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第106話 冬の間恋人にするなら最高よ

~花音view~


「ねえねえ花音。大河兄の様子見に行きたくない?」


 あれから何本か滑ったところで、泉美からそんな声がかかった。

 先輩はゲレンデの下の方で初級者組の指導をしている。泉美はそれを冷やかしに行こうと言うのだ。

 私の答えは当然決まっている。


「行く!」


「だろうと思った。他に行きたい人いるー?」


 泉美が声をかけると、浦野君と九音もこちらに来た。

 いつものA組メンバー、プラス九音という気心の知れた顔ぶれだ。ちょっと気楽。

 他のメンバーに断って、この四人で別行動をさせてもらう。


「ふう。やっぱり下まで行くのは遠いね」


「ほらほら、花音がんばって。愛しのダーリンまであとちょっとだよ!」


「泉美! からかわないでよ!」


「やべ、逃げろー!」


「ちょっと! ああもう!」


 あっという間に先へと逃げられた。私じゃあれには追いつけない。悔しい。

 怨恨を込めた視線で睨みつけていたら、私の真横を凄いスピードでスキーヤーが駆け抜けていった。


(あれ? この人どこかで……)


 デジャヴを感じる黒いスキーウエアの人影は前方へ飛ぶように進んでいき、泉美に接近すると、なんとそのまま彼女を掴んで無理やり停止させていた。微かに泉美が「ぐえっ」っと呻く声が聞こえた気もする。

 私達も追いついたところで、ようやくその人が誰なのか気がついた。


「やあ。別行動になったみたいだからようやく合流できたよ」


「大洋さん! グッジョブです!」


 泉美を捕まえてくれたのは大洋さんだった。

 引き渡された被告人(泉美)のヘルメットにチョップの刑を科しつつ挨拶を交わす。


「こんにちは大洋さん! 来てくれてありがとうございます」


「九音君こんにちは。こっちこそ誘ってくれてありがとう」


「こんにちは秋谷さんのお兄さん。覚えていますでしょうか。木犀祭で少しだけお見かけしました、浦野須佐です」


「ああ、天空神の! こんにちは。久しぶり」


「天空……?」


「いやこっちの話。みんなは下まで降りるの?」


「うん。ちょっと大河兄を冷やかそうって話してたんだよ」


「大河か。何度か見かけたけど、割と真面目にやってて面白かったぞ。たぶんまだこの先下ったとこでやってるはず」


「洋兄案内してよ」


「まあいいけど。じゃあついてきて」


 そう言って、すーーっと滑り出した大洋さんが描き出すシュプールを皆でなぞる。

 チラチラと後ろの私達を見てスピード調節してくれるおかげで離されることはない。


「大洋さんのスキー板、短いやつなんだね」


「ああ、ファンスキーね。洋兄、今回はスピード抑えて滑ることになりそうだからこれにするかーって言って選んでたよ。たまにはグラトリで遊ぶのもいいかって」


 あのスピードで抑えめ……?


「ほら、ゆっくり滑るのに飽きて遊び始めた」


 泉美に言われて前を見ると、大洋さんがアクロバティックな動きをしている。

 後ろ向きで滑り始めたと思えば、板の先端だけでつま先立ちみたいにして滑ったり、そのまま回ったり。技を連続で披露している。


「すごい……」


「スイッチしてフェイキー、からのノーズマニュアル。スピンしてスイッチ。んでクロスステップ。いやー、ノリノリだねえ」


 泉美がさらっと技名を解説している。なにげに詳しいわねこの子……。


「大河兄はあそこまでできないから、今だけ洋兄なんてどう? 冬の間恋人にするなら最高だよ」


「ふーん。泉美は私のことをそんな軽い女だと思ってたんだ」


「いや、ごめん冗談だから! これもお決まりのセリフでね!?」


 威圧しながら言ってやったら焦ったように弁明してきた。またなんかよくわからない映画の話か。未履修のネタを振るときは内容を考えてほしい。

 そういうネタを振るなら、もっと適役がそこにいるでしょ?

