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第12話 高専ってなんですか

~花音view~


 先輩との舌戦に飽きたらしい(前世はわからず終いだったらしい)九音も加えて、ベースの練習もそこそこに雑談に花を咲かせていると、不意に扉が開かれた。


「泉美、ここにいたのか」


 扉から顔を見せたのは先輩だった。……いや、先輩じゃない。彼は――


「あれ。洋兄、今日はちょっと早いんだ」


「なんか今日は七、八限が休講だった。なんだ、玄関に知らない靴があると思ったらお前の客か……って、もしかしてヴァイオリン少女! ……が二人?」


 やっぱり、あの自転車のお兄さんだった。声が似てるから、先輩かと勘違いした。


「お久しぶりです。先日はどうもありがとうございました」


「ああいや、久しぶり。まさかうちの中で再会するとは思わなかったよ」


「そうですね。そういえば、ちゃんと自己紹介したことありませんでしたね。私は飯山花音です。泉美とはクラスメイトです」


「俺は秋谷大洋だ。学校は都立高専。この愚妹の兄をしている」


「誰が愚妹だこら〜」


「こんなやつだけど面倒見てやってほしい」


「はい。面倒見ます」


「ちょっと。花音までこいつのノリに合わせないでよ」


「だって今まさにベースの面倒見てるでしょ?」


「ま、まあそうとも言えなくないかもしれないね?」


「で、そちらは? もしかしなくても双子なの?」


「はい。私は飯山九音です。西園に通っていますがこの二人とは別のクラスです。花音が姉で、私が妹の双子」


「なるほど……。一卵性?」


「はい。私たちは一卵性双生児です」


 一卵性双生児とは、ひとつの受精卵が何らかの原因で二つに分かれて生まれた双子のことだ。同じ遺伝子情報をもって生まれるので、外見などはほとんど同じに育つ。


「そっかぁ。俺らも双子だけど、二卵性だからあんまり似てないんだよな」


「え? 双子って、先輩とってことですか?」


「先輩って大河のことだよな? そうだよ。俺と大河は双子の兄弟で、俺が弟」


「あれ、ちょっと待ってください。大河先輩は三年生を留年してるんですから、大洋さんは大学生じゃないんですか? さっき学校は高校って言ってませんでした?」


「いや、言ってないぞ。俺が言ったのは高専だ」


「高専……? 専門学校ですか?」


「あー。よく言われるんだよなそれ……。違うよ。高等専門学校っていう、五年制の学校だよ。わかりやすく言うと、高校と短大がセットになったようなもんだな」


「へえ……そんな学校があるんですか。すみません。知りませんでした」


「いや、まあ大人でも知らない人そこそこいるから気にすんな。そういうわけで、俺は高専の四年生だ。大河と違って留年はしてないぞ」


「あんまり留年ネタを擦るなよ……」


 いつの間にか、扉の向こうに大河先輩が来ていた。


「いいじゃん別に。そっちじゃ留年なんて珍しいかもしれないけど、高専で留年しないってのは大変なんだぞ」


「散々聞いて知ってるから」


「でもその子らは知らないでしょ?」


 大洋さんが私たちの方に話を振ってくる。高専なんてものも初めて知ったのに、内部事情なんて知っているわけがない。


「知ってるわけないだろ」


 大河先輩が私の心を読んだかのような発言をする。


「俺らの高校って赤点は三十点未満だろ」


「そうですね」


 大河先輩の問いを肯定する。百点満点のテストで二十九点以下であれば赤点である。


「高専では赤点は六十点未満からなんだって」


「六十点未満!?」


「それってテストの内容が易しめってことはないですか? 平均点が高いとか」


 九音が指摘する。赤点ラインが六十点未満でも、例えば平均八十点以上のテストであれば妥当なレベルだろう。


「いや。全然そんなことはない。平均点が六十点より下なんてざらだし、過去には平均点八点なんてテストもあった」


「八点!? え? 聞き間違い?」


「いいや。八点であってるぞ。百点満点中平均点八点。もちろん赤点は六十点未満」


「いやいやいや! 意味わかりませんけど!?」


「そうだよな。意味わかんないよな。もう語り草だよあの線形代数のテストは」


 大洋さんが遠い目をしている。


「なんでそんなことが起きてるんですか!?」


「知らないけど。まあ教師陣が教員免許持ってないってことも原因の一つかもな」


「教員免許を持ってない……?」


「ほぼ大学みたいな学校なんだよ。職員室は無くて、教員ごとに研究室が割り当てられてるし。だからまあ、研究者としては有能でも先生としては欠陥品みたいなのも多いんだろうな」


