第15話 命名
〜大河view〜
依頼されていたイラストは、月曜日に完成した。
今日は火曜日。完成品を依頼人にとってのクラスメイトである泉美に託して登校し、俺は午前の授業をサボって生徒会室に引き籠もっていた。
……暇だ。
暇だと思うと、脳内であの双子姉妹の妹様が原稿しろと訴えてくる。あの女め。これじゃあ洗脳じゃないか。
よし、……勉強するか!
原稿のことは妹様の残像ごと棚に上げて、参考書を広げる。
BGMはどうしようかな……。
スマホで動画サイトのアプリを開と、あなたへのオススメとしてピックアップされていたトップの動画が目に付く。
「まずはやっぱりこれかな」
『春の声』
土曜日から耳に残っていて、あれから毎日再生している。
「いい音色だったな……」
イヤホンから流れるウィンナ・ワルツを漫然と聴きながらも、頭の中ではヴァイオリンの独奏を反芻していた。
また聴きたい。純粋にそう思った。
それはさておき、今は勉強だ勉強。
…………。
華やかなワルツはとっくに終わって、動画アプリがランダムで再生してきたちょっと前のアニソンを聴き流していると、空気の読めない電子音が割り込んできた。
『(いずみ)いまどこ』
電子音の原因は泉美からのメッセージだった。
今あいつは授業中のはずでは。不良娘め。
『(大河)@会室』
『(いずみ)授業サボるなんて不良だね』
双方ブーメランを投げ合っていた。どうしようもない不良兄妹だった。
『(大河)やかましいわ』
『(いずみ)昼休みもいるの?』
『(大河)いるが』
『(いずみ)そ』
『(いずみ)花音が行くから動かないでね』
花音さんが来るのか。
了解と返事をして会話を終わらせる。
来客が来るなら、コーヒーでも淹れるか。
**
昼休み。弁当を食べ終えた頃合いで、待ち人は聞いていた通りやってきた。
「こんにちは。先輩」
「いらっしゃい。コーヒー飲む?」
「ありがとうございます。いただきます」
予め用意しておいたコーヒーを差し出す。紙コップを受け取った彼女は席に座って、ミルクポーションとガムシロップをひとつずつ入れてから、軽くひと口含んだ。
「イラスト、ありがとうございました。とっても素敵でした」
「どういたしまして。……って、それを言うために来たの?」
「もちろんですよ! 先輩から直接いただけるものと思っていたのに、今朝泉美が軽い調子で渡してきたので拍子抜けでしたよ。お礼ぐらい直接言わせてください」
「申し訳ない。配慮が足りなかった」
「呼んでくだされば私から伺ったのに」
「や、君の連絡先知らないし」
「ツイッターのダイレクトメッセージがあるじゃないですか」
そういえばその手があったか。あのバズり騒動の一件で俺と彼女とは相互フォロー関係になっているのだが、盲点だった。
「…………」
「盲点だったって顔してますね」
「はい」
ジト目で見られた。ごめん。
「しょうがないですね。メッセージアプリの連絡先教えてください」
「ああ、ちょっと待って」
ほぼ家族連絡用と化しているアプリを立ち上げる。
「あれ、友だち追加ってどうやるんだっけ……」
「QRコードを表示ってやつですよ」
それどこですか……。
「スマホ借りますね」
あっという間にひったくられてしまった。もう全部お任せしてしまおう。
「返しますね」
すぐ戻ってきた。無事に新しい友だちが一人増えていた。このアプリで連絡先が増えるのはいつ以来だろうか。
「さすが現役女子高生は手際がいいね」
「普通ですよ」
普通ですか。
「こっちでもツイッターのDMでも好きな方でいいですから、何かあったら連絡くださいね」
「イエス、マム」
「…………」
ため息が聞こえた気がするけど空耳だろう。
「そういえばあのイラスト、あのポーズは使わなかったんですね」
「あのポーズってどのポーズ?」
「あのポーズは、その……」
尻すぼみになっていく声と、ちょっと赤くなった顔を見て、言わんとしていることを理解した。最後に撮影したあれのことか。
「あー……、あのポーズな。最初はあれにしようかなって思ってはいたんだよ。でも……」
「……でも?」
「…………」
そういえば、描き始めてしばらくして、なんかこっちが恥ずかしくなってきて中止したのを思い出した。
「先輩?」
「でも、よく考えたらこっちのポーズのほうがいいかって思って変えたんだよ。うん」
「……そうですか」
「そうですね」
微妙な空気になってしまった。
「先輩、『無題ちゃん』の名前は決まりましたか?」
「そんな宿題ありましたね……」
「まだ決まってないんですか?」
「『無題ちゃん』じゃだめ?」
「ダメに決まってますっ!」
「だめですか」
割とマジな感じに怒られた。
「その様子じゃいつまで経っても『無題ちゃん』のままでしょうから、今決めてください」
「今日中でいいですか」
「だめです。今、この場で」
有無を言わさない圧だった。
彼女が言う通り、名無しのままではかわいそうというのは、自分でもそう思ってはいた。なんだかんだ言ってこのキャラは気に入っているのだ。親心は当然ある。
単純に名前を付けるのが苦手なのだ。大事な我が子には、熟考した良い名を贈ってやりたいと思っていたが、ここに至ってはもう直感で決めるしかない。
直感……直感……。
「シオン……」
「しおん? それが無題ちゃんの名前ですか?」
「そうだ。今決めた。これで満足か?」
「まあ、良しとしましょう。それにしても『しおん』ですか〜。先輩、私達の名前からもじりましたね〜?」
上目遣いでちょっと小悪魔っぽく指摘してくる。
図星だ。シオンはこの双子……特に花音さんに似ている。顔立ちはもちろん、身長、スリーサイズまでドンピシャとなれば、目の前にいる彼女とシオンとの関係性を意識せざるを得ない。
「想像にお任せする」
「ふ〜ん。いいですけど。漢字でなんて書くんですか?」
「カタカナだ。カタカナでシオン」
「そうですか。シオンちゃん。シオンちゃんか〜。なんだか妹が増えたみたいで嬉しいですね~」
なぜかご機嫌だ。
「夏コミなんだけどさ」
「急になんですか?」
「本はもちろん作るつもりだけど、グッズも作ろうと思ってて」
「グッズ……何を作るんですか?」
「この前、ヴァイオリン練習の終わりに楽器をよく拭いてたでしょ。それでさ、もしマイクロファイバータオル作ったら、使う?」
「え!? それホントですか!? 欲しいです使います! あっでも松脂ですぐ汚れちゃうし……」
実用用と保存用で二枚買わなきゃとか、小声でぶつぶつ言っている。
「そんなに喜んでくれるなら作るよ。一枚ならタダでプレゼントするし、余分が欲しいなら、まあ買ってくれれば」
「タダでなんてそんな! とんでもないです!」
「ヴァイオリンのお礼のつもりなんだから受け取ってほしいんだけど。というかプレゼントのために作って、余分をコミケで配るぐらいの感覚だから」
「……先輩、変わった人ですね」
「よく言われるけど、この感覚は同人作家的には普通じゃね?」
「そうでしょうか。うちの妹は……」
聞き取れない小声で何かを言って、考え込む表情をしている。
「花音さん……?」
「いえ、なんでもありません」
「そう……」
先ほどまでテンションの高かった彼女が黙りこくり、会話が途切れてしまった。
彼女は気まずい雰囲気を誤魔化すようにコーヒーを飲み、吐息を吐きだす。微かにコーヒーの香ばしい香りが広がる。
その沈黙を破るようにドアが開き、新たな来訪者が現れた。




