第11話 突撃!秋谷さんち
~花音view~
都営三田線を下車して、建ち並ぶ団地を抜けた先の住宅街の片隅に秋谷さんちがあった。白いサイディングの普通の一軒家だ。
「まあ上がってよ」
「お邪魔しまーす」「お邪魔します」
玄関を抜け、私達は二階に案内された。
「ちょっと散らかってるけど気にしないで。荷物は適当に置いて」
通されたのは泉美の部屋だ。勉強机とシングルベッドが置かれ、ベッドに乗りきらなかったであろうぬいぐるみや雑誌が何冊か床置きされていた。
九音は本棚のラインナップが気になる様子だ。
「じゃあさっそく兄貴んとこに押しかけよっか? あたしとしてはベース見てもらいたいんだけど、後回しでいいし」
「先輩はどこに?」
「下に兄二人の勉強部屋というか遊び部屋があるから、そこにいるはず」
「なるほど。じゃ、案内よろしくね」
「はいよ」
泉美の先導で一階に降り、廊下を進むと、明かりが洩れる一室に辿り着いた。
泉美はノックすることなく、自然な動作でドアを開ける。
「大河兄〜ただいま〜」
「……ん。おかえり。なんだ、お客さんも連れてきたのか。花音さんに九音さん、いらっしゃい」
そこは和室だった。勉強机が二つ並んでおり、入口から見て手前側の机に向かって座っていた。
「こんにちは先輩。学校で会えると思ってたのに居なかったので残念でしたよ」
「ん? あー。そういえば今日は選挙説明会があったんだっけ。すまんが俺は毎週金曜半ドンなんだ」
隣の泉美が「ほら、ほんとに言ってるでしょ」と顔で語っている。高校一年生相手に使う言葉は選んでほしい。
「先輩。半ドンって死語らしいですよ」
「え、そうなの? ……あ、検索ワードに入れると候補に『半ドン 死語』がサジェストされる。マジか」
スマホをタップしながらぶつぶつ言っている。そんな先輩に泉美も「ほら~普通知らないって言ったでしょ~」と茶々を入れている。
「描いてる絵って、まさかそれですか?」
九音が訝しげに声をかける。その視線の先は先輩の手元を凝視している。
「そうだけど」
「今の時代にアナログ……?」
先輩が机に広げているのは、一枚の色紙だった。
その周囲にはたくさんの画材が雑然と並んでおり、今まさに作業中という雰囲気を醸し出している。
「アナログじゃ悪いのか?」
「べ、べつにそこまで言わないわよ。ピクシブにはデジタル絵が上がってたから、パソコンで作業してると思ってたのよ」
「ああ、ピクシブにアップしてるやつは、下書きで描いたやつのボツ案とかを気が向いたときに塗ってみたのがほとんどだからな。デジタルは副産物だよ」
「…………」
口をつぐんでしまった九音に対し、口を動かしつつ手も動かす先輩。今は色を塗っているみたいだ。
「それってコピックってやつでしたっけ?」
「うん。そうだよ。さっきまではミリペンで線画を引いてて、やっと彩色に入れたとこ」
ペン入れって面倒なんだよな、絵は塗ってるときが楽しいなどと言いながら、ゆっくり丁寧に色を乗せていく。
ミリペンで描いたという線画は緻密で、まだ塗り始めたばかりだというのに、ひとつの作品として成立しているようにも思えた。
「いつもコピックで描いてるんですか?」
「いいや。コピックはたまにかな。いろいろやってるけど、一番メインって言えるのは色鉛筆。最近はオイルパステルとかも練習してる」
「へえ~! 色鉛筆!」
色鉛筆画ってなかなか見ないけど、たまーにツイッターとかで写真みたいな絵とか流れてくるよね。ああいうのかな。
「……見たい?」
「見たいです!」
「ちょっと待ってて」
先輩は引き出しを開けて、一冊のスケッチブックを取り出した。
「ほとんど習作だけど、好きに見ていいよ」
「ありがとうございます!」
スケッチブックを開くと、そこには色彩豊かなイラストが踊っていた。デッサンの練習だろうか。いろんなポージングを集めた無題ちゃんのページがあったり、一ページ全て満遍なく塗り切った本気の絵があったり、キャラではなくクルマや自転車を描いた絵もあった。