 視界を横に向けると、彼に熱っぽい視線を向ける私の片割れが呆けた様子で滑っていたのだった。


 しばらく大道芸のような大洋さんの滑りを眺めながら進んでいくと、彼は開けたコースの途中で停止した。


「あそこで大河が下級生の世話をしてるはずだよ」


 彼が指差す先には小集団が見えた。あれが初級者スキー組かな。

 ひとりずつ順々に隊列になって滑っていて、その殿(しんがり)にイエローのスキーウエアを纏った先輩がいた。


「うむうむ。大河兄はちゃんと働いてるね」


「なんで泉美が偉そうなの……」


「あ、誰かコケた」


 レンタルウエアの一人が、板が片足外れるほどちょっと派手めに転んでいた。体格的にたぶん女の子だ。

 それを見た先輩がすかさず動き、ノーブレーキで板を拾いつつその子のもとへ駆けつけて助け起こし、板を嵌め直す手伝いをしている。


「ねえ、あの子って琴浦さんじゃない?」


「あっ……そうっぽいね……」


 よく見れば、先輩が相手をしているのはうちのクラスの琴浦さんだ。

 琴浦さんといえば、以前先輩に告白して振られているはず。

 そんな子がこうして先輩と接近している現場を見るのは、なんかモニョる。


「花音、あれ気になる?」


「…………」


「お~。妬いてますね~」


「うるさいよ」


 板の装着が済むと、今度は何やら話をし始めた。時折動作を交えている様子から、たぶん滑り方のアドバイスだろう。

 琴浦さんの表情はゴーグルで隠れてハッキリしないけど、機嫌が良さそうな雰囲気は伝わってくる。

 ……やっぱり、もにょる。


 私は右手をピストルのように構え、このもにょもにょした気持ちを弾丸にして先輩の心臓に照準を定める。


「ばーん」


 発砲と同時に滑り出した先輩は、コントみたいにつまずいて転んだ。



 **



〜九音view〜


「これがラスト一本かな」


 スマホで時刻を確認する。

 大河先輩を冷やかしたり、ヤキモチを妬く花音をいじったり、大洋さんのスキー講座を受けたりと楽しい時間を過ごすうちに、あっという間に今日のスキーの時間もわずかとなっていた。

 本日最後の一本として、私達はゴンドラで一番上までやってきた。


「よーし、さくっと滑りますか! 競走しよ!」


「いいね。秋谷さん相手なら手加減しないよ」


 泉美の提案に浦野君は乗り気なようだ。

 この二人なら、なかなかいい勝負になるかもしれない。


「なにぼーっとしてんの。花音と九音もやるよ」


「えっ?」「えっ?」


「はい、よーいドン!」


 有無を言わさず滑り出す泉美と、すかさずその後を追う浦野君。花音も少し逡巡したものの、二人を追って滑り出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 私も追いかけなきゃ!?


 時間確認で見ていたスマホをポケットに突っ込み、慌てて滑り出すものの、さっさと行っちゃった二人は遥か先だし花音も結構前へと進んでいる。

 せめて花音には追いつきたい。

 できるだけ真っすぐ進み、スピードを上げていく。

 このスピード……結構怖いけど、泉美と浦野君には追いつけ無さそうで悔しい。でも花音の背中は近づいている。

 もう少しで追いつく……!


 あれ、ちょっと速すぎて、うまく曲がれない!?


「ひゃあっ!?」


 バランスが崩れて、左右の板が絡んだ。

 あ、ダメ。転んじゃう!


「っとぉ……!」


 転んだ。と思った瞬間、横転したはずの私の身体は雪上ではなく柔らかな何かに包まれていた。

 止まった……?


「ふう。滑り込みセーフ。大丈夫?」


「ふえ? あ! だ、大丈夫です!」


 気がつけば私は、大洋さんを下敷きにしたような格好で雪の上で静止していた。なんというか、ギリギリお姫様抱っこみたいな体勢かも。

 声が近くから聴こえると思ったら、顔も近くてビックリしてしまった。


「あんなのに無理して付き合う必要無いから、泉美のアレは放っておいてゆっくり滑ろう。立てる?」


「は、はい……。ありがとうございます。大丈夫です。それより大洋さんのほうも大丈夫ですか!?」


「倒れるつもりで倒れたから全然平気だよ。ほら掴まって」


 大洋さんに手を貸してもらいつつ、できるだけ自力で立ち上がる。

 もう前の三人は見えなくなってしまっていた。


「あの……大洋さんはあれ追いかけなくていいんですか?」


「いいもなにも、締めの一本は一番気持ちよく滑りたいし。だから追いかけるつもりはないな」


「確かにその通りですね」


「じゃあ気を取り直して滑ろうか」


「はい」


 私が滑り出すと、大洋さんも同じスピードでついてきた。

 のろまな私に付き合わせてしまっているようで、悪い気がしてきた。


「大洋さんも好きに滑っていいんですよ?」


「好きにしてるんだけど?」


「??」


「こうして君と一緒に滑ってるのは楽しいから」


 予想外の言葉に、ここが雪の世界だと信じられないほど頭の中が熱くなっていた。

 私も大洋さんと一緒に滑るのは楽しい。というか、安心する。

 彼の滑る姿は見ていて飽きないし、私が困っていたらすぐ助けてくれる。

 そんな彼の言葉に甘えて、私は殊更にゆっくりと滑った。

 この時間を、できるだけ長く味わえるように。



 **



 最後の一本を終えてセンターハウスに戻ると、初心者や初級者組も大勢揃って宿舎へ戻る支度をしていた。音頭を取っているのは武藤会長や内城先輩だ。

 みんなの誘導は生徒会である私の仕事でもあるのだけれど、ゆっくり降りたせいで遅れてしまったらしい。


「すみません先輩。遅れました」


「いいよいいよ。これぐらい僕らだけでもなんとかなるから。でも遅れるなら連絡は欲しかったかな」


「ごめんなさい……」


「一応しばらく前にメッセージは飛ばしてたんだけど、見てない?」


「え? すみません。確認してませんでした」


 慌ててメッセージを確認しようと、スマホを収めたポケットをまさぐる。


(あれ……?)


 ポケットの中にあるはずの感触が返ってこない。

 他のポケットを探しても、出てくるものは財布やポケットティッシュぐらいで、肝心のものが出てこない。血の気が引いて冷や汗が出る。


「九音さん、どうしたの?」


 私のただならぬ様子に、会長が気づかわし気に訊いてくる。

 ここまできたら、もう認めるしかない。


「私、スマホを落としちゃいました……」


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