「欠陥品て」


 身も蓋もないことを言ってのける。


「そんな状態だから、留年が珍しくないんだよ。去年なんてうちの学年の他の学科は十人留年生出して凄いことになってるぞ。うちの学年は十人減って、下の学年が十人増えてるんだ。増えた方は教室の座席がキャパギリギリらしい」


 十人て……。


「そんな学校アリなんですか……」


「面白い学校だろ?」


 曇りのない笑みで言う。


「いえ、今のやり取りで面白い要素あんまりないんですけど……」


「ん? ああそうか。ディスってばっかりだったわ。いや、本当に面白い学校なんだよ。先生は欠陥品だけど学会の偉い人だったりテスト延期して探査衛星の誘導しに行ったりする人もいるし、高校ではありえない実験装置で実習できるし、理系科目はキツいけど文系科目は緩いから遊びが入ったりするし。現国の授業で『お隣のトトロ』のビデオ鑑賞してテストの設問に出るんだぜ。『冒頭ですれ違うバスの行き先は?』ってな。めちゃくちゃだろ。ちなみに正解は『八国山』だ」


 もはや理解が追いつかない。


「いいよな。俺も高専行けばよかった」


「ほんとだよ。なんでお前西園行ったんだよ」


「仏語がやりたかったんだよ」


 目の前で双子兄弟が会話を始める。私たち自身双子だけれども、違う双子ペアのやりとりを見るというのは今まで無かったので、ちょっと新鮮に映る。私たち姉妹の会話も傍から見ればあんな風に見えるのだろうか。


「そういえば、そろそろ帰る時間じゃない?」


 泉美が口を挟んでくる。気がつけばそんな時間だった。


「そうね。私には原稿があるし、そろそろお暇するわ」


 九音はさっさと帰りたかったらしい。実は先ほどからチラチラと時計を気にしていた。

 帰りたがっている九音には悪いけど、少しだけ時間をもらってお願いしたいことがあった。


「あの、明日もお邪魔していいでしょうか?」


「来るのはいいけど、あたしは明日出掛けるからいないよ?」


「泉美はいなくても大丈夫」


「え。ちょっと傷つく」


「あ、ああごめん泉美! ちがくて、言い方悪かったよ。ごめんね」


「まあ気にしてないよ。で、うち来て何したいの?」


「その、明日って雨予報でしょ。雨だと荒川でヴァイオリン練習できないから、あの部屋が使えたらなって……」


「お! ついに〈ハナネ〉さんのヴァイオリンが聴けるの!?」


 大河先輩が食い気味に反応する。


「先輩は在宅ですか?」


「明日雨だと俺も走りに行けないしなぁ。絵でも描くかって考えてたとこだった」


「俺もいるぞ」


 大洋さんもいるらしい。


「お前は〈ハナネ〉さんの生ヴァイオリン聴いてるんだよな。ずるいぞ」


「あれは良い演奏だった」


「いいなぁ……。花音さん、あの部屋ならいつでも貸すから、明日は好きな時間に来ていいよ」


「ありがとうございます。では今日のところは失礼しますので、また明日よろしくお願いします」


「花音ー。早くー」


 玄関で帰る気満々の九音が急かしてくる。


「では、さようなら!」


「じゃねー」「さようなら」「また明日」


 三人兄弟に見送られ、私たちは秋谷家をお暇した。


 これが双子兄弟と双子姉妹同士の初邂逅だった。


【筆者注】

高専エピソードはほぼほぼ実話を元にしたフィクションです。……フィクションなんだからねっ!?

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