それはまさしく、至宝の一冊だった。
「先輩、これ、写真撮ってもいいですか?」
「ん、いいけど。……あ、ネットにアップするのだけは駄目だから」
「そんなことしませんので! ありがとうございます!」
本当はスケッチブックごと欲しいぐらいだけれども、写真で妥協しよう。
「先輩は夏コミ出るんですか?」
私がスケブの撮影に夢中になっている横で、九音が問いを投げる。
「ああ、一応当選したからな」
「なら、その絵より優先することがあるんじゃないですか?」
「優先することって、原稿のこと言ってるのか?」
「当然じゃないですか」
「いや、まだなに出すか決めてないし。原稿もへったくれもない」
「はあ!? 当落発表から一週間経ってるのにまだ何も決めてないって馬鹿じゃないですか!?」
「ほっとけ」
「ジャンルは何ですか」
「前回と同じ。創作。男性向け」
創作ってことはつまり――
「じゃあ次も無題ちゃんの絵が見れるんですね!」
横で九音が「無題ちゃんってなにその名前……」と言っている。
「それだけは決定事項だね」
「絶対行きます!」
「お、おう。それはありがとう……」
「花音も期待してるんだし、とっとと原稿始めなさいよ」
再び九音が煽り始める。
「んなこと言ったって、何のネタもない白紙の原稿より、目の前の描きかけの色紙のほうが優先に決まってるだろ」
「そのネタを考えなさいって言ってるんです」
「ネタは寝て待つのが一番だから」
「果報を待つんじゃなくて自ら果を成すんですよ」
「お前だって経験あるだろ。白紙のキャンバスを前にして、何時間も進捗ゼロでPCを閉じた日々ってやつ」
「あるあるだけど!」
「だろ?」
またレスバが始まってしまった。
「あの二人は放っておいてさ、そろそろベース見てくれない?」
観戦に飽きたらしい泉美が、私にお誘いをかけてくる。
あのまま放っておいて大丈夫なのか若干不安ではあるけれども、触るな危険な感じもするのでそうしようかな……。
「わかった。ベース見るよ」
「やった。じゃあちょっとついてきて」
どうやら別室に移るらしい。
**
泉美について行くと、同じく一階の、先の部屋からあまり離れていない部屋に案内された。中に入って驚いた。
「これは……防音室?」
「半分正解。元々は普通の部屋だったんだけど、父さんと兄貴がDIYで吸音シートやらボードやらを壁一面に貼り付けたりしてこうなったの。すごいでしょ。ホンモノには及ばないけど結構音抑えられるよ」
「これは……すごいね……」
言われてみれば素人仕事っぽい形跡は随所に見受けられるが、遠目から見れば気になるようなものではないし、扉なんかは改造の域に入っている。
部屋を見渡す。まず泉美のものであろうエレキベースとアンプがあり、部屋の片隅にオーディオ機器が備え付けられている。譜面台や小さなテーブル、椅子が一組ある。あと、最新のジムとかに置いてありそうなエアロバイクなんかも置かれている。特段広い部屋ではないけれど、居心地の良さそうな空間だった。
「元からご近所さんへの騒音はあんまり不安の無い立地ではあるんだけど、昔母さんと父さんがうるさいだのなんだので喧嘩したらしくてね。ご近所への配慮っていうより家庭内での配慮のための防音らしいよ。ウケるよね」
どのへんがウケポイントなんだろう。
「まあそのおかげであたしは家でも気にせず練習できるんだけどね。それじゃあさっそく教えてよ! っていうか弾いて見せて!」
「いや、触ったこと無いのに無茶言わないでよ。教本あるんでしょ。まずはそれ見せて」
無茶振りする泉美を適当に諫めながら、ベースの練習に付き合った。
なお、泉美のベースの腕前は本当に素人だった。
【筆者注】
秋谷家、やや裕福なイメージです。




