じられないようなものを見る目を向けられる。そういえば昔、九音に同じようなことを言われたっけ。
「慣れれば、見れば曲が想像できるから面白いけど」
「えええ……」
「あとはコンサート行く前とか、予習として読むこともあるよ。どこでどんな楽器がどんな動きをするのかなって」
とはいえスコアはなかなかいいお値段なので、本当に気に入った曲ぐらいしか買ってないんだけどね。
「さすがにその境地には至れそうもないわ……」
「それよりも練習するんでしょ。さっさと準備してね」
「ごめんごめん。もうちょっと待ってて」
手が止まっていた泉美は、思い出したようにベースのチューニングに取り掛かった。
**
「やー! ほんと花音すごいね! ギターパートほぼ再現だよ!」
「かなーりアレンジしてるけどね」
「いやいやいや。職人技でしょ。あたし演奏止めてじっくり聴いてみたいわ」
「ダメ。今は練習の時間」
「えー」
「はい、じゃあ繰り返すよ」
今やっているのは、ギターパートを無理やりヴァイオリンで代用してのセッション練習だ。私はベースの技法については教えることができないけれど、演奏を聴いてダメ出しぐらいならできるので、セッションしながらダメなところを洗い出して反復練習させている。
練習ならギターパートよりもリズムを支えるドラムのほうが欲しいのだが、無いものは無いのでその役目はメトロノーム(スマホのアプリ)にお任せして、ロックバンドの体をギリギリ成している。
こんな調子でロックバンドごっこをしていたら、防音室の扉が開いた。
「泉美、花音ちゃん。大河が戻って来たし、おやつにしない?」
現れたのは泉美のお母さんだ。優美さんという、気さくな感じの人だ。
「あ、大河兄帰ってきたんだ。花音、休憩にしよー」
「そうだね。すみません、ご馳走になります」
「じゃ、好きなときにリビングに来てね」
優美さんに遅れて、私と泉美は防音室を後にした。
**
食卓の席には、泉美のご両親と大洋さんが先に着席していた。
「お! ケーキじゃん! 今日のおやつは豪華だね?」
「そりゃあお客様が来てるんだから当たり前でしょう。さあ花音ちゃん。好きなのどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いいんですか?」
「遠慮しないで」
食卓の上にはショートケーキ、チョコレートケーキ、レアチーズケーキ、ミルクレープ、モンブラン、ティラミスが並んでいる。私が最初に選んでいいらしい。
「ではこれを……」
無難にチョコレートケーキを頂戴した。
「じゃああたしモンブラーン」
泉美が続く。さらに大洋さんも無言でレアチーズケーキを確保している。
「あんたたちいつもそれよねぇ。……花音ちゃんは何飲む? コーヒーでいい?」
「はい。……あ、いえ」
「うん?」
「えっと……ホットミルクはありますか?」
「もちろんよ。大河みたいなこと言うのね。用意するから待っててね」
優美さんは台所へ向かっていく。
「花音さんはコーヒー苦手だった?」
泉美のお父さん――名前は確か、大貴さん――に尋ねられる。
「いえ、どちらかと言えば好きな方です。ただ、今日はちょっとホットミルクな気分で……」
「そっか。うん、遠慮なく好きなものを頼んでくれていいから。コーヒーでもなんでも、飲みたくなったら言ってね」
「ありがとうございます」
よくしてもらって恐縮してしまう。それにしてもアットホームな家族だなぁ。
【筆者注】
またしばらく花音viewのターンです